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11月30日(日) 旧暦10月11日
頬白(ホオジロ) かわいいな。。。 尉鶲(ジョウビタキ) かなりのズームで撮ったので、すこしぼけ気味であるが、オレンジが美しい。 この角度だと地味になってしまう。 「弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい」(ヘブル人への手紙第12章12節) ということであるので、わたしは今日も太極拳を演舞し、腕立て伏せを十回やった。 すこしは手も足も強化できただろうか。 バックグランドミュージックは、 バッハのカンタータ22、60、34番である。 なんのこっちゃって思うでしょう。 でも、わたしの場合、朝の体操等は、ほとんとバッハを聴きながらやる。 悪くないのである。 短い時間ではとても聴ききれない「マタイ受難曲」を連日つづてけて聴くことも。 吉田秀和さんだってその生涯のうちに「マタイ受難曲」はそう何度も聴いていないとその著書のなかで書いておられたが、ひょっとすると、わたしは吉田秀和さんよりも回数においては、聴いているかもしれない。 余談かもしれないけれど、リヒター指揮のものの方が、カラヤン指揮のものより私は好き。 前にも書いたけど、カラヤンは優美にして、リヒターのは荘厳である、とわたしは思っている。 とは言いながら、 聴くっていったって、太極拳をしながらあるいは柔軟体操やら腕立て伏せをしながらなんだから、いい加減なもので、聴いたなどとは言えないかもしれないが、いいのよ。わたしにはわたしの聴き方(?)があるんだから。 と開き直る。 開き直ることは、わたしの特技。。。。 今日の朝日新聞に、岸本尚毅さんによる「俳句時評」に板倉ケンタ句集『一花一虫』が取り上げられている。北小路翼句集『給食のおばさん』とともに。抜粋して紹介したい。 タイトルは「精緻と体当たり」 板倉ケンタの『一花一虫』(ふらんす堂)にある〈秋冬となく繰りかへし蠅の来る〉は、奇妙な作だ。夏の季語の「蠅」と別に「秋の蠅」「冬の蠅」というう季語があるが、この句は秋とも冬ともつかない。「繰りかへし」は、秋にも冬にもという意味のようでもあるし、追い払っても何度も来る様子のようでもある。無造作に蠅を詠んだようで、重層的なニュアンスを伴った巧緻な句とも思える。(略) 板倉の対極にある句境と思われるの北大路翼の『給食のおばさん』(角川書店)だ。 という書き出しではじまる評は、転職して学校給食のおばさん?となった著者の一年間の句日記を一冊にしたもの。 たとえば「五月三十一日」の献立は「チキンピラフ、卵スープ、スパイシーポテトビーンズ」。日記に「ミサイルが降る日も給食を作つてゐる。五月尽」とあり、その日の俳句は〈スパイシーポテトビーンズテポドン来(く)〉だ。 「テポドン」と「ポテト」の音の類似を面白がった作。五七五の定型にのせた言葉のリズムが生き生きとしている。北朝鮮のミサイル発射という事態を俳諧にしてしまったしたたかな句だ。 一九九五年生の板倉の精緻な句と、一九七九年生の北大路の体当たり的な俳人格。現代俳句の間口は広い。 暮れてゆく烏。 #
by fragie777
| 2025-11-30 20:03
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11月29日(土) 十日夜 旧暦10月10日
おびただしい落葉である。 水の世界のほうが鮮明な冬木と空。 今日も宿題の原稿をもって、カフェのひとつに潜り込む。 そう、潜り込む、そんな感じでとうとう原稿を読み終えたのだった。 読み終えたときは、頼んだモンブランのまずさに辟易していた。 ここのカフェは住民らしい人影はなく、健全なる(?)出入り状態である。 次に来るときは、モンブランは頼むのはやめようと心に決めてわたしはそのカフェをあとにしたのであった。 今日は、俳人・川崎展宏(かわさき・てんこう)(1927~2009)の忌日である。 ふらんす堂からは、『春 川崎展宏全句集』 などを刊行している。 展宏先生には、出版社勤務時代からいろいろとご縁をいただいた。 忘れられない俳人のひとりである。 好きな句はいろいろと頭をよぎるが、今日は、展宏先生からいただいた著書『虚子から虚子へ』(有斐閣刊)の一文を紹介してみたい。 師系としては、加藤楸邨・森澄雄につらなる俳人であるが、高浜虚子についての論が多く、ほかに評論集『高浜虚子』がある。 子規はかつて「虚子の草木を見るは猶有情の人間を見るがごとし」と評したが、もともと虚子は、子規にいう「理想」の人、つまり、その句に色濃く主観の出る人であった。たとえば「春雨の衣桁に重し恋衣」(明治二十七年)などのように、虚子の主観は、古典的な美意識から発していて、その美意識は主として謡曲に育てられたものであろう。虚子が子規から学び、弟子に説いたのは、自分の古典趣味も含めて、身についている美意識など一旦捨てて客観に即せということであった。ところで子規の写生は、眼前の客観に即するという精神のはたらきに重点があって、いきいきとした近代人の目という意味で、その活気を、時代の活力とともにするものであったが、「客観」に即していえば一重(ひとえ)ものである。虚子は、この一重の客観を事こまかに写すことと、その喜びを弟子に説いたが、ーー大正期の客観写生ーーそれは主観を制御して客観の大きさを知らしめる修業の一段階であって、自分を矯正することで客観(自然)が近づいてくるというので、主体は客観(自然)の方にあるのである。次に、客観に即するというかたちで、おのずからそこに個々の作者の主観が出てくる段階で、昭和初期に秋桜子、誓子、素十、青畝のいわゆる四Sを推したが、主体が客観にあるということを銘記させるために、特に素十を大切にしたのである。だが、虚子はここにとどまるものでなかった。「大自然に接し、常に心を流動の姿に置く」(「写生主義」昭和四年三月)境地であって大自然のように自在な域である。近代の進歩とは、人間が次第に大きくなってくる。わがままになってくることだが、虚子はこの逆を逝くのである。その方向は反近代であり、方法は古典芸能の修業の段階を思わせる。近代とは自由の方向が逆であって、その自由ーー自在といった方がいいーーへ花鳥を通して至ろうとするのが、俳句だというのだ。自然は花鳥を通して俳人の前に現れる。俳人は花鳥を通して自然の自在を得ようというのだから、ここに人事界の対立葛藤を持込む余地はないので、また、持込まぬことをこの文芸の特色とし、この特色をもって自ら侍すべきであると説く。 (略) 花鳥とは、花鳥風月のことで、大自然が四季の変化によってそのときどきに示す季のものである。しかし、それを「花鳥」といったところに虚子の俳句に寄せた願いがこもっている。「芸術の極意はやはらか味」(「玉藻」昭和二十七年十月)という、そのやわらかみ、温かさが「花鳥」という言葉のニュアンスにこもっている。 (略) 諷詠とは、虚子のよれば心の調べであり、ささやかにも、大らかにも、花鳥を通して大自然に呼びかけるのである。虚子の呼吸は、ときに天地とともに大きい。(『虚子」の章より) もう一つ、『春 川崎展宏全句集』の栞によせた金子兜太さんの文章を抜粋して紹介しておきたい。タイトルは「知的でわがままな透明体」 川崎展宏が十一月二十九日午前二時、他界した。次は樫の木になりたい。と私に言っていたことがある。仏教では四十九日で生まれかわるということだから、それでいくと来年の梅の咲く頃には樫の木になって立っているかもしれない。(略) 朝顔は水の精なり蔓上下 いろいろあらーな夏の終りの蟬の声 など、好き嫌いを別に展宏俳句の面目躍如と見る。滑稽諧謔の現代版、その抒情、真面目なものほど滑稽、という言い方を思い合わせている。 我がままな透明体、川崎展宏が逝った。 白息のゆるゆる読むや虚子句集 川崎展宏 今日の上空を飛んでいた飛行機。 #
by fragie777
| 2025-11-29 19:50
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11月28日(金) 旧暦10月9日
銀行へ行く途中でみあげた空。 仙川駅ちかくである。 鳩たちがたくさんいる。 駅を行き交う人をみているのだ。 しかし、 この鳩を見上げているのは、多くの通行人のなかでわたしひとり。 よいお天気だったので、コートなしで、銀行にむかう。 銀行でいろんな処理を待っている時間はきらいじゃない。 わたしはきっと眠くなる。 そして「ふらんす堂さん」という声に起こされるのである。 今日は銀行を三つはしご(?)して、郵便局に立ち寄ったのだった。 それだけで、4000歩以上はあるくことになる。 角谷昌子著『俳句の水脈を探るー平成・令和に逝った俳人たち』が出来上がってくる。 待たれていた一冊である。 定価=2800円+税 484頁の大冊である。 この書籍については、また改めて紹介をしたいと思う。 装丁は間村俊一さん。 間村さんらしいスタイリッシュな出来映えである。 昨日の夕方には、「間村俊一句集『德兵衛はん』刊行を祝ふ會』が、アルカディア市ヶ谷で午後六時よりあって、スタッフのPさんが出席。 150人以上の人が集い、間村さんを祝った。 ご挨拶をする間村俊一さん。 「3000冊の装丁をして第3句集を刊行しました。これでもういいかなとおもったのだけど、第4句集によせる皆さんの期待をきいて、4000冊の装丁をして第4句集をめざします」とご挨拶。 すばらしいと思います。 ふらんす堂では最近は、対馬康子さんの句集『百人』の装丁をお願いし、そしてこの度の角谷昌子さんの評論集『俳句の水脈を探る』をお願いしたのである。 間村さんの装丁は、手にとっただけで(ああ、間村さんの装丁だ)ってわかる。 そしてつくづくといいなあって思う。 ご自身の句集も自装によるもの。 A5判変形ハードカバー装 定価=3800円+税 書肆アルス刊 重厚感がある。 帯文は高橋睦郎、 栞文は、嵐山光三郎、仁平勝、佐藤文香、宇野亞喜良、時里二郎、村上鞆彦、星野高士、永田和宏、神野紗希、高野ムツオ、福島泰樹、という錚々たる顔ぶれ。 この方々が発起人となって大勢の人があつまり、間村俊一さんをお祝いしたのだった。 ガラモンド好きもかうじて暖かし 間村俊一 「ガラモンド」の欧文書体は、わたしも大好き。 ベニスライトフェイスが使いにくくなった今、ふらんす堂はもうほとんとガラモント。 #
by fragie777
| 2025-11-28 19:11
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11月27日(木)朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) 旧暦10月8日
今朝の出勤風景。 今日の七十二候「朔風払葉」のように北風が吹き、木の葉ふりちる朝のはじまりだった。 木々は葉をつぎつぎとはらいおとして、やがて裸木となっていくのだろう。 裸木となった木々は美しい。 わたしはコートの襟をかき合わせる。 新刊紹介をしたい。 四六判小口折り表紙。 98頁 著者・森山弘毅(もりやま・こうき)さんの詩歌の鑑賞集である。 森山弘毅さんは、1937年京都生まれ。国文学者である。著書は、共著『新日本古典文学大系62 田植草紙 山家鳥虫歌 鄙廼一曲琉歌百控』(1997年岩波書店)をはじめ。『金素雲『朝鮮民謡選』と日本の歌謡』(2025年無明舎出版)などなど多くの書籍を出版されている。本著は、身近な人たちの詩歌について折りにふれての鑑賞をひとつにまとめて一冊にされたものである。 ご自身による「まえがき」がある。 すこし紹介したい。 もとより私は、作句も作歌もしないが、単なる一読者として、永年親交を深めてきた知人たちから、句・歌集の寄贈を受けた折に、その都度、感想を添えることで返礼に代えてきた。その句・歌集どれもが私自身、素人の読者ながら味わい深かったので、いわば、市井の、無名の、私の知人たちの句・歌であるが、私の読み方でそれらの句・歌を紹介したいと思った次第である。 そして、「私の読みの浅いところは、読者それぞれに補ってもらうことにして、」と記されて、知人のかたたちの俳句や短歌を鑑賞していく。 タイトルにある「まいのち」とはちょっと聞き慣れないことばである。 本書の第1章の副題「玉井正六さんの歌に寄せて」のタイトルが「『まいのちの輝き」となっている。 本文より抜粋して紹介したい。 この十月(二〇一〇年)に満九十三歳を迎えられた、「さわらび会」の創立時からの会員玉井正六さんが、この度三人文集『思ひ草』(さわらび会会員の井上幸江さん、姉崎典子さんとともに)に、一七○首の歌稿を収めてご上梓されました。ご長寿をお慶びするとともに、このご上梓をお祝いして玉井さんへの書簡の形で、感想を添えさせていただきました。 という書き出しではじまり、玉井正六さんの短歌の鑑賞を約30頁にわたってされている。 何度か訪れた広島の平和記念資料館の遺品には、名札がついていたり、名前が記されているものがたくさんありました。その名前を見ながら、突然その人の人生が顕ち上がってくる思いが募って来たことがありました。 玉井さんの歌々を味わいながら、資料館の遺品の名前に出会った時の感覚に襲われました。死者たちの数だけ、そこに人生があったこと、そのあまたの人たちの人生を一瞬で死に至らしめたこと、その想像力が問われているのだと思います。 玉井さんの歌々は、もう一度、そのことを思い起こさせてくださいました。 こうした「いのち」を歌う玉井さんだからこそ詠みうる歌々に出会いました。次に引いてみます。 いわし雲の美(は )しく広がるこのひと日わがまいのちは生きてありけり 水のごとくときは流れてなにわずの花はひそかに今日を匂えり かそけくもすがしき花にふるえたるこころかなしもいまを生きつ 「わがまいのちは生きてありけり」はまさしく「いのちの讃歌」。「なにわずの花はひそかに今日を匂えり」もまた「なにわず」の「いのちの讃歌」、その「ひそか」さに触れた玉井さんの「いのちの喜び」、「すがしき花にふるえたるこころかなしも」の感慨もまた「いまを生きつつ」の深い感慨。「水のごとくときは流れ」ていくなかでこそ、「かそけ」きものに心が向かい、空に広がる「美はし」き「いわし雲」に心奪われて、「いのち」を、「生きてありけり」「いまを生きつつ」と感得できる日常が、玉井さんにあることの幸せを、敬意とともに深く深く感じ入っています。「まいのち」の輝きがまぶしいほどです。 このように思いをこらして作品にむきあいつつ、鑑賞の筆をはしらせていく森山弘毅さんである。 第2章は、ふらんす堂から2020年に句集『羽のかろさ』を上梓された名取光恵さんの収録句についての鑑賞である。こちらもたっぷりと頁数をとって、万葉集の歌と対比させながら沢山の句を鑑賞しておられる。 逢ふための暗峠(くらがりとうげ)しぐれけり この句、「逢ふための暗峠」とは言い得て妙、と感じ入ったことでした。(略) たとえば、次の歌 妹に逢はずあらばすべなみ岩根踏む生駒の山を越えてぞ我が来る (一五ー三五九〇) 夕さればひぐらし来鳴く生駒山越えてぞ我が来る妹が目を欲り (一五|三五八九)この二首いずれも「遣新羅使人」歌で難波を出帆する前の僅かな時間を惜しんで妹に「逢ふため」に「生駒の山を」越えて急いだのでした。まさに「逢ふための暗峠」でした。しぐれ降る中を濡れて急いだ「暗峠」越えを、この句は深く示唆しているかのようです。「生駒山越えのすべての万葉人に和する句」といっていいと思います。本句集の名吟の一句と感じ入ったことでした。 ほかに、「苫小牧市 短歌結社「ヌプリ」の人々の歌を読む」「梅津博子・松前駿(梅津譲一)合同歌集『綿毛たんぽぽ』を読む」の項目があり、わたしたちが日頃お会いすることもなく、存じ上げない人たちの短歌を紹介し、懇切な鑑賞をほどこしている森山弘毅さんである。 本書装丁は、君嶋真理子さん。 いろんな案を考えてもらったが、最終的にはとてもシンプルなブックデザインとなった。 シンプルであっても、用紙は凝っている。 扉。 当然、私の読みの力が問われ、試されることにもなるが、それでも、私の読みの浅いところは、読者それぞれに補ってもらうことにして、先ずは、知人たちの、味わい深い作品を紹介することを旨としたいと思う。 何よりも読者も共に、私の知人たちの句・歌を読み味わってもらいたいと思う次第である。(まえがき) 「まいのち」。 これについて、森山弘毅さんにあえて伺うことはなかったが、 「まいのち」 漢字でかけば、 「真命」ということなのだろうか。 しかし、ここはやはり「まいのち」という平かなが呼び起こすものを大切にしたい。 #
by fragie777
| 2025-11-27 18:47
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11月26日(水) 旧暦10月7日
冬紅葉。 窓にあざやかに映っている。 すぐる11月24日に、第75回滋賀県文学祭の表彰式が滋賀県立文化産業交流会館にてあり、俳句部門で、句集『ひかりあふうを』上梓された金山桜子さんが、表彰された。 表彰理由は、滋賀県における文化振興のための一環として。 「文芸出版物表彰を受けました。」ということで、そのときの写真を送ってくださった。 金山桜子さん(右)と句集『ひかりあふうを』に装画をよせられた画家・金山雅幸さん。 雅幸氏は、桜子さんのご夫君である。 私の俳句は、足元をじっと眺めるというスタイルのもので、この句集に収められた俳句も、冬の初めに水仙の芽が土くれを押し上げたり、湖畔の波音を聞きながら桜の散る様子をじっと見て作ったものです。 そのような日々の生活の中で出会った、ささやかな景色をまとめた句集に目をとめていただいた方々に感謝を申し上げたいと思います。 と金山桜子さん。 句集『ひかりあふうを』 針のごとくひかりあふうを神の留守 金山桜子 金山桜子さま おめでとうございます。 こころよりお祝いをもうしあげます。 「静かな頑固」をつらぬいて、 更なるご健吟をお祈りもうしあげております。 今日は橋間石(1903~1992)の忌日である。 新刊の赤松勝著『橋間石の百句』より紹介したい。 芹の水生きて途方に暮れいたり 芹は、春の七草で、その筆頭に数えられる。豊富に水が使えるところか、湧水のある所で育てるのがよいとされる。従って清澄な水の場所を思い浮かべるが、さて、中七以降をどう読めばよいのか。 「水清ければ魚棲まず」という諺がある。掲句、清廉潔白な信条が孤高を生んで「途方に暮れ」ているという解釈が成り立つ。あるいは、清濁を併せ吞む難しさを述べたのかも知れない。この句の隣に「迷い来てもっとも澄めり芹の水」の句があり、どちらも、芹の水と生き方とがシンクロしている。 するすると除夜になりたる雁もどき 日本語はオノマトペが豊富な言語だとされる。「するすると」は物事が円滑に進行するときに使われ、掲句は年末のゴタゴタした雑事も難なくこなし、順調に除夜となった、ということのようだ。そこに「雁もどき」がポツンと置かれる。「雁もどき」は江戸時代、肉食が禁じられるなか、雁の肉に似せて豆腐を加工し作られるようになった精進料理である。するとこれは、お寺の除夜の様子かもしれない。あるいは、一般家庭で、お節料理の用意に押されて居場所を失った雁もどきのことかも。しかし、何といっても存在感のある食品だ。 人も物云う蛋白質に過ぎずと云える春の人 この句には原句があり、 春めくや物言ふ蛋白質に過ぎず 菟原逸朗 というものだ。菟原逸朗はかつて「白燕」の同人であり、連句に情熱を注いだ人物であった。その人の句をほぼそのまま引用して、破調の長い俳句となった。逸朗は大学で物理化学の教鞭をとっていたというから、俳句に独特の角度があり、閒石にとっても忘れ難い句だったのだろう。 ちなみに和田悟朗は菟原逸朗の縁で「白燕」に関わるようになったと聞く。そして、悟朗は、閒石没後「白燕」の代表となった。 ほかに、百句のなかから、 宗論やいもりの腹は花ざかり 鳥墜ちし夢の続きの雪掃かん 顔じゅうを蒲公英にして笑うなり 一月の山青し困った男かな 銀河系のとある酒場のヒヤシンス そして、 吐くだけの息を吸うなり大根畑 橋 間石 「『生きる』原点がここにある、という大悟がでんと座っている。何とも言えない静寂と安心の余韻を味わうことができる」と赤松勝氏。 今日もジタバタと仕事をしたyamaokaであるので、橋間石の俳句を読んでいると、肩のちからがぬけていくようないい感じの脱力感がある。 #
by fragie777
| 2025-11-26 18:54
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