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2月3日(火) 節分 旧暦12月15日
眼白。 桜の花を食べている。 春は近い。 と思ったら今日は節分。 そして、明日は立春。 今日は午前中にお客さまがひとり見えられた。 中津麻美さん。 はじめての句集を刊行されるにあたって相談にいらっしゃったのである。 中津さんは、俳誌「知音」(西村和子・行方克巳代表)に所属しておられる。 2013年に俳句をはじめられたから、すでに10年以上経つ。 俳句を始められたきっかけは、朝日新聞夕刊の「あるきだす言葉たち」に掲載された「知音」の若手の俳句の瑞々しさに触れて、「知音」への入会を決意されたのだった。 以後は俳句とともにわきめもふらずまっしぐらに来られた方である。 伺えば、亡くなられた父上が、金子兜太主宰の「海程」の同人であったことにより俳句は身近な文芸であったいうこと。 ただ、「父のつくる俳句はちんぷんかんぷんであり高尚すぎた」と笑っておっしゃる。 お父様は生前二冊の句集をつくられており、亡くなられた時に柩のなかに二冊をいれてさしあげたということ。 その時に、かたちにして残すものがあるということの大切さに気づき、11年間の句をまとめようと思い立った中津さんである。 中津麻美さん 俳句をつくる娘を知ったお父さまは、「お前にできるのか」と言いつつ喜んでくださったということである。 出来上がった句集をお見せすることができたら、さぞ喜ばれたでしょうね、と申し上げると。 「ほんとうに」とおおきく頷かれた中津麻美さんだった。 1月31日に埼玉・川越プリンスホテルにおこなわれた「爽樹」創刊記念祝賀会についてスタッフPさんのレポートを以て紹介したい。 2026年1月31日に川越プリンスホテルにて、「爽樹」創刊十五周年記念祝賀会が開かれました。 ご挨拶をされる「爽樹」代表の勝浦敏幸氏 本日、ここに爽樹創刊十五周年祝賀会を開催できますこと、まことに嬉しく存じます。 爽樹が十五年継続してこられましたことは、一重に発足時から今日まで、爽樹に対して、各結社の先生型をはじめとした俳壇の皆様のご指導、ご鞭撻の賜物でございます。 特に、昨年二月にお亡くなりになられました「風の道」の前主宰、大高霧海先生には、爽樹発足時の恩人として大変お世話になったと伺っております。 また、爽樹の方達を見ましても、昨年4月に初代代表の小山徳夫さんがお亡くなりになりました。 ご存命であられたならば、本日の祝賀会をどれほどよろこばれておられたかと思います。 他にも、副代表、編集長など爽樹を支えてこられた先輩方が鬼籍に入られておられます。 爽樹を生み、育ててくださった諸先輩に深く感謝を申し上げる次第です。 平成22年4月19日に「遠嶺」の小澤克巳主宰が急逝され、一誌一代の意思により終刊となりました。 小澤主宰が亡くなられた後も、予定の日時会場に会員がいつものように集まり、熱心に句会を行っていたそうであります。 会員の俳句に対する熱い思いが新たな体勢を産む原動力となり、爽樹俳句会が誕生することとなりました。 創立にあたり、「遠嶺」の小澤主宰の「情景主義」を指導理念として提唱するとともに、4項目からなる運営理念を打ち出しました。 一つ目は、主宰を置かず、任期のある代表制とし、その運営は代議員会、役員会による合議制の民主的運営を目指すというものです。 代表は私で4代目、私は先師の直接のご指導を受けておりません。ある意味、エポックメイキングな代表ということになります。 二つ目は集団指導体制です。情景主義に基づき、各句会の指導を複数の指導者が行っております。現在39句会、16人の選者が指導にあたっています。 三つ目は結社誌「爽樹」の同人誌的編集です。会員の作品は50音順、循環性により掲載されております。 四つ目はオープンな会計とし、全ての収支をあきらかにするとともに、会のための活動経費は支給する、というものです。 以上の理念はこれからも大事にして参りたいと存じます。 これが爽樹の運営の基と心得ております。 十五周年の節目はひとつの通過点であります。 今後とも爽樹をよろしくお願い申し上げまして、ご挨拶といたします。 ありがとうございます。 この他に、十五周年を記念して刊行された句集の刊行記念祝賀もありました。 ・川口襄句集『川越祭』(喜怒哀楽書房) ・半田卓郎句集『直心(じきしん)』(文學の森) ・河瀬俊彦句集『櫓の音』(ふらんす堂) どの著者も爽樹の中核を担われ、支えてきたみなさんです。 (Pはまさかの壇上にいたため、お写真がなく申し訳ありません) 閉会のご挨拶をされるのは名誉顧問の河瀬俊彦氏。 櫓を漕げば楽の生まるる良夜かな 河瀬俊彦 きちっとした運営理念の元に集われた皆様の、絆を感じました。 また、みなで「爽樹」を盛り上げていこうという明るく前向きなエネルギーに満ちた会でした。 「爽樹」の皆様、この度の創立15周年、まことにおめでとうございます。 心よりお祝いをもうしあげます。 20年、30年と続いてきますことを祈念いたします。 #
by fragie777
| 2026-02-03 18:45
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2月2日(月) 旧暦12月15日
![]() 侘助。 悲しいお知らせがある。 俳人の岩淵喜代子さんが、亡くなられた。 「ににん」代表の新井大介さんより本日メールにてご連絡をいただいた。 以下に記します。 俳句同人誌「ににん」創刊者・元代表の岩淵喜代子先生が2026年1月27日 89歳にて急逝されました。 早速お知らせ申し上げるべきところでありましたが、ご通知が遅れましたことを深くお詫び申し上げます。 尚、葬儀は1月30日にご親族のみで滞りなく執り行われました。誠に勝手ではございますが、ご親族の御香典、御供花、御供え物の儀は固く辞退致します。 ここに生前のご厚誼を深謝し衷心よりお礼申し上げます。 岩淵喜代子さま 生前のさまざまなご縁を感謝しつつ、こころよりご冥福をお祈りもうしあげます。 麥踏みのつづきのやうに消えにけり 岩淵喜代子 過ぐる1月30日に行われた角川俳句賞、角川短歌賞について、Pさんのレポートで紹介します。 2026年1月30日に、角川武蔵野ミュージアムにて、第71回「角川俳句賞」「角川短歌賞」の授賞式が行われました。 俳句賞の受賞者は「蒼海」会員、千野千佳さん。 選者は、仁平勝氏、対馬康子氏、小澤實氏、岸本尚毅氏です。 短歌賞の受賞者は京大短歌所属の船田愛子さん。 選考委員は、松平盟子氏、中川佐和子氏、坂井修一氏、藪内亮輔氏です。 ご受賞おめでとうございます。 千野千佳さん 本日はこのような素敵な授賞式の席を設けていただきありがとうございます。 念願だった角川俳句賞を受賞することができて、本当に嬉しいです。 選考委員の先生方、角川文化振興財団の皆様、関係者の皆様に心よりお礼を申し上げます。 私が俳句を始めたのは今から10年の2016年1月のことです。 陶芸教室で仲の良かった方に誘われて地域の老人会の句会に参加しました。 そこで私は句会というゲームの面白さを知りました。ここから俳句の初心者向けの本を読み始めました。 その年の4月に堀本裕樹先生の立ち上げた句会に行きました。木曜日の夜8時から行われていた「たんぽぽ句会」です。「たんぽぽ句会」は仕事終わりの大人が集う遊び場という雰囲気でとても刺激的でした。 2018年に堀本先生が結社「蒼海」を立ち上げた時、まわりのひとの流れに乗って、私も入会しました。 俳句への取り組み方がかわったきっかけになったのが、2019年に堀本先生と結社の仲間でいった京都吟行です。 見たものや体験したものを掬い上げて、俳句になるのがとても楽しいと感じました。帰りの新幹線の中で京都での出来事を思い出しながら、ひとりで俳句を作っていたとき、私の中で何かが目覚めました。 旅行の時間よりも旅行での出来事を元に俳句をつくる時間の方が楽しいという感覚が新鮮でした。 そこから毎日10句作るようになりました。すると自然に句が溜まってきて賞にも応募してみようという気持ちになりました。 もうひとつ俳句への取り組み方が大きく変わったきっかけは2021年に子供を産んだことです。 産んでからしばらくは体調も悪く、メンタルが不安定になり、俳句も作れなくなりました。 子供が生後四ヶ月くらいから、徐々に体調が回復し、俳句がつくれるようになりました。 この頃から自然を美しいと思うようになりました。自然や動物の句を積極的に作るようになりました。 子供はいま4歳になりますが、いつも目をキラキラさせて世界に憧れを持っています。 見慣れた日常でも子供と過ごすことで新鮮なものの見方をすることができて、全てが句材になると感じるようになりました。 角川俳句賞には2022年から3年連続で最終候補として50句掲載していただきました。 振り返って見ると、受賞を逃した悔しさよりも最終候補まで残していただけたうれしさの方が強かったです。 角川俳句賞へのチャレンジは私に前向きな力をくれました。 私はいま子育てと薬剤師としての仕事、日々の生活に追われる忙しない毎日を過ごしています。 子育てに悩んで心がモヤモヤする日、仕事で嫌なことがあった日でも、良い句がひとつでもできると嬉しくて、嫌なことがどうでもよくなります。 好きな句集や角川さんの「俳句」を読むと、心を取り戻すことができます。 俳句が私の生活を支えてくれています。 最後に堀本先生との出会いがなければ、私の人生ははまったく違ったものになっていたと思います。 いつも大らかに見守ってくださる先生だからこそ、私たち蒼海会員は伸び伸びと俳句の道を進んでいけます。 俳句が大好きな蒼海のみなさんと、これからも一緒に切磋琢磨しながら俳句を楽しんでいけたらと思っています。この夢のような一日を糧にして、これからも俳句に、子育てに、仕事に前向きに取り組んで行きたいです。 本日はありがとうございました。 吹く人の鼻にのりたるしやぼん玉 千野千佳 船田愛子さん この度は栄誉ある賞をいただき、大変光栄に存じます。選考委員の先生方や、角川文化振興財団の皆様、そして私の所属する京大短歌や学生短歌会のみなさま、また日頃よりお世話になっている全ての方々に心より感謝申し上げます。 受賞作の「雪の影」は生と死を題材とした作品です。かつて「死」というのものを切実に意識した経験があり、それ以来私の世界に対する見方というのはいくらか変わりました。その変化は「雪の影」に濃く反映されているように思います。 現在私は医師を目指して医学を学んでいます。 人体の仕組みや病気のメカニズムを知るにつれ、その緻密さや複雑さに圧倒されます。人体というのは私自身のことでもあり身近なものですが、とても広い世界に向き合っているように感じられます。 短歌においても身のまわりの繊細で曖昧な光景や、時間、感情を短歌の定型によって捉えることで、私の見えなかった世界の本質の一端を掴むことができる。そうして世界が広がっていくと感じています。 この度「雪の影」を作る過程で、私は自身の内面と深く向き合いました。「生と死」というテーマは医学を学ぶ上でも、ひとりの人間として生きていく上でも、私にとって決して切り離せないものです。 今後も歌人として、医学に学ぶものとして、この大きな問いに繰り返し向き合っていきたいと考えております。 改めてこの度はこのように素晴らしい機会をいただきましたことに深く感謝いたします。 水仙の香りのような耳鳴りのあとに来るのだろうわれの死は 船田愛子 選者、主催者の方々とともに記念撮影。 ご受賞された千野千佳さま、船田愛子さま、おめでとうございます。 心よりお祝いをもうしあげます。 明日は、俳誌「爽樹」創刊十五周年記念祝賀会について、ご紹介します。 #
by fragie777
| 2026-02-02 18:38
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2月1日(日) 旧暦12月14日
アオジ。 小さな木の実を咥えている。 木の上のアオジ。 色は渋いけど、顔はかわいい。 なんと三羽もいる。 国立・矢川緑地をあるく。 一面、枯れの世界だった。 新聞記事を紹介したい。 1月31日づけの毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、益岡茱萸句集『雨の器』より。 音もなく始まてをり猫の恋 益岡茱萸 かつて「交尾期の猫は、悩ましい声を立て、追っかけあって騒いだ。」と坪内さん。しかし、「近年、猫たちは「音もなく恋をしているらしい。去勢手術などか行われるようになった飼い方の変化のせいか。」と。 確かに交尾期の猫の声を聞かなくなって久しい。 そもそも野良猫がわたしの住んでいる領域にはいなくなった。 しかし、ひそやかに人間の目にはとまらないところで、恋は進行しているらしい。 今日2月1日は、河東癖梧桐(1873~1937)の忌日である。 秋尾敏著『河東碧梧桐の百句」より。 瓢箪に少し二日の酒残る 明治三十二年 「ホトトギス」明治三十二年一月号に掲載された紀行文「伊豆山紀行」中の一句。〈元日を旅に出るなり朝の汽車〉と詠み始め、箱根湯本で一泊。二日の昼に掲句を詠んで伊豆山のふもとに着到。季題は「二日」で正月の句。この「瓢箪」は季語ではない。「二日の酒残る」は三日の句に見えるが、二日の話なのであった。句は特に深い意味もなく軽い内容だが、記憶に残る佳句である。俳句はこれでよいと言っている気がする。不思議なのは、この紀行文が、一月十日発行の「ホトトギス」一月号に掲載されていること。何と素早い仕事ぶりであろうか。 この道に寄る外はなき枯野哉 明治三十九年 十二月二十九日、一いちのへ戸から吹雪の中を歩き続け、午後四時に八戸に到着。その途上の吟である。実際は「枯野」どころではない厳しさだったと思われるが、この句だけ見れば、俳句のみに生きると詠んだ月並風の句にも見えてしまう。芭蕉に〈この道や行く人なしに秋の暮〉があるからなおさらのことである。むろん俳句への思いが重なっていないと言い切ることもできないが、年が明けて浅虫温泉に逗留した碧梧桐のもとには、中村不折から六朝書が送られ、碧梧桐の書風が変わるきっかけともなっている。碧梧桐は、俳句ばかりに生きたわけではない。 以下は巻末の解説より。 碧梧桐から見れば、俳句においても書においても、いわゆる〈巧い〉作品は、すべて〈月並〉だったに違いない。俳人は、一方に碧梧桐のその思いを警鐘のように鳴り響かせながら、自分の道を歩むしかない。 今日野川緑地をあるいていて、散歩途上の柴犬にあった。 一緒に歩いていた友人たちが気づいて、立ち止まって犬が通り過ぎるのを待つかたちになった。 するとどうしたことか、四五人いるのにわたしにのほうへ近づいてくる。 (実はわたし犬はキライじゃないけど、苦手。) ほかの友人たちには目もくれずにわたしの方やってきた。 こんな感じ。 わたしは実は、やや緊張している。 撫でてあげればいいのだけど、怖くて撫でられない。 こんな風に私のみをじいっとみつめて、飼い主さんにひっぱられても、行きかけてまた戻ってくる。 こんなことはじめて。。。 なにゆえにこの犬に好かれたのか、わからないのである。 わたし以外に犬好きは何人かいたのに。 今日の水仙。 #
by fragie777
| 2026-02-01 18:53
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1月31日(土) 旧暦12月13日
新宿歴史博物館にむかう途中。 もう少し行くと右手に建物がみえてくる。 わたしは多分始めて来るところかもしれない。 今日は、午後2時より「俳人・八田木枯を語る」と題して、三人の俳人によるトークイベントが行われる。 トーク者は鳥居万里子、藺草慶子、西村麒麟の各氏。 昨年は八田木枯生誕百年にあたり、それを記念して俳書展も開かれた。 また、木枯さんのご息女である八田夕刈さんの編集によって冊子『八田木枯戦中戦後史』が編纂された。 そこに今日のトークイベント参加者の藺草慶子さんと西村麒麟さんも関わっている。 『八田木枯戦後私史』(晩虹発行所刊) 西村麒麟さんの司会で、八田木枯へのつきぬ思いがそれぞれによって語られ、聞き応えのあるイベントとなった。 三人の俳人の方は、それそれ時間的なずれがあるが八田木枯さんの句会に参加している。 鳥居さん、藺草さんは、ほぼ同じ頃なのかもしれない。 西村麒麟さんは、木枯晩年のなくなる前の一年間であったが句会において濃密な時間をもったようだ。 皆さんの語りによって、それぞれその句会における八田木枯さんが眼の前たち現れてくるようだ。 ![]() 鳥居万里子さん。 藺草慶子さん。 西村麒麟さん。 今日のトークイベント内容は、録音されて、文章化されると思うので、わたしの紹介はここにとどめます。 今日は池田澄子さんもゲストとして招かれた。 池田澄子さんと八田夕刈さん。 池田澄子さんが木枯さんよりいただいたもの。 毎年桜の季節になると、飯田橋の土手でお花見をされた木枯さん。 俳人の方々も招かれたという。 これは。そのときの寄せ書き。 飯島晴子、三橋敏雄、松崎豊、各氏のお名前はわかるのだけれど、あとは判別できず。 今日は池田さんの手元にあるこの団扇や書を、夕刈さんに差し上げるべく池田さんは持ってこられたのだ。 今日の会では、存じ上げている方にいろいろとお目にかかることもできた。 お名前をいちいとあげませんが、 今日おめにかかれて嬉しかったです。 帰りは「一緒に帰ろうよ」という池田澄子さんを四ッ谷駅までエスコートをすることに。 久しぶりにお目にかかった池田さんと駅方向にゆっくり歩きながら、いろんなお話をしたのだった。 というか、伺ったというべきか。 俳句を目指した初期のころのお話、 俳人との出会い。 そして別れ。 三橋敏雄、髙柳重信、堀井鶏、飯島晴子、阿部完市、津沢まさ子などのお名前がでてきて、懐かしかった。 池田さん曰く、 「俳句をはじめたあの頃は本当に楽しかったわ」。 若かりし池田さんが、俳句をやりたくてどれほど胸を熱くしていたか伝わってくるいいお話だった。 話に夢中になって、どうやら地下鉄の駅を素通りしてしまったらしい。 さんざん迷って、とんだエスコートになってしまって、 それでも池田さんはたのしそうで、わたしもたのしい。 「あら、月よ」って池田さん。 「ほんとだ!」ってyamaoka. 「満月かしら。昨日はね、この月の真下に木星があったのよ」って池田さん ようやく見つけた地下鉄入り口までゆっくりと向かう。 「もう最近あたし、ダメ痴呆症よ。すぐ忘れちゃうのね」って笑いながら池田さん。 「そんなこと言ったら、わたしなんかもひどいもんですよ」と答えると、 「あなた、いくつ?」と直球がきた。 「〇〇歳」です」というと、 「まだ子ども!」って池田さん。 「わたし、この3月には90歳よ」 「ヒエー。そりゃすごい、90歳なんて信じられない」 眼の前の池田さんは、生き生きとして楽しそうで姿勢が美しい。 なんか勇気がわいてきた。 「子ども!」って返しは気に入った。 あんまり嬉しいので、 「ブログに書いていいですか」と聞いて、 こうして書いているわけね。 新宿でおわかれして、わたしは新宿のデパートへ。 バーゲンとなっていたので手袋を買う。 実はことし手袋をなくしてしまっていたのだった。 今日は、川越プリンスホテルにて、俳誌「爽樹」創刊15周年のお祝いの会があって、スタッフのPさんがおもむく。 また、「爽樹」の河瀬俊彦氏の第2句集『櫓の音』の出版のお祝いもなされる。 この会については、週明けにPさんのレポートを以て紹介したい。 #
by fragie777
| 2026-01-31 20:27
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1月30日(金) 雞始乳(にわとりはじめてとやにつく) 旧暦12月12日
冬木。 その内のひとつによりかかりながら空を見上げる。 木々の言葉が空からまい降りてくる、そんな感じ。 木は桂の木。 冬の空はまことに青い。 神代植物園にて。(もうわたしの庭みたいに親しい) 今日は13時30分より埼玉県・所沢にある角川武蔵野ミュージアムにて、角川俳句賞と角川短歌賞の贈呈式があり、スタッフのPさんが出席する。 第71回 角川俳句賞 千野千佳 作品「愛嬌」50句 第71回 角川短歌賞 船田愛子 作品「雪の影」50首 この贈与式の様子は、週明けにPさんのレポートをもって紹介します。 ご受賞された千野千佳さま、船田愛子さま おめでとうございます。 こころからお祝いをもうしあげます。 このミュージアムでは、いま「角川源義展」が開催されている。 没後50年特別企画展と題して、その生涯と業績を紹介する特別展である。 Pさんは、それも見たくて早めに行く。 写真撮影はダメということで、 到着したときの、外側のミュージアムのみの写真が送られてきた。 興味のある方は、是非に。 3月30日まで開催されているということである。 「週刊新潮」2月5日号の「新々句歌歳時記」に小澤實さんによって、大石悦子句集『百囀』収録の句が紹介されている。 春立つと虹かけて野のはしやぐかな 大石悦子 「喜びが野に投影している。三つの動詞が用いられることも異例。はしゃぎっぷりが感じられる」と小澤さん。 今日はお給料を銀行に振り込むことになっている日だったのだけど、新しいシステムになってうまくいかずあろうことか振り込まれなかった。 まいった。 現金にて手渡すために大急ぎで出社する。 今日はヤク(薬)切れで、どうしてもお医者にも行かねばならず、すでに予約をとってしまってある。 しかし、自分の薬より、みなのお給料のほうがそりゃ大事だわ。 責任もある。 あいかわらず間抜けなこともあったけどなんとかきりぬけて、お給料を手渡すことができた。 薬もゲットした。 おおいにほっとする。 薬はアレルギーの薬なんだけど、呑まないと身体がかゆくなってしまう。 この時期はとくにね。 そんなこんなで綱渡りのような一日となった。 銀行で待っていると、スタッフの女性が、カウンターの向こうから 「これ、ふらんす堂さんのではありません?」と、おしゃれな紙袋を持ち上げてみせる。 (あれ、なにか忘れたかな。いいや、わたしんじゃない)ということで、 「違いまーす」って笑って応える。 なぜ笑ったかというと、しょっちゅう忘れ物をするので、忘れ物をするやつはふらんす堂というデフォルトになっているようだ。 しかし、それは違うのよね-。 一月もあと一日をもって、終わろうとしている。 2月は駿馬のごとくあっというまに過ぎる。 仙川駅の鴉。 #
by fragie777
| 2026-01-30 18:04
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