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6月16日(火) 梅実黄(うめのみきばむ) 旧暦5月2日
小さな花であるが、そのあでやかな赤が人目をひく。 これは矢川沿いに咲いていたもの。 さっきから蜥蜴を口説く人がいて 大池美木 14日付けの毎日新聞の坪内稔典さんの「季語刻々」より。 「やや変人であるが、こういう人、ボク好きだ」と坪内さん。 実はいま、わたしは「トカゲ類(?)にはまっている」のである。 どうはまっているかっていうと、YouTubeで、通称レオパ(ヒョウモントカゲモドキ)と呼ばれるトカゲというよりもヤモリの一種らしいのだが、そのレオパの脱皮過程をみたことから、である。 蛇などの爬虫類はふつう「脱皮」をする。 自力で脱皮をするのだが、その「脱皮」をする状況はなかなか美しい。 自力の脱皮は、見ているとエネルギーがいる。 自身の皮を食べながら脱皮をしていくものもいる。 飼われているトカゲたちは、飼い主が手伝ったりして脱皮をすることもある。 一度みてしまったらやみつきになってしまい、いろんな爬虫類の脱皮を見ることになった。 さらに、飼われているイモリやトカゲなどが脱皮不全をおこすこともあって、それに対応する爬虫類のお医者さんがいることも知った。 いま、わたしの心を捉えているのは、脱皮不全をおこしたレオパなどを、巧みに医療処置をしてみせる映像である。 とくに中国語をはなすお医者さんのサイトはすばらしい。 指先しか見えないのであるが、すべての爬虫類をいつくしみながら治療をする。 爬虫類への愛情にあふれているのである。 「どうしてこんなになるまで」なんて、飼い主へ怒ったりしながら治療をするのである。 脱皮不全をおこした爬虫類たちの治療状況を毎日繰り返してみているyamaokaに周囲はあきれている。 わたしもあきれている。 レオパの可愛らしさに、「飼おうかな」って一瞬おもったが、かれらの食事をみてあきらめた。 生きている蟋蟀などが大好物、大きなトカゲや蛇とかは、生きたマウスをたくさん飼ってそれを与えるのである。 大池美木さんの「蜥蜴」を詠んだ句が紹介されていたので、おもわず、わたしがはまっているものをカミングアウトしてしまった。 あきれたでしょ。 あきれてくださっても結構よ。 自分でもあきれてるんだから。 坪内さんからすると、わたしも「変人」なのかもしれない。。。 言っとくけど、YouTubeでみてはダメよ、 やみつきになってしまうから。 蠑螈かなし神が創りし手をひろげ 橋本鶏二 先日の子燕たちは見事に巣立っていった。 写真は、その巣にいる親たちである。 どうやら「二番子(にばんこ)」を育てようとしているらしい。 「二番子」とは、燕の子たちが巣立ったあとの巣に一度生まれて來る燕の子どもをいうらしい。 親燕たちはときどき見ると巣にいることが多い。 楽しみである。 喪の家の二番子燕孵るとよ 岸田稚魚 雌をみまもる雄の燕。 #
by fragie777
| 2026-06-16 18:54
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6月15日(月) 旧暦5月1日
華やかな色の額の花。 法曹会館。 となりあう法務省のたてもの。 ほれぼれするくらい美しい。 昨日、法曹会館でおこなわれた伝統俳句協会主催の第四回稲畑汀子賞を紹介したいとおもう。 第四回稲畑汀子賞 句集『永永無窮』 伊野部哲也(文學の森) 句集『残像』 抜井諒一(KADOKAWA) 第四回稲畑汀子奨励賞 句集『雨の器』 益岡茱萸 (ふらんす堂) 第四回稲畑汀子特別賞 句集『紫雲木』 本郷桂子 (日本伝統俳句協会) 選者は、井上弘美 井上泰至 山田閏子 (継承略) 受賞者を紹介したい。 伊野部哲也さん。 名誉ある大きな賞をいただきまして、ありがとうございます。実はわたしは去年もこの祝賀会に参加をしておりました。 第三回稲畑汀子賞の受賞者がわたしが所属しておりました俳句会の前の主宰の橋田憲明先生で、『橋田憲明句集』で受賞されました。 わたしが中央の俳句を勉強したいと、橋田先生にご相談したところ「じゃあ、うんと厳しい先生を紹介しよう」ということで紹介されたのが、「山茶花」の三村純也先生でした。そのお二方が去年の汀子賞の受賞者でした。両先生の写真をパシャパシャ撮ってその雰囲気を無邪気に楽しんでおりました。その一年後にこんな名誉なことが起こるなんて思ってもおりませんでした。 自分がここにいることが本当かなっておもうくらいにありがたさを感じております。句集につきましては、三村純也先生が、「句集はださんとあかんよ」つねにおっしゃっておられました。わたしが入会をしたのが、平成23年でした。その時から今までご指導をいただいているわけなんですけどずっと「句集を出したらいいよ」とおっしゃっていただいて、句集の準備をいろいろとしておりましたところ、丁度コロナウイルスが蔓延をしまして、世の中の価値観が一気にかわってしまい、私自身も句集への意欲が一気にそがれてしまいました。コロナウイルスも下火になって、橋田憲明先生が、70年ぶり、の句集を出そうという話が持ち上がって、70年ぶりとは凄いですが、その句集が出来上がって汀子賞を受賞したわけです。 わたしの師であります橋田先生が句集を世に出され、立派な賞をいただいたわけです、わたしもせっかく俳句をやる以上は句集をまとめたいと思いまして、出版社の「文學の森」に相談をいたし、序文は三村純也先生に、帯文は橋田憲明先生に書いていただき、「文學の森」の担当者である青木さんにはいろいろと話をきいていただきました。今年3月に無事に句集が完成いたし、今日の日を迎えているわけでございます。句集をつくるのにいろんな方にお手伝いをいただきました。そういう方々にこの場をかりて御礼をもうしあげたいと思います. 最後に、去年この祝賀会で、憲明先生がご挨拶でおっしゃって言葉があります。「一所懸命にやってきて良かったと思います]」と。 わたしもこの言葉をお借りして「一所懸命にやってきて良かった」と、そしてわたしの句集のタイトルが「永永無窮」なんですけど、この句集名のとおり長くやっていきたいと思っております。 抜井諒一さん。 このたびは、第4回稲畑汀子賞という大変栄誉ある賞を賜り、深く感謝しております。選考に携わってくださった皆様、また日頃よりご指導、ご支援をいただいている皆様に、この場をお借りして心より御礼申し上げます。 受賞作『残影』は、私にとって第三句集にあたります。第二句集『金色』から五年、より良い作品を目指して技術や感性を磨きながら句作に取り組んでまいりました。本句集では、それに加えて自分が本当に表現したいものに向き合い、過ぎ去った時間や日々の翳りを見つめながら一冊にまとめました。 俳句を作ることは大きな喜びですが、作品を世に問う以上、自らの実力を示すためではなく、本当に心の動いたものを誠実に詠み、その感動や発見を読者と分かち合いたいという思いを大切にしたいと考えています。 この受賞を大きな励みとしながら、これからも真摯に自分自身と向き合い、さらなる俳句の境地を求めて研鑽を重ね、次の一冊へ向けて歩んでまいります。 奨励賞を受賞された益岡茱萸さん。 本日はこのような栄えある賞をいただけるとは思っておりませんでした。選考委員の皆さま、ご指導をいただいている星野高士先生そして「玉藻」で一番お元気な星野椿先生、ありがとうございます。 わたしは汀子先生には直接ご指導をいただく機会はなかったのですけれど、一番好きな句が汀子先生の「今日何も彼もなにもかも春らしく」。この句が本当に大好きなのです。やさしい気持ちになれます。おおらかな気持ちでないと小手先ではこういう句はできないと思います。 汀子先生の本をめくっておりましたら、「未熟な人間には未熟な句しかできないという」虚子の言葉がかかれてありました。 立派な人間をめざして一歩一歩進んでいこうと思っております。 今日は本当にありがとうございました。 特別賞をご受賞された本郷桂子さん。 俳句の世界のおおきな大きな扉をあけて、40年以上稲畑汀子先生にご指導をいただきました。まずは汀子先生に御礼をもうしあげたいと思っております。 そしてこのような大きな賞をいただけるとは生涯の宝物だと思っております。、 実は句集をだすことは生涯ないと思っていたのですが、汀子先生がお亡くなりになってから二年経って、人生の宝物をさずかったというお礼に、また自身の記録という意味もふくめて、句集を出す決意をいたしました。事務局の方々にもお世話になりまして、初めての句集をだすことができました。 皆さまのおかげであると、感謝しております。 ありがとうございました。 この日は、「稲畑汀子賞」の表彰のみならず、それはたくさんの賞の表彰があった。 それらすべての賞を紹介することはできないのであるが、ふらんす堂よりかつて第1句集『輝く子」(2017)をだされ、第二句執の上梓のご相談をいただいている藤井啓子さんが、第37回日本伝統俳句協会賞を作品30句でご受賞された。タイトルは「祇園祭」 ご縁がある方なので、紹介をさせていただく。 選者は、井上泰至 稲畑廣太郎 今井肖子 今橋眞理子 星野高士 山田佳乃 (継承略) 日本伝統俳句協会賞を受賞された藤井啓子さん。 この度は、ありがとうございました。 わたしが、30句を目指しはじめたのは、汀子先生が30句をつくりなさい。たとえダメでもそれはあなたの力になるのだからというその一言をこころに、励んでてまいりました。「祇園祭」もわたしの目線で「令和の祇園」を詠んでみました。皆さまに深く感謝をもうしあげます。 檜扇が咲くや町衆そはそはと 藤井啓子 鉾組や今も和讃の活きてをり 笛磨き了へ少年の夏果つる 日本伝統俳句協会賞新人賞の菅谷糸さん。 作品名は、「日の匂ひ」 香煙のゆつくり曲がる日の盛り 菅谷 糸 以下は写真のみでご紹介をしたい。 この日は、イベントもあって、「農業と俳句」 右から安田豆作さん、吉井たくみさん、手前は、司会の井上泰至さん。 総合司会の井上泰至さん。 開会のご挨拶は星野高士さん 閉会は稲畑廣太郎さん。 以下はスナップショット。 山本素竹さんと抜井諒一さん、 左より安田豆作、藤井啓子、山田佳乃、山本素竹のみなさま。 たくさんの賞の表彰があって、活気にみちたお祝いの会でした。 賞をご受賞された皆さま、 そしておひとりおひとりはご紹介できませんが、それぞれのご受賞をこころよりお祝いをもうしあげます。 #
by fragie777
| 2026-06-15 20:58
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6月14日(日) 旧暦4月29日
神代水生植物園にたった一本だけある。 山の木のゆえ大木である。 花の付き方もはんぱない。 今日は、午後3時より、日本伝統俳句協会主催の各賞の授賞式が法曹会館にてあり、yamaokaが伺う。 すこし前に仕事場に戻ったところである。 それはたくさんの賞の表彰があって、賑やかな会となった。 これから整理して紹介となると、きっと夜中になってしまうと思うね。 ゆえに、 明日、写真や会の模様など整理してこのブログにて紹介をしたい。 ふらんす堂から句集『雨の器』を上梓された益岡茱萸さんも稲畑汀子賞奨励賞を授賞されて、表彰者のお一人である。 今日は授賞された方は、ご家族やご友人をともなって授賞式にのぞむ人が多かった。 「益岡さん、今日はご主人はいらっしゃらないのですか」と伺えば、 「はい、今日は舞台の日なのです」とのお返事。 夫君は俳優の益岡徹さんである。 舞台とは、ジャニーズのトラビスジャパンのメンバーのひとりである松田元太さん主役の「俺節(おれぶし)」 そこで、益岡徹さんは、北島三郎の役をされているとのこと。 →「俺節」 盛況でチケットはまずとれないということである。 トラビスジャパンと聞いて、メンバーをひとりひとり思い浮かべることができるyamaokaである。 どんだけミーハーなんだ! 今日はメディアのかたたちもたくさんいらしておられた。 たまたまわたしのお隣であった、総合誌「俳句」の石川一郎編集長と親しくお話をする機会があった。 石川一郎さんはもとは、音楽から出発をされたということである。 バンドをやっていてベース担当、音楽はロック系、 音楽関係の出版社をへてのいまがおありになるようだ。 「20代の頃は、詩をよく読みました。今度八木幹夫さんの詩集をだしますよね。八木さんの詩もよく読みました。」 「まあ、そうなのですか。八木幹夫さんの今度の詩集もとてもいい詩集になるのではないかと思います。」 「楽しみにしてるんです。」と石川さん。 八木幹夫さんの詩にふれると、20代で読んだ詩人たちの詩がよみがえるとのこと。 小林秀雄も好きでした。と石川さん。 こんな風にほかの版元の編集者の方とお話する機会もあまりないのであるが、また、俳人のひとたちも、石川編集長が、ロックバンドのベースをやっていて、詩を読んだり書いたりしていたなんて知らないでしょう。。 音楽といえば、わたしが音楽評論家としてのピーター・バラカンが好きだともうしあげると、 「ああ、ボクも好きです。彼はいいですよね」と。 なんと話があうではないか。 バラカンが紹介する音楽はそれこそ多義にわたっていて(こういう言い方でよかったかしら)、知らない音楽が多いのだけど、そんなかに必ずと言っていいほど、魂が揺さぶられるようなヤバイ音楽がある。 それに出逢うのがわたしの喜びである。 ただ、きわめてミーハーなので、「おお、いい曲だ!」ってぐっときても、その題名をしらべたりしてその音楽の情報をおさえるということはまずない。 それっきりでわすれさる。。 うすっぺらな人間なのよ、yamaokaは。 #
by fragie777
| 2026-06-14 20:21
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6月13日(土) 旧暦4月28日
靑葦の空。 ほんとうにひさしぶりに神代水生植物園に行く。 靑蘆の世界となっていた。 反対側には片白草(半夏生草)。 涼しいいい風がくる。 風にふかれてしばらくぼおーっとする。 ざうざうという風の音とおおきくゆらぐ靑蘆。 ああ、とっても いい時間。。。。 俳誌「一葦(いちゐ)」が送られてくる。 「島谷征良主宰追悼号」とある。 追悼アルバムの頁を懐かしく、開く、 島谷征良さんとは、出版社勤務時代に、第二句執『鵬程』を編集担当したときにはじめてお目にかかって親しくお話をさせてもらった。 彼も若く、わたしも若かった。 『鵬程』は、田中裕明さんも大木あまりさんも参加された精鋭俳句シリーズの一冊として刊行された。 わたしは、参加した12人の俳人の方達が持ち回りでやる吟行会にもおつきあいをして楽しい交流をさせてもらった思い出がある。 島谷征良さんは、一見美青年という言葉がふさわしい色白の華奢な方であったけれど、話をするとゆったりとした鷹揚な人柄でたいへんな物知りであった。 そして、美しい字を書かれた。 精鋭俳句シリーズの全巻の刊行をいわう祝賀会をひらいたときは、会場にかかがげる文字を島谷さんにお願いしたのだった。 ふらんす堂をはじめてより、島谷さんをはじめ「一葦」の皆さまには、いろいろとたくさんのご縁をいただいた。 そしていまもなおそのご縁はつづいている。 平成26年(2014)に脳梗塞で倒れられたときは、お見舞いにうかがって車椅子の島谷さんにお目にかかった。 いとまを告げるわたしたちをにっこりとした笑顔で見送ってくださった。 「一葦」の中根美保さんにはお会いするたびにご様子をうかがっていたが、亡くなられるとは思いもよらなかった。 森岡正作さんの俳誌「出航」のお祝いの会に、車椅子で奥さまといらっしゃったのであるが、わたしはその会には都合があって出られずにお会いすることがかなわなかった。 あとで細谷喨々さんからその時の写真をみせていただいたのだった。 それが最後の姿となった。 お元気になられることを心から望んでいたけれど、本当に残念である。 島谷征良さま。 ご生前にいろいろとお心にかけていただきましたこと、言葉につくせないくらい感謝しております。 ありがとうございました。 ご冥福をお祈りもうしあげております。 水仙に蒼き未明の來てゐたり 島谷征良 #
by fragie777
| 2026-06-13 19:22
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6月12日(金) 旧暦4月27日
未央柳(ビヨウヤナギ) という花であることをつい最近知った。 華やかな目立つ花であるが、あまり意識をせずにきた。 「なんていう花?」って聞いたら、友人が 「ビヨウヤナギよ。少し前のふらんす堂の「短歌日記」で梅内美華子さんが、詠んでたでしょ」と。 あらら、そうだったっけ。 「これがあのビヨウヤナギっていうのね」とすまし顔のわたし。 昨日の6月11日は、俳人・鍵和田秞子(1932~2020)の忌日であった。 亡くなられて、もう6年も経つのか。。 藤田直子著『鍵和田秞子の百句』より、作品と鑑賞を紹介したい。 アネモネや神々の世もなまぐさし 『未来図』 昭和50年 「神々の世」とは神話の世界である。『古事記』にしてもギリシア神話にしても、その魅力は神々たちの、人間臭いほどに生々しい逸話である。 ギリシア神話の中に、冥府の女王ペルセポネと、美と愛の女神アプロディテの両方が愛して取り合った美少年アドニスがいた。彼が狩で死んだとき、流れた血から咲いたのがアネモネだった。濃い色のアネモネは愛情が溢れて縺れ合う神話を象徴するのにふさわしい花である。 大らかな神話に親しみを感じて、「なまぐさし」と断定したところが独特で、そこが魅力。秞子の大らかな人柄から生まれた句である。 欄干が身を堰きにけり蛍川 『風月』 平成8年 福岡で草間時彦氏や伊藤通明氏と共に蛍狩をした折の句である。緑が豊かな川の近く、蛍が盛んに舞っていたという。同時発表の句に〈蛍火の海となりたる現世(うつつ)かな〉〈蛍川ゆくへの森は妣のくに〉〈筑紫なる枕の下の蛍川〉がある。 蛍は古来、恋にも魂にも喩えられてきた。その光と飛翔は見る者を幽玄の世界に誘う。秞子も魂が現世を離れて行くような感覚になり、蛍の川を遡ると妣の国に着くのではないかと思った。掲句ではその危うい心を堰き止めているのが欄干だと言っている。欄干に身一つを委ねているが、心はすでに幽冥界を漂っている。 十五年ほど前、或るインタビューに応じて、秞子は自分の根本は無常観であると言い、「ものに対して執着心がないですね。何かひとつ、ふうっと風が吹き過ぎるときがある。それがうまく俳句に出てくれたらいいんだけれど……」と語った。 いまその境地に達して、何ものにも囚われず自在に言葉を紡いでいる。 いささかの雲踏むここち更衣 一位の実ふふみ一縷の歌ごころ 巻末の解説「鍵和田秞子の俳句」より。 午後にお客さまが二人いらっしゃった。 俳誌「河」編集長の鎌田俊さんと、「河」に所属されている俳人・浜岡和代さんである。 浜岡和代さんが、句集を上梓されるにあたってその打合せにいらしてくださったのだ。 浜岡さんは、愛媛県・松山からはるばるのご来社。 句歴は長く、松山のカルチュア教室で俳句をはじめられ、「河」に入ってより本格的に俳句にとりくむようになられた。 今日伺えば、ふらんす堂より2021年に句集『凍蝶の石』を上梓された片山一行さんとは同級生であるということ。 片山一行さんも松山の人であった。 「片山さん、お元気ですか? よろしくおっしゃってください。」と。 「河」にはいられてもう10年以上がたつ。 はじめての句集である。 10月25日26日には、「河」の大会があり、それに間に合わせるようにとのこと。 担当はPさん。 いろいろな本の見本をご覧になられて、フランス装カバー掛けを選ばれたのだった。 浜岡和代さん。 「日曜日まで東京で遊んでいく予定です」って楽しそうにおっしゃってお帰りになったのだった。 浜岡和代さま、遠いところからはるばるありがとうございました。 鎌田俊編集長さま、エスコートをありがとうございました。 #
by fragie777
| 2026-06-12 18:28
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