ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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寒いけれど素敵な一日。

12月19日(火)
 寒いけれど素敵な一日。_f0071480_18483068.jpg
 寒い一日となる。
 実は今日はふらんす堂に若い俳人の高柳克弘さんがたずねて来ることになっている。なぜって、それはわたしが彼のポートレートを撮る約束をしたからである。来年のふらんす堂のホームページの毎日更新のサイトは、池田澄子さんによる「俳句日記」、高柳克弘さんによる「芭蕉の一句」、東直子さんによる「短歌日記」である。それぞれ略歴と顔写真を掲載させていただく。池田さん、東さんからは写真を(おふたりともすこぶる美人です!)すでに送っていただいたのであるけれど、高柳さんからは「写真がないのでこれから準備をする」という連絡をいただいた。そこで、よせばいいのに思わず「わたしが撮りましょうか?」って言ってしまった。最近必要があってスタッフのポートレートを撮ったのであるが、これが自分で言うのもなんだけれどなかなかよく撮れたのだ。すぐにいい気になるわたしのこと、「撮ってあげる」って言ってしまったのだ。でもまさか高柳さんから「お願いします」ってお返事があるなんて思わなかった。しかし、「是非に」って言われてしまった。素直にそう言って下さるんで、「ひゃあ、どうしよう!」ってうろたえたが、でも逃げるわけにはいかない。「え、ええっ、撮らせていただきましょう」ということに。
 それでも、ちょっとびびっているわたしはポートレートが上手なSさんに「どうしたら上手く撮れる?」って相談した。そうしたら返ってきた答えが「そりゃ、相手に恋をすることだよ」ですって。ひ、ひえー。「恋!!!」「恋ね……」そっか……。その「恋」というものはどこにあるんだろう? アラスカの氷の下にでも、それともクリスマスツリーのてっぺんにでも止まっているんだろうか?って言うくらい、わたしにはなじみのない言葉。クククッ… 如何にわたしの人生が地味なものだか分かるでしょ。わたしは自分のこころの中をさぐって隅の方にしわしわになって埃のたまった「恋心」を取りだしてみた。つくづくと、そしてちょっと溜め息をついてそれをながめ、それから、パンパンと長年の塵やら垢やらを叩いてすこしは生気を吹き込んで今日に備えたのである。
 そうして高柳さんはやって来た。白馬に乗った王子さまのごとく。(とわたしには見えた)うん、その調子だ、いいぞ。お昼をご一緒して、それから撮影場所にご案内した。そこは安藤忠雄が設計する建物がいろいろとあるところでなかなか素敵だ。そこで沢山の写真を撮らせてもらった。あーあ、楽しかった!(しかし他人が見ると、変なおばさんが若い男の写真をキャッキャッと言って撮っているというまことに気持ちの悪い構図なのだ)(仙川は生活圏でもあるので、知りあいの誰かに見られていたかも…、まっ、いいわ)
 さて、出来上がりは??
 来年のホームページを是非見ていただきたい。ハンサムな高柳さんがきっちり撮れていたら、わたしの恋心は上々だったということで。いまいちの出来上がりだったら、それはわたしの腕のせいではなくて、恋心が足りなかったということで。
 
# by fragie777 | 2006-12-19 19:37 | Comments(0)

白薔薇に待たれる…

 12月18日(月)
白薔薇に待たれる…_f0071480_2353417.jpg 夕方より銀座へ出かけ、いま戻ったところ。写真は銀座・交詢社ビルのウインドウディスプレイ。銀座はクリスマスデコレーションの町並みとなっていたが、やはり大人の街らしく華やかななかにもどこか落ち着きがある。それにしてもやはりグッチ、フェラガモ、ブルガリなどブランド店がふえたのには驚く。さすが銀座らしく美しいブランドの店構えもよく似合う。シャネルの店がとびきりイカシテいるということなので一度ゆっくり銀ブラでもしたいと思いながら結局銀座に来るのはこうして仕事がらみのときのみ。しかし銀座は昼来ても夜来ても、町並みがどこかゴージャスでいいなあ、わたしは好き。中村真一郎氏のエッセイをかつて読んだときに、「美人に会いたくなったら銀座にくり出す」という箇所があって、ああ、たしかに大人の美しい女性が多いかもしれない、と思ったものである。じゃ、美しい男に会いたくなったら、ええっと、わたしたち女はどこに行こうか?……、ちょっとあとでゆっくり考えてみたい。
 などとくだらないことを書いてないで、今日銀座に行ったのは、一週間ほどまえに作家の真鍋呉夫氏よりお電話をいただいたからである。交詢社ビルの4階にある「神谷」という料亭で、こんど小社より歌集を出される予定の、下山光悦氏をご紹介くださることになっているのだ。というより下山氏のはからいにより、そこに真鍋氏とともに招かれたのである。下山光悦氏は、沼津にある大中寺の住職で、「駿河梅花文学賞」の主催者でもある。「梅花文学賞」はその年の詩歌部門のすぐれた著書に与えられるもので、真鍋呉夫氏は、審査員のおひとりなのである。真鍋氏は小社から『夢みる力」というすぐれてエッセイ集を刊行されており、そのご縁でこのたび、下山氏の歌集をつくらせていただくことになったのだ。イギリスに留学されている下山氏の息子の光順さんも同席されて楽しい会食となった。真鍋氏が語られる、壇一雄の思い出、坂口安吾のこと、等々興味はつきない。「ぼくはもう87歳です」とおっしゃられるが、ダンディな装いといい、けっして隙をみせないたたずまいはまるで青年のよう。下山光悦氏との長いお付き合いのことなどうかがい、息子の光順さんに「遊ばなくちゃだめだ!!」と力強く言い光順さんが苦笑しているのが面白かった。銀座の高級料理店で懐石料理を食べ、日本酒を飲む、まあ、わたしのこれまでの人生でそうあることではございません。たいへんおいしゅうございました。

白薔薇に待たれる…_f0071480_23545780.jpg冷酒でいい感じに酔っ払って、仕事場にもどると机の上に薔薇の花束が!! カードがそえてあり、「20周年おめでとうございます。仁藤さくら」」とある。俳人の仁藤さくらさんが贈ってくださったのだ。20本の白い薔薇! お気持ちに胸が熱くなる。仁藤さんは、心臓の持病がおありになりほとんど臥せって日々を送っておられる。薔薇の好きな仁藤さんは、庭の沢山の薔薇を植えて育てておられるという。今年はその薔薇を庭から眺めるだけで日々をすごされたとメールをいただいていた。白い薔薇のなかにうっすらと淡いピンクが混じって、まるで美しい仁藤さくらさんそのもののような薔薇である。
 仁藤さん、お心遣いありがとうございました。
 少し前には、深見けん二氏より真っ赤な薔薇をいただき、今度は仁藤さくらさんから白の薔薇をいただく。
 大切な方からいただくお花はひとしおうれしいものである。
# by fragie777 | 2006-12-18 23:48 | Comments(0)

冬桜のように…

12月17日(日)
 
冬桜のように…_f0071480_1731696.jpg

 写真は、水に映った「冬桜」。わかるだろうか(と言ったって、この写真じゃぜったい無理よね)、可憐な冬桜が咲いていたのだ。確か毎年このあたりに咲いていたはずって、注意してよく見ないと気づかずに通りすぎて行ってしまうほど。それと分かると、その佇まいの気高さにしばし足をとめてしまう。「うつし世のものとしもなし冬桜 鈴木花蓑」
 連絡をいただいておきながらわたしはどうやら勘違いをしていたらしい。対中いずみさんたちが、田中裕明さんの「お墓参り」に行かれるのは今日ではなくて、昨日の16日だったことに今、気づく。対中さんよりのメールを読み直して気づいた次第。ああ、昨日もう行ってこられたのだ。いまのいままで今日は寒い日なので、能勢まで行かれるのは大変だろうなあとおもっていたのだった。昨日、お参りされたのは、対中いずみさん、もと「ゆう」の橋本しげ子さん、中村夕衣さん、そして田中さんの大切な友人でいらした俳人の四ッ谷龍さんの4人と伺っている。対中さんには「山岡は全句集のこと頑張ります」と田中さんにお伝えしてほしいとお願いし、対中さんからは「はい、きちんとお伝えします」というお返事をいただいている。四人のみなさまお疲れさまでした。あとでお話しを伺わせて下さいませ。
 昨年の28日には、対中さんと中村夕衣さんは寒い中、夕衣さんのお祖母さまで、加藤喜代子さんの句集『霜天』を持ってお墓をたずねたのだった。そのお墓の様子を写真にとって送って下さった。ああ、ここに田中さんは眠っておられるんだ……、わたしは思いを深めてそれを拝見したのだった。
 昨日印刷屋さんからの宅急便で「田中裕明全句集」のゲラがあがってきた。こちらもいよいよ動き始める。
# by fragie777 | 2006-12-17 17:40 | Comments(0)

桂 信子忌

12月16日(土)
 桂 信子忌_f0071480_20494378.jpg
 写真は国立谷保・城山公園の見事な紅葉。雑木林のなかでひときわの色。
 今日は桂信子忌。2年前の2004年の今日亡くなったのである。
 冬晴れの野歩きをしていると、冬青草のみずみずしい色がこころを元気づけてくれる。あたりがすべて枯一色となりつつあるそのなかで、命のちからをみせてくれるすがすがしさがある。桂さんの最後の句集『草影』の集名句ともなった作品「冬麗や草に一本づつの影」は大好きな作品である。俳句綜合誌「俳句」(だったと思う)に掲載されたときから、こころ引かれて、桂信子氏にお手紙かファックスでこの作品が特に好きです、とお伝えしたようにおもう。そうして最後となった句集の原稿をいただいた時に、この作品が収録され、しかも句集名が「草影」であることを知り、ああ桂先生もこの作品がお好きなのだなあととても嬉しく思ったのだった。その辺にはえている草にも1本ずつ影があるということ、そんなある意味であたりまえのことを、「冬麗」といううつくしい季語をおいて、草一本一本にこころをとめ、かつその命をいつくしむ、桂信子という俳人の生きる姿勢そのものでもあるようにわたしには思えたのだった。
 桂信子氏の訃報を知って、わたしは病院に入院している田中裕明さんに「淋しいですね。俳壇がどんどん小さくなります」とメールをしたのだった。すると田中さんからすぐにメールで「たしかに山岡さんの言うように、鈴木六林男、桂信子を失って俳壇がどんどん小さくなりますね」と返事をいただいたのだった。桂さんの逝去をことのほか惜しまれていた田中さんが、その10数日後に亡くなろうとは、いったい誰が想像できただろうか。
 12月という月がやってくると多くの思いがあふれてきて切なくなる。
# by fragie777 | 2006-12-16 21:31 | Comments(0)

詩人の装丁。

12月15日(金)
 詩人の装丁。_f0071480_1816893.jpg
 写真は「カメレオン」という薔薇。実は昨日の誕生日のお祝いにいただいたもの。わたしの誕生日にはいつもこうして何十本もの薔薇が届くことになっていますの、オーホホホホッ。すんごいでしょう!! 
 とは、まったくの嘘、こんなふうに誇らしく自慢したいところであるが、わが人生のなかでたったの二度目よ、こうして薔薇を貰ったのは。誕生日はもう何十回といやになるほど迎えましたが。ものすごく感激しちゃって、こうして仕事のブログにまで自慢げにアップしてしているとうオバカなわたし。貰い慣れない人間の常として自慢する嫌みなわたしを許して下さいまし。名前がふるっている。「カメレオン」ですって。「カメレオン」のようにいろんな色を持つ薔薇という意味らしい。わ、わたしもいろんな色をもつ女でありたい!?(って、よく言ってる意味が自分でもわかりませんが…)
 今日は池田實氏の詩集『もう 誰も問わない』が出来上がってくる。装丁は詩人の手塚敦史さん。彼のはじめての装丁となる。と言っても、ラフをいろいろと考えて貰い、それを版下にして、イメージを具体化したのはこちらの仕事ではあったが、もともとの意匠はまぎれもなく手塚敦史さんが考えたものであり、それがとても素敵なものであったのだ。だからこの装丁はほかの誰かがかんがえたものではなく、手塚さんから発したものとしてある。大胆な幾何学模様を型押しにした面白いものとなった。君嶋真理子さんがこれを見て「こういう発想って、ぜったい私からは生まれないなあ」と言ったのが印象的だった。これを機会に少しずつ装丁を勉強していってもらえるといいなあと思っている。池田實氏も大変に気に入って下さったことが嬉しい。
 もう亡くなってしまったが詩人の吉岡實氏は装丁家としても素晴しい装丁をされた。わたしはかつて自分の仕事のなかで吉岡さんの装丁を真似したことが何回かあるほど、そのセンスが好きである。吉岡さんの装丁で辻井喬氏の詩集『たとえて、雪月花』という集名だったと思うが、そこに使われている花模様の用紙があまりにもエレガントで、それがどこで手にはいるのか知りたいとおもいいろいろと調べて貰った結果、日本のものでなくて洋紙であったということの驚き。なかなか手に入りにくいものをさらっと使うセンスの良さ。心憎いばかりであった。昨年思潮社から刊行された野木京子さんの詩集『ヒムル、割れた野原』は詩集としても優れたものであったけれど、装丁もまた素晴しかった。詩人の稲川方人氏によるものだったと思う。手にしたときにひとつの世界がひろがっていく。そんな思いにさせる詩集の装丁だった。
 なかなか集中できなかった『桂信子全句集』の三校ゲラを宇多喜代子氏にやっと送ることができた。宇多さんに連絡すると「やっとこちらも少し手が空いたので、これから本格的に解題、年譜にとりかかり年内にはなんとかしたい」と言われる。いよいよ全句集刊行へと動きはじめたという手ごたえを感じる。明日は桂信子氏の命日となる。
 
# by fragie777 | 2006-12-15 19:26 | Comments(0)
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