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5月24日(日) 旧暦4月8日
夕方近く、ぶらりと神代植物園に行ってみた。 交尾を目撃した大鷹たちのことが気になっている。 昨年の今頃は営巣期だったと思うけど、今年はその気配がない。 カメラをもった人たちの姿もない。 今日はひさしぶりに、大鷹の姿をとらえた。 雌の大鷹ミゲルである。 久しぶり!って、鷹には聞こえないけど、声をかけた。 いつものヒマラヤ杉の高所にいる。 尾羽をひろげた。 なかなかすごい胸。 ゾクゾクする。。 しばらくここにいたが、場所を変えた。 かなり遠くのこれもヒマラヤ杉か。 別の鷹の鳴き声がする。 雄のヘブンか。。 実際の距離はこんな感じ。 この距離で大鷹がわかっちゃうって、わたし凄くない!? どこにいるかわかります? 黒い二人の人影の上のあたり。 植物園をでるときに、係の人に聞いてみた。 「大鷹は、今年は営巣しないのですか」 「ううん、どうなんでしょう。詳しいことは自然観察所に行って、専門の人に聞いてみてください」と。 そうか、そういう人がいるのか。 今度聞いてみようって思ったのだった。 薔薇園にはたくさんの人がやってきていた。 前に来たときより薔薇の匂いがはげしく、薔薇はすでに凋落期にはいっている。 匂いがはげしいのもそれ故か。 新聞記事を紹介したい。 フランス文学者の高遠弘美さんがおくってくださった東京新聞の記事である。 「読者の一冊」という面白いコーナーがあって、それの投稿記事である。 投稿をされた方は、新宿区の岩見京子さんという方。 岩見さんが紹介をされているのは、対馬康子句集『百人』 タイトルは「口語使い俳句身近に」 抜粋して紹介したい。 対馬康子さんの第5句集。口語(話し言葉)を使っている俳人。平らかな表現がすっと心に入ってくる。「東京の西日は猫の舌ざわり」が気に入った。どんな舌ざわりなのだろう。つるつるなのか、生暖かいのか。(略)難しいと思えていた俳句が身近に感じられた。巻末に季語索引がついており、仕事が丁寧。句作に大いに役立ち、視野も広がるはずだ。 「仕事が丁寧」嬉しいお言葉。励みになります。 今日は俳人・能村登四郎(1911~2001)の忌日である。 『能村登四郎全句集』より薔薇の句を紹介したい。 薔薇の門家庭教師として潜る 能村登四郎 薔薇季(ばらどき)の薔薇押し吾子の約婚日 〃 老いにも狂気あれよと黒き薔薇とどく 〃 祝ぎ事の出がけに殺す薔薇の虫 〃 薔薇食べるなら血の色の花がよし 〃 面白い俳句がならぶ。 血の色の薔薇とまではいかなけれど。。。 #
by fragie777
| 2026-05-24 19:04
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5月23日(土) 旧暦4月7日
今朝の仙川の燕の子。 四羽いるようようだ。 元気に育っている。 ちょっとピンぼけであるが、かわいい。 「じゃ、行ってくるわね」と子燕たちに挨拶をしてわたしは出かけたのである。 行く先は、 ひさしぶりに石田郷子さんが暮らす飯能・名栗へ。 そう言えば、郷子さんの家ちかくにも熊がでたとニュースでみたな。 大丈夫だろうか。 やや不安。 聞くところによるとやはり山雀亭のちかくの川に熊が出たらしい。 それも夕方のはやい時間であるという。 ということで、今日は山にはのぼらず、有間ダム(名栗湖)周辺で遊んだ。 5月の緑がうつくしい名栗湖である。 しずかだ。 ゆったりとして湖に沿ってあるく。 細やかな波。 なんとしても湖の色がいい。 いろいろな植物のなまえをおしえてもらいつつ、あるいていく。 その花の写真も紹介したいのであるが、今日はもう疲れてしまったので後日に。 なにかを見上げている石田郷子さん。 友人たちも。 いったい何をみているんだろう。 吸葛(スイカズラ)の花ざかりであった。 すこし寒かったが、ゆったりとのんびりとした休日となったのだった。 おかげさまで、熊には会いませんでした。。。 これはバイソン。 #
by fragie777
| 2026-05-23 20:29
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5月22日(禽) 蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ) 旧暦4月6日
柵の上にのっかって睡蓮をながめながら、ぼんやりしているのが好き。 『デッサンモデル』の訳者である木村文さんからなにか届いた。 『デッサンモデル』が二冊はいっていて、手紙がそえてある。 著者のイエヴァ・マリヤ・ソコロヴァイテさんが、本にサインをしてくださったという。 ふらんす堂あてと帯を描かれた文月悠光さんに。 本文扉にリトアニア語でかかれている。 木村文さんが訳をつけてくださった。 「ふらんす堂」のみなさまへ。 最も美しい情景の数々と、その情景の向こう側に 残る最高の物語。そして、目を見開くことを恐れない 読者に恵まれますように。 ありがとうございます! 2026年3月29日 うれしいプレゼントである。 新聞評を紹介したい。 5月の神奈川新聞の岸本尚毅さんによる「かながわの俳壇時評」に、原朝子著『原石鼎の百句』が評されている。できるだけ紹介をしたい。 タイトルは「丁寧な鑑賞に読み応え」 《略)高浜虚子が「進むべき俳句の道」(1918年)で称揚した「ホトトギス」の当時の新人の作は近代俳句の一つの頂点といえる。石鼎もその一人で、100句の巻頭の「頂上や殊に野菊の吹かれ居り」は虚子に絶賛された初期の名句。今日愛誦される石鼎の作は早い時期の作が多いが、本書は一般向けの鑑賞書で触れられる機会の比較的少ない石鼎の後半生の句をも多く拾う。 たとえば「朝やけも夕(ゆ)やけも映る障子かな」は素人の作と見紛うほどに平淡だが、一日の始まりと終わりを同時に眺めているような感覚を独自のもの。この句は51際の作。石鼎は40歳代から神経衰弱に悩んでおり、この句からは、「一日中部屋に籠り、日課と静養につとめる作者の姿が浮かぶ」(本書) このほか、「天地をいたはり見るや去年今年」「七面鳥冬日の中にわらひけり」などは必ずしも一般受けしない異色作だが、このタイプの句に対する本書の丁寧な鑑賞は読み応えがあった。 ほかに城倉吉野句集『山籟』より。 「松納母の薬の色とりどり」は城倉吉野「山籟」より。正月も終わり服薬を欠かさぬ母の日常を詠む。著者は横浜市在住、大木あまり(横浜市)に師事。 午後にお客さまがひとり見えられた。 歌人の山田航(やまだ・わたる)さん。 目下、「前田夕暮の百首」の執筆者であり、すでに原稿は入稿澄み。 今日は装丁のラフイメージなどをご覧になった。 山田航さんは、北海道・札幌にお住まいである。 ご上京のついでに立ち寄ってくださった。 担当のPさんと楽しそうに打合せをしている。 「なにかおもしろいことやりましょう」なんて、話をしている。 わたしも呼ばれて、話に参加。 山田航さん。 東京にはまだすこし滞在するご予定であるらしい。 「この寒さにはまいりました。長袖を一枚も持ってこなかったので」と心許なそう。 「風邪をひかないようにお気をつけて」とわたしはお帰りの際にもうしあげたのだった。 #
by fragie777
| 2026-05-22 18:26
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5月21日(木)小満 旧暦4月5日
神代植物園の薔薇のアーチ。 みづからの光のごとき明るさをささげて咲けりくれなゐの薔薇 佐藤佐太郎 自らへ贈るくれなゐ強き薔薇 櫂 未知子 たくさんの人がこのアーチの下をくぐり抜けていた。 わたしも一度であるが、くぐった。 美しい女性が、ポーズをとって写真に撮られていた。 さすがにきまってる。 このアーチ、くぐるのも人を選びそうである。 (R女でごめんなさませ)って心でつぶやいてyamaokaはくぐったのだった。 今日は小満(しょうまん)。 小満は、「万物しだいに長じて満つる」という意味。今は万物の気が少し満ちてきたところで、これからますますさかんになるだろうと予感させるような時期です。 そんな勢いを最初に感じさせるのは、育ちざかりの蚕たち。次いで、紅花が畑一面に鮮やかな花を咲かせます。さらには、秋に種まきした麦も黄金色の穂をつけるでしょう。無事に実った麦を見て、一安心できるときなので「小満(小さく満足する)」との説もあります。(『季節の兆しカレンダー』石田郷子監修より) 今日はあいにくの天気となってしまったが、わたしの大学時代の友人たち数名は、深大寺、神代植物園を散策しているはず。 仕事があるので不参加のわたしは、深大寺でとびきり美味しいお蕎麦屋さんを紹介し、並ぶこと覚悟で是非にと」昨日LINEをしたのであるが、なんと、木曜日にかぎってお休みだった。 「薔薇と新緑がきれいです」ともLINEをしたのであるが、それもこのお天気。 すこし気の毒になってしまったけれど、きっとそんなことにもめげずに楽しんだのではないかって思っている。 友人の一人は東京生まれであっても、深大寺ははじめての様子。 武蔵野のはずれでしょ。 案外、来たことないっていう東京人もいるのである。 天気がよければ、新緑の美しさも味わってほしかったな。 いま、友人のM子さんから「楽しかったよ」とLINEで報告が。 良かった! おそばもおいしく食べられたとのこと。 写真もたくさん送ってくれた。 なにより、なにより。 ちょっと余談。 朝、出社するとスタッフより、 「テレビ見ました? yamaokaさんの好きなカルーセル麻紀が出てましたよ。いつも見る5チャンネルに」 「えっ! ホント!、いつも見てる時間帯なのに今日はちょっと早くテレビ消しちゃった。ああ残念。」 「どう、イケてたでしょ!」 「さすがに歳はとったけど、カッコ良かったです」 「でしょうね」と言いながらもとても残念である。 すこく観たかった。。。 すこし前に朝日新聞に半生記の連載をしていてそれもとびきり面白かったのである。 赤き薔薇は、カルーセル麻紀にささげたいyamaokaである。 #
by fragie777
| 2026-05-21 18:07
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5月20日(水) 旧暦4月4日
柿の花。 ちょっとピンぼけである。 可愛らしい花である。 この花の下で、男女の友人ふたりが楽しそうに話している。 近づいていくと、 「いやね、わたしたち同い年なのよ」って、 「そう、それもひと月ちがいなんだ」って、 とても楽しそう。 柿の花の下での会話にふさわしいって思いながら、わたしも楽しくなってしまった。 新刊紹介をしたい。 四六判並製カバー装クータバインディング 172頁 2句組 陽美保子(よう・みほこ)さんの第2句集である。陽さんは、1957年島根県松江市生まれ。北海道札幌市在住。2000年「泉」入会、綾部仁喜に師事。2005年「泉」賞受賞、2008年第22回俳壇賞受賞、2012年第1句集『遙かなる水』にて、第16回北海道俳人協会賞受賞。現在は俳人協会評議委員、「泉」編集長。本句集に「泉」主宰の藤本美和子さんが、帯文を寄せている。 眼前の草木虫魚を見つめる陽美保子の眼差しの彼方には生地松江の山河、ことに宍道湖の景が見えているに違いない。 産土で育まれた詩魂が定型という器を得て水のように輝き始める。確かな手触りと清潔な光に満ちた作品世界。韻律の裡に対象と一体となった作者の息遣いを感受するばかりだ。 帯文を紹介した。 第1句集名は「遙かなる水」、そして本句集名は「水のにほひ」とどちらも水を想起させる句集名である。 「句集名は、〈星空は水のにほひの雪後かな〉から採りました。水辺が好きなので水にちなんだ句集名にしたいと思いました。鮭がふるさとの川の匂いを忘れないように、生まれ故郷、松江の宍道湖の水の匂いが記憶の底にあるのかもしれないと思うこの頃です。」 とあとがきにあり、藤本美和子さんの帯文にもあるように「松江の宍道湖の水」への思いがこの句集を貫いている。「遙か遠くにかがやいていた水」が年を経て、作者の身体にぐっと迫ってきて、森羅万象のなかに水のにおいを感じる日々であるのかもしれない。 本句集を最初から読んでいくと気づくのであるが、その骨太の気迫ある詠みぶりに圧倒される句集である。 手をぬぐふ雪ひとつかみ鰊群来 抜き出せる魚卵のねばる雪解風 最初におかれた二句である。 陽美保子さんが、住んでいる北海道の景を詠んだものだと思う。 一句一句に気合いを感じるのであるが、これは作者があえて意図した詠みぶりではなくて、陽美保子さんの俳句に対する通常の向き合い方なのだとわたしは思った。甘さがないのである。 本句集の担当は、Pさん。 Pさんの好きな句をあげてもらった。 郭公や火に蹄鉄のすきとほり 白鳥の一羽首立て日暮来る あららぎは雪つむ木なり灰均 白鳥の声のそろひて胸そろふ 昇りつつ朝日ととのふ霜の花 人疎み来て寒禽の美しき 一日の息の充ちたるマスク捨つ 木の息となりゆく梟の寝息 虫のこゑ止みて柩を通しけり 手の平は甲よりさみし紙風船 郭公や火に蹄鉄のすきとほり 季語は「郭公」である。中7下5がなんとも迫力がある。蹄鉄を打ってつくる作業をしているのだろうか、省略をきかせた句である。読み手には炎の美しい動きに浮かびあがる蹄鉄の黒々とした形がみえてくる。遠く郭公が鳴いているのか。郭公のやや淋しげな鳴き声を遠くおき、眼前の炎と蹄鉄、現場から生まれた力強い一句であるとも。 白鳥の一羽首立て日暮来る 北海道に住んでおられる陽美保子さんにとって、「白鳥」は馴染みの鳥なのかもしれない。。掲句、一羽の白鳥がピンと首を立てた。一瞬時間がとまったかのごとく、天につきさすように首を立てたのである。作者の目もそこに釘付けになったのか。作者とその一羽の白鳥、緊縛した時間、ふっとその緊張がほぐれたとき、日差しがかげり日暮れがやってきたことに気づいたのだ。「首立て」で垂直な動きみせ、「日暮来る」で時間の経過をみせる、垂直と水平の動きがさりげなく詠み込まれている。〈白鳥の声のそろひて胸そろふ〉も「声」という聴覚から「胸そろふ」という視覚へと読者をたくみに誘う。 人疎み来て寒禽の美しき この句も鳥を詠んだ一句であることに今気づく。陽さんは、ひょっとして鳥好き? などとおもったりして。イ行の音が効果的につかわれている。イ行の音ではじまり、「美しき」とイ行の音でおわるのも、余韻をのこして効果的である。たたみかけるような文体も巧みであると思う。こういう気持ちは、わたしにもよくわかる。具体的な鳥の名をあげず、「寒禽」としたことも、「カンキン」という言葉の響きが、句に緊張感をあたえて、作者の心の屈託がある鋭さをもってつきさすように読者に伝わってくる。 手の平は甲よりさみし紙風船 この句を前にして、いま自分のてのひらを見つめてみた。う~む。たしかに手の甲よりも平のほうが語るものがある。手相だって手のひらにあるわけよね。この句、手のひらが「さみし」いと作者は思ったのである。ふっと手の平をみたときにというのではなく、「紙風船」を就きながらそう思ったのか。わたしには下5におかれた「紙風船」の季語が、気になる。「紙風船」というはかなくて軽量のもの。これをついた時にそうおもったのかもしれないが、「紙風船」の季語によって、手の平のさびしさも一瞬のものとして軽量化された、そのさみしさもふっと消えてしまう、そういうものとしての「さみしさ」をこの一句で詠んだのかと。 正面を見せたる鶴の凍てにけり これはわたしの好きな一句である。作者の気合いを感じる一句だ。凍て鶴と見合っている作者がいる。多くを語っていないけれど、凍て鶴のありようが緊迫感をもって迫ってくる。「けり」の切れ字がそれ以上でもそれ以下でもない凍て鶴のフォルムを美しく語って効果的である。そしてそれに向き合う作者のまなざしの厳しさもみえてくるのだ。 校正スタッフのみおさんは、〈まつすぐな幹に囲まれ冴返る〉森の中の凜とした空気が伝わってくるようです 校正スタッフの幸香さんは、〈日めくりの紙の軽さの春の雪〉特に惹かれました 『水のにほひ』は、『遥かなる水』に続く私の第二句集です。 本集には、二〇一一年から二〇二五年春までの約十五年間の句をまとめました。この間、夫、俳句の師、禅の師を始め多くの大切な人々を見送りました。また、子供たちが結婚し、新しい生命も生まれました。人の生死を身近にした十五年間でした。いつの間にか六十代も終わりに近づき、この年になって改めて生死という不思議を思うとともに、どれほどの偶然が重なって出会いがあったかと思うと、出会ってくれた人々や自然への感謝の念でいっぱいになります。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装丁は、君嶋真理子さん。 タイトルはパール箔である。 表紙、 扉。 リラことに白きが薫る師恩かな 「泉」入会後、早くも二十五年以上経ちました。熱心に指導して下さいました故綾部仁喜先生、藤本美和子主宰、句友の皆様に心から感謝致します。また、ご多忙な中、句集名と選句の助言をして下さり、帯文を賜りました藤本美和子主宰には、日頃のご懇切なご指導と併せ、厚く御礼を申し上げます。 上梓後のお気持ちをいただいた。 句集を手にしてとても嬉しく思うと同時に、珠のような藤本美和子主宰の帯文と素晴らしい装丁に包まれて、これで私の過去の俳句も成仏せざるを得ないだろう(笑)とほっとしました。自分自身の中で一区切りついてすっきりしました。「俳句は七十歳からが面白い」という綾部仁喜先生の言葉が今胸に響いています。これからもっと面白くなるのかとちょっとわくわくしています。俳句とともにある贅沢な時間をこれからも大切にしていきたいと改めて思っています。 筆談の言葉は褪せず霜柱 わたしも綾部仁喜先生にはたくさんの「筆談」をいただいた。 この句によってそのことを思い出している。 「霜柱」の季語であることで、俳句に対して厳しい姿勢をつらぬいた綾部先生であったことを思う。 そして、石田波郷の師系につらなることを誇りにされていた綾部先生だった。 陽美保子さま。 第2句集のご上梓おめでとうございます。 好きな句がたくさんありましたが、ご紹介しきれず残念です。 更なるご健吟をお祈りもうしあげます。 一灯を地べたに置きぬ草の市 陽美保子 #
by fragie777
| 2026-05-20 18:34
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