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4月5日(日) 清明 復活祭 旧暦2月18日
国立・矢川緑地の桜。 水がもどった。 桜はちりはじめているが、まだまだ美しい。 山鳥の立去りにけり花の中 松瀬青々 矢川緑地を歩いてると、茶色の尾の長い鳥を一瞬見た。 (山鳥? そんなはずは、、、) 葦や藺の芽があおあおと湿原をおおっている。 今日はたくさんの草花にふれて気持ちのよい一日だった・ 特に、二輪草の群落に会えたのは嬉しい。 「二輪草がきっと咲いていると思う」という友人の声かけで、今日は谷保の城山公園までみなで足をのばすことにしたのだった。 ![]() おお、咲いていた! ![]() 樹間をうめつくすように咲いている。 今年もこうして見ることができた。。。 群生を遠くより見ても、近づいて見ても、可憐な二輪草である。 谷川の夕べのひびき二輪草 深見けん二 この葉なんの木の葉っぱかわかります? 上のほうが破れているのは、人間の手が(yamaokaの指であるが)引き裂いたのである。 友人が、一枚葉を枝よりちぎって葉を引き裂いた。 そして、 「ほら、匂いをかいでごらんなさい。樟脳の匂いがするから」っていう。 友人たちかわりばんこに匂いをかぐ。 「ああ、ほんどだ」っていいながら。 わたしも大きく背伸びをして、一枚をちぎった。 そして引き裂いてすぐに匂いかぐ。 ハッカのようななかなか爽やかな香りが鼻をついた。 「ああ、ほんと、いい匂い」とyamaoak。 何の木の葉か、 わかります? 答えはこのブログの最後に。 さまざまなものに出会い、さまざまな体験をする春の野遊びの一日となったのあdった。 #
by fragie777
| 2026-04-05 18:40
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4月4日(土) 旧暦2月17日
今日の白山吹。 雨に濡れている。 ご近所をとおりかかったところ、もう山吹が咲いていた。 山吹というと黄色をおもいうかべるが、白山吹には気品がある。 好きな花である。 「週刊新潮」4月9日号の「新々句歌歳時記」にて小澤實さんが、『現代俳句文庫Ⅱ三宅やよい句集』より、一句とりあげて鑑賞されている。抜粋して紹介をしたい。 危険物検査を通過桜餅 三宅やよい 空港などの危険物検査のベルトコンベアーを一包みの桜餅がゆっくりと進んで行き、なにごともなく検査機を通り過ぎる。こう書かれると、桜餅のあの桜色も、餅の柔らかさも、こし餡の甘さも、しょっぱい桜の葉で包まれているのも、なんだか怪しい存在のように感じされてくる。ふしぎな桜餅の句。他に「からすうりぶらさげているさるすべり」 今日のお昼は成城にある甘味処で、肉味噌稲庭うどんとあんみつを食べた。 帰り際に「桜餅」を買おうかどうしようか、30秒ほど迷った。 が、買わずに帰ることにした。 買わないことに、深い意味はない。 ただ、買わないでおこうって思ったのだった。 買っても良かったのであるが。 人間の行為すべてに理由付けがあるわけでないっていうことよね。 今日は、髙柳克弘著『芭蕉の一句』より、「山吹」の句を紹介したい。 4月24日付けのもの。 ほろほろと山吹散るか滝の音 『笈の小文』 前書の「西にじ河かう」とは、吉野川の上流にある吉野大滝のこと。その川のほとりに山吹が咲いている、という情景だ。滝の音のすさまじさに山吹が散るという解釈もあるが、それでは散文的な理屈を詠んだだけのつまらない句になってしまう。山吹が散るのは、あくまで滝の音との詩的な感応によるものと見るべきだろう。これも、一種の取合せの句といっていい。また、「散るか」といい、散っているのかいないのか、微妙な言い回しにしたことも、山吹の小さく軽い花びらを連想させて効果的だ。季語=山吹(春) 掲句は、よく知られた一句である。 その前の23日の日付けのものもおなじく「山吹」の句。 山吹や宇治の焙炉(ほいろ)の匂ふ時 『猿蓑』 今日の朝、飲み屋さんの店のまえにおかれていたもの。 yamaokaが飲んだんじゃありませんから。 #
by fragie777
| 2026-04-04 19:16
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4月3日(金) 旧暦2月16日
樒(しきみ)の花。 こうしてみると華やかな感もあるが、すこし離れると目立たない花である。 昨日の朝のこと、仕事場の机にたどりつき、バランスボールにひょいと腰をおろした・ あれっ? いつもと感触がちがう。 「だれか、わたしのバランスボールに空気いれてくださった?」 スタッフはシーンとしている。 どうやら誰もいれていないみたい。 空気がへってちょっとへなへなとしていたのだが、今日は張り切ってやや反抗的な感がある。 不思議だ。 しっかり仕事せいっていうことかな。 yamaoka、頑張ってますってば、、、 去る3月29日(日)に、板倉ケンタさんの句集『一花一虫」の批評会がおこなわれた。 担当スタッフのPさんが出席。 なかなか充実した会だったらしい。 以下に少しご紹介します。 2026年3月29日に荻窪のタウンセブン8階 ホールBにて板倉ケンタ句集『一花一虫』批評会が開催されました。 会場風景 パネリストは、 鴇田智哉さん(「オルガン」同人)、 奥坂まやさん(「鷹」同人)、 暮田真名さん(「川柳句会こんとん」主宰/「蜂」創刊主宰) 若林哲哉さん(「南風」同人) の四名、 司会は細村星一郎さん(「巨大」代表)で14時よりスタート。 季語を考えさせられる素晴らしい批評会でした。 会の様子はアーカイブ配信されています。 アーカイブの申込みはこちらから。 (1000円/税込み) 板倉ケンタさん 批評会では著者は意見を言わないというルールのもと、 最後に感謝の言葉を述べる板倉さん。 句集が出る度にこのような会が開かれたら良いなと仰っていました。 板倉ケンタ句集『一花一虫』は再版決定となりました。 今日の午後に、お客さまが、ご来社。 福田鬼晶さん。 俳誌「椋」(石田郷子代表)所属で、すでに第1句集『リュウグウノツカイ』を2018年に上梓されている。 今日は、第2句集のご相談にみえられたのである。 担当はPさん。 福田さんには造本などのイメージがすでに決まっておられるようだ。 句集の整理にはもう少しかかる予定であるとも。 福田鬼晶さん。 第2句集で、どんな景色をみせてくださるか、 楽しみである。 #
by fragie777
| 2026-04-03 19:01
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4月2日(木) 旧暦2月15日
『デッサンモデル』の著者のイエヴァ・マリヤ・ソコロヴァイテさんと訳者の木村文さん。 木村さんは、目下リトアニアにおられ、写真を送ってくださった。 そうか、『デッサンモデル』は海を渡って、著者のもとに届いたのか。。。。 なんということ! 世界中で本著が訳されたのは日本がはじめて。(これから訳されていくと思うが、、) しかも、東京の片隅の仙川という町のそれこそ小さな版元からの誕生である。 感慨深い。 それにしても、若々しい二人である。 今日は新刊紹介をしたい。 四六判ペーパーバックスタイル帯あり 178頁 2句組 著者の西池万葉(にしいけ・まよ)さんは、1972年徳島生まれ、東京都在住。1992年「ひまわり俳句会」入会、2023年「ひまわり新人賞」を受賞。現在は、「ひまわり」同人。俳人協会会員。ひまわり俳句会会長の西池冬扇さんは、お父さま、「ひまわり俳句会」主宰の西池みどりさんは、お母さまという俳句一家である。本句集には、西池みどり主宰が、序文を寄せている。 抜粋して紹介をしたい。 西池万葉は学生時代からもう三十年ほど俳句を作り続けている。この句集には外国での作品が多い。何年もあちらこちらと外国で暮らしたから、そうなるのも自然だろう。そして、行く先々の国に四季があって良かったと思う。 この度東京に在住しているのを機会に、今までの俳句や人生を振り返ってみようとしたようだ。 こう書かれ、西池みどりさんは、時間軸にそって、万葉さんの句を鑑賞していく。 日本に帰ってきてからは句会に毎月いくつか出るようになった。「ひまわり」東京支部の支部長として、職場の人や友人を誘い、楽しい句会を心がけている。お陰で「ひまわり」東京支部はぐんと人数が増え、多様化した。俳句をこれからの人生に繋げようと考えていることが分かる。 小鳥屋にふくろうもいて冬銀河 脱いだものみな腰に巻き春の山 正面の夕陽なのはな買いに行く 大鍋をしまい名月見に出でぬ 日常の生活の中にいつも自然への憧憬があり、心の豊かさを感じさせる。 句集名となった「雄鶏のパヴァロッテイ」は、以下の一句による。 雄鶏のパヴァロッティが春歌う この句については、「あとがき」で万葉さんはこう書いている。 句集のタイトル「雄鶏のパヴァロッティ」は、イタリア・トスカーナの農家で出会った美声の雄鶏からもらった。食べられていなければ、今も大きな声で時を告げているかも。 パヴァロッティについては、大方の人はその名前を知っているとおもう。世界三代テノール歌手のひとりであり、どこかでその歌声を耳にしていると思う。わたしは実物をみたことがないが、テレビやネット上、あるいはDVDで見たり聴いたりしたことある。面白い句集名であり、本句集の表紙の装画は、画家・井上達夫さんによるものである。 本句集の担当は、Pさん。好きな句を選んでもらった。 干し鮹の身のしたたかに島ワイン 囀りに頭巾脱ぎたる修道僧 革命の傷見えぬ街柳絮飛ぶ 菩提樹の花したたりて街暮れる キックボード飛ばし春日の女神来る 正面の夕陽なのはな買いに行く 囀りに頭巾脱ぎたる修道僧 「アッシジ」と前書きのある句である。かの有名な小鳥と会話をすることのできた聖フランチェスコの眠るアッシジの大聖堂を訪れた時の一句だろう。囀りの小鳥と修道僧、実際の景を詠んだのであると思うが、聖フランチェスコを呼び起こす一句でもある。立派な挨拶句だ。囀りを聞くために、頭巾を脱いだのであるというわかりやすい一句であるが、春の陽気のあたたかさを感じさせる句であり、開放感もある。「アッシジ」の前書きのある句は、二句あって、わたしはこの句のまえの〈聖人の衣ほつれて花の寺〉の方が(どちらも好きな句であるが、)更に好きかもしれない。「衣ほつれて」の措辞に、聖フランチェスコが尊んだ「清貧」が見えてくる。聖人は衣のほつれなど気にせずに働いている。そして、桜の花がその衣に散りかかる。まるで質素な聖人を祝福するかのように。 革命の傷見えぬ街柳絮飛ぶ どこの国の街であるかは、判然としないが、作者の長い海外生活において訪れたヨーロッパの街のどこかであろう。革命を経験した街なのか。訪れたその街は、たしかにかつて革命があった街であり激しい戦いが繰り広げられた筈である。だが、その傷跡は見えない。そのことに作者はすこし驚いている。革命をおもいながら街をあるく。しかし、革命の疵はない。そんな街はいま柳絮が飛んでいる。わわらかな白い絮の柳絮。多くの血が流されたであろう過去の歴史、時の彼方に吸い込まれてしまっている。が、生成を繰り返す草木は、季節がおとずれれば、その生の営みをわすれることなく繰り返す。「革命の傷見えぬ街」という上五中七の静止した場面に「柳絮飛ぶ」の動きが効果的である。 キックボード飛ばし春日の女神来る 春のひざしにみちあふれて、スピード感のある一句である。女性が、あるいは少女かしらキックボードを颯爽とはしらせてやってきた。多分結構なスピードなんだと思う。「飛ばし」ですから。その少女を「春日の女神」と叙したところがこの一句の手柄であると思う。「春日の女神」で、春を制覇してしまった。まず、「キックボード飛ばし」で切り、それが誰か?と読者がおもったときに、「春日の女神」とあり、読者はおお!ってやられてしまう。春の日をうけキックボードを飛ばす少女の輝きが素晴らしい。春に女神はよく似合う。 照葉してオオカミ像のあばら骨 「三峯神社」と前書きがある。「三峯神社」というのは、わたしの郷里・秩父の山奥にある三峯神社のことである。ここは、通常狐が位置するところにオオカミが祭られているのである。要するにかつて秩父にはオオカミがいたのである。わたしは一,二度行ったことがあるのだが、その祀られているオオカミのみを記憶しておりあとはとんと覚えていない。この句、面白いなっておもったのは、そのオオカミの「あばら骨」を詠んでいるということ。三峯神社については、俳人はこれまでいろいろと詠んでいるとおもうが、よもや「あばら骨」は詠まれていないとおもう、また、そんな「あばら骨」が当時よく見えていたかしらっておもうのだけど、きっと気づかなかったのだ。紅葉のうつくい季節であっても祀られている「オオカミ」周辺は、荒々しい山の気に満ちている。そこへもってきて「あばら骨」とは、なんとも凄まじいものがある。わたしの記憶のなかの三峯神社ってそんな感じである。 余談であるが、驚いたことにいまは強力なパワースポットとして有名な観光地(?)になっているらしい。「荘厳な雰囲気があり、樹齢800年の御神木からは強力な「気」が感じられると評判。」とネット上にあった。 ピノキオを語り終えれば蚊帳の月 句集の前半にある一句。子育ての句がならんでいるうちの一句である。ピノキオの絵本を読んできかせていたのだろう。それが終わったときには子どもはもう寝息をたてている。ほっとして本をおいて開かれた窓から月をみたのか。この句が面白いと思ったのは、「蚊帳の月」という措辞である。季語は「蚊帳」。蚊帳をとおして見た月のことであるが、余計な説明をはぶいて「蚊帳の月」だけで、状況がよくみえてくる。蚊帳につつまれて親子がいる。部屋は密閉されておらず、涼風をよぶように開け放たれている。そこに月が煌々と照らしているのであるが、作者の目にはその月は「蚊帳」に隔てられての月なのである。子育ての平和なひととき。 校正スタッフの幸香さん。〈復活祭草も羊の眼も濡れて〉「草の匂いや静かな熱気が伝わってくるようで好きな句です」 俳句にまつわる最初の思い出は、鮮烈だ。小学校四年生の頃のことだったと思う。両親に連れられて、小金井公園で行われた句会の花見に行った時のこと。虫歯がどうにも痛くなり、やむなく一人で家に帰る途中、酔客が大喧嘩して自転車を振りかざして殴り合うところに出くわしてしまったのだ。その後もかなり長い間、桜といえば、満開の花の下で頭から血だらけになった男性という恐ろしい光景と、痛くて食べられずに残したいなり寿司を思い出したものだ。 大人になってから、仕事で欧州に滞在した。ルーマニア、ギリシャ、イタリア、そして再びルーマニア。三つの国で、それぞれに美しい四季が、全部で十四回巡った。アテネでは白いアーモンドの花が春の訪れを告げ、ローマでは、冬の終わりから出回るプンタレッレという野菜と、生のまま食べるそら豆に早春の息吹を感じた。冬が厳しいブカレストの春は、あらゆる花が爆発するようにいっぺんに咲き、力強い。その間に私は、HAIKU という短詩がヨーロッパの一部の人々に熱烈に愛されていることを知り、請われて日本語学科の学生に俳句を教えたりした。ルーマニア人が企画した花見に参加し、桜の花が少し好きになった。 二度目の帰国後、俳句結社「ひまわり」の東京支部長を務めることになり、今では十代から八十代までの様々なバックグラウンドを持つ連衆と、和気藹々と毎月の句会を続けている。人と人をつなぎ、世代も国境も軽やかに越えていく俳句の輪がこれからもさらに広がっていくことを願っている。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装丁は、和兎さんであるが、西池万葉さんのご希望をお手伝いするかたちとなった。 雄鶏のパヴァロッティが歌っている。 扉は黄色。 パヴァロッティ。 装画は、井上達夫さん。 「ひまわり」は今年創刊九五〇号を迎えた。八十年の歴史をさらに句友たちと共に未来へ繋げていってほしい。 これから万葉の句はどんなふうに進化発展していくのか。人生の中で常に俳句があることを願い、以って序に代えさせていただく。(西池みどり/序) 上梓後の感想をいただいた。 (1)本が出来上がってお手元に届いたときのお気持ちはいかがでしたか? 三十年というあまりにも長い年月にわたる作品を収めたので、文芸的な価値はともかく、自分の人生がこの一冊に凝縮されているような不思議な気持ちがしました。同時に、人が半生で見聞きし、心を動かされるものは、句集一冊に収まってしまう程度なのかもしれないと、少し寂しいような気持ちもしました。 (2)初めての句集に籠めたお気持ちがあればお聞かせ下さい 所属する結社「ひまわり」の信条である、「すなおな写生」を心がけてきました。日本語や俳句を愛するルーマニアやイタリアの方にもいつか読んでいただけたらと思いながら、まとめました。 (3)句集を上梓されて、今後の句作への思いなどございましたらお聞かせ下さい。 句集を上梓して以来、お目にかかったことのない先生や全国の俳人からお便りを頂戴し、世界が広がったように感じております。これをきっかけに、今後は様々な方の作品に触れて学びながら、さらに句作に励みたいと思います。 西池万葉さん。 御誌「ひまわり」の創刊950号、そして句集のご上梓、 おめでとうございます。 心よりお祝いをもうしあげます。 第2句集のご上梓にむけて頑張ってくださいませ。 先日、俳人協会主催の会で、西池冬扇氏にお会いする機会があった。 なんと、40年ぶりである。 というのは西池氏の第1句週『阿羅漢』(1986年刊)はわたしが出版社勤務時代に担当したものであり、その時お目にかかっていたのだ。 「40年ぶりですね」とニコニコと西池さん。 「本当にお久しぶりです」とご挨拶をしたのだった。 古いばかりのyamaokaである。 スワンボートの上の鴎。 #
by fragie777
| 2026-04-02 20:06
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4月1日(水) エイプリールフール 旧暦2月13日
シロハラ。 高尾山にて。 こんな角度から撮れたのははじめて。 イカル。 鷽(ウソ) はじめて写真に撮れたのだけど、かろうじてわかるかな。 首回りが赤いのがみえるかしら。 すべて高尾山。 目下、鴇田智哉さんによる「高屋窓秋の百句」をすすめている。 再校ゲラを校正者さんにおくったところ。 初校のもどしのときに、鴇田さんよりいろいろと資料がおくられてきた。 その資料のひとつに1992年7月26日に日産銀座ギャラリーで行われた「高屋窓秋を囲む会」で、「高屋窓秋への三十の質問」が掲載されている頁のコピーがあった。俳句同人誌「未定」78号(2000年6月発行)の「高屋窓秋特別追悼号」の冊子に収録したものである。 鴇田さんが本文にもいくつか引用している箇所がある。どんな答えを高屋氏がされているか興味ふかく読んだ。 1992年というといまから34年前である。 いくつか紹介をしてみたい。 十九 あなたに最も強烈な印象を与えた俳人は誰でしょうか。 初心の頃の水原秋櫻子でしょうね。彼が「馬酔木」にはじめて自選作品を出す同人欄を設けまして、あの時何人か選ばれて、みんな自選で句を発表しなければならなくなった。自選で出す自信のない人が秋櫻子に見せにゆくと、「俺は見ないよ」とみなはねつけた。 その当時の秋櫻子が何を考えていたかというと、いい句を読まなければならないがいい句は自分の身辺にあるとは限らない。外にあるいい句を探し出しておかなければならないということ、秋櫻子自身も紹介してくられたし、そういう指導をしていましたね。 彼の当時の『葛飾』とか、その前に『南風』をだしましたけれども、とにかく実に新鮮な感じがして、僕に強い印象を与えて、いいことを教えてくれたと思います。 二十一 地球終末戦争は起きると思いますか。 起きると思います。 二十二 人類の最も愚かな点は何ですか。 人間の創り出した最も良いもの、美しいものを破壊してゆくこと。 二十九 二十一世紀の俳句はどうなっていると予測しますか。 俳句だけが変わることはない。新しいものが出てくる時は必ず世の中が変わる時で、時代の要請があって出てくると思います。 この高屋窓秋については、きのうの「赤旗」に青木亮人さんが角谷昌子著『俳句の水脈を探る』評で紹介もされていたのだが、大井恒行さんによる『窓秋の思い出』という項を紹介しておられた。 そこには、 大井氏の記憶に残るのは、都内の会合の帰り、夜遅くの電車で集団の最高齢だった窓秋が女性に席を譲って立ったままだったこと。立食パーティーなどでは、酒や食事にほとんど口をつけなかったこと。文章や作品から紳士の風貌が浮かぶが、実際もそうだった。 とある。 わたしも何回かそのお姿をとおく眺めていたことがあるが、色の白いまことに上品な知的な紳士という風姿でいらしたのだった。 「高屋窓秋の百句」は、5月の刊行をめざしている。 ちるさくら海あをければ海へちる 高屋窓秋 #
by fragie777
| 2026-04-01 18:22
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