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3月26日(月)
![]() 写真は仙川駅前にある樹齢70年の桜。そろそろ咲きはじめている。わたしはいつもお花見は、このほとんど毎日のようにみる桜をながめて「ああ、きれい!」って言って満足してすませてしまう。 今日は支払い日。十分なあたたかな日差しに、首にさくら色のシルクのスカーフをまいてコートなしで銀行やら郵便局やらを行ったり来たりする。商店街をあるけば宅急便のお兄さんが、「スカーフが素敵ですよ」って笑いかけ、銀行の窓口ではお姉さんが「今日はいちだんと春らしくおきれいですね」って言ってくれる。……というのはわたしの願望で、誰もなにも言ってくれない。……でも、へっちゃら。さくら色のスカーフはわたしの心を明るく軽やかにしてくれて、にぎやかな商店街をわたしは春の女神のようにゆらゆらと歩いていく。明るくやわらかな日差しに満ちて、すべてが充足しているように思える。印刷屋さんにも、製本屋さんにもちゃんとお代金が払えて、装丁料も原稿料も些少ではあるけれどお支払いでき、この日がクリアできればなんとかひと安心。今日はこの駅前の桜の木のそばを何度も通る、そう、さくら色のすきとおるようなスカーフをして…。 大木あまりさんより『田中裕明全句集』の栞のお原稿をいただく。パソコンを使わない大木さんは、ていねいな大きい美しい文字で原稿を下さる。御礼の電話をかけると、「田中さんの作品を何度も読んだのよ。今ではどの句も暗記できるくらい…」とおっしゃる。あまりさんがひたすらに田中裕明の作品を読み込んでいるその姿が目に浮かぶよう…。 #
by fragie777
| 2007-03-26 22:02
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3月25日(日)
![]() 今朝は朝寝を決め込んで、遠くで雨の音を聞きながら春眠のなかをまどろんでいると、石田郷子さんの電話で起こされる。石田郷子さんはとても早起きの人であるが、時計をみるともうたいした時間であり、ヒトが活動を開始しても誰も文句もつけようもない時間となっている。しばらくとりとめもないことを話して、「今日はでかけなくちゃならないんだけど、おっくうだなあ」という郷子さんの言葉に、雨の降りつづく窓の外をながめながら、わたしは今日はひとつ用事をさぼってしまったなあと思い、「雨の降る日にでかけるなんてイヤよね」って答える。 ひょっとしたらやばい風邪を引き込んでしまったかとおもったのであるが、関節も快調に屈伸し、のどのかすかな痛みもどうやら治まっているようで、鏡をみれば白髪ともなっておらず桜の悪霊からどうやらのがれられたようで、ほっとした日曜のはじまりとなった。 写真は姫踊子草。谷保の草むらをおおいつくすほど咲いている。 池田澄子さま、「俳句日記」によると今日はお誕生日ですね。 遅ればせながらおめでとうございます。 このブログに池田さんはミモザが似合う人だと書いたら、先日おめにかかったときに 「あら、あなた、ミモザって匂いがないこと知ってる?」って言われてしまい、ミモザの香りなんて書いてしまいそうだけど、ホント、匂いがないことにそのときに気づかされた次第でした。 #
by fragie777
| 2007-03-25 22:36
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3月24日(土)
![]() 写真は伊豆に咲いていた桜、大島桜と教えてもらったような気がする。 今日は現代俳句協会の会があり、上野の不忍池の近くにある東天紅まで行く。途中道草をちょっとして不忍池のそばまで言ってみると白い桜(山桜)が咲いていて、あとはまだつぼみの状態であった。 会が終ったあとに私用で東京駅まで足をのばし、お茶の水からタクシーに乗ったときはもうすでに夜の10時をまわっていた。仙川にむかう途中、皇居沿いの桜の名所で有名な千鳥が淵あたりを通ったのであるが、桜の花が開かんとするその前の妖気のようなものが枝枝にたちこめていて、とおくは茫洋と白くけぶってなんとも言いがたく背筋がぞっとするような気分、魔界への入り口かとも…。幽玄というとあまりにも安易な、ともかくあんな不思議な桜のありようはこれまで見たことがない。同乗者に「見て、見て」と教えるとインフルエンザで頭がくらくらしている同乗者は重たい頭をあげて、「ああ、悪魔の木みたい…」と言ってそのまま倒れこんだのだった。 「悪魔の木…、なるほどね」タクシーの窓から見たほんの一瞬の桜の有体であったけれど、花の咲き満ちたそれよりもいっそうの妖気ただよう見てはいけない世界をかいま見てしまったような、明日の朝、わたしの髪、白髪になっていたらどうしよう… #
by fragie777
| 2007-03-25 00:07
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3月23日(金)
![]() 六本木の「ストライブハウスギャラリー」の詩の朗読会よりいまもどったところである。2004年にふらんす堂から詩集『メテオ』を刊行された木村透子さんが、きょうここで詩の朗読をなさったのである。お目にかかるのは詩集の刊行いらいである。作品の朗読はこの詩集をはじめから終りまで朗読されたのであるが、耳をとおして聴く詩のことばはまったく新しい詩の作品にふれるようにわたしには新鮮であった。 『田中裕明全句集』のための栞の文章を小川軽舟氏よりいただく。静かなこころで作品と著者のありようを見据えたいい文章である。さっそく刊行委員の山口昭男さん、対中いずみさん、夫人の森賀まりさんにお送りする。対中さんより「深いところで頷けるいい文章でした」と返事をいただく。 今日の昼休み、みなでまったりしていると、とつぜんスタッフの加藤が「ねえ、『泣いた赤鬼』のはなしって知ってる?」と言う。そういわれるとどんなはなしだったかなあ、と一度は読んだことはあるけれどちゃんとは話せない。やおら加藤が「わたしもこれ最近、アニメの『ケロロ軍曹』で仕入れたんだけどさあ」って言ってはなしてくれた。「……あこがれの人間たちと仲良くなれた赤鬼にね、青鬼がね、人間たちをいじめてばかりいた自分のようなものがそばにいたら、赤鬼に申し訳ないっていって赤鬼のそばを去っていくわけ、それを知って赤鬼が泣いたっていう話しなの」と。それを聞くと、わたしたちは思わず声をそろえて「いやあー、もえ(萌え)〜!」って叫んでしまったのだった。赤鬼と青鬼のなんともぐっとくるせつない話しである。「切ないといえば」って言ってこんどはわたしが話しだしてしまった。「『ゴンぎつね』って話し知ってる?」「ああ、あれね」というスタッフが多いなかで加藤はどうやら知らなさそう。「あれって最後ぜったい泣くよ」「そうそう」とみんな。しらない加藤のためにわたしは2分(?)で話しをした「……鉄砲でゴンぎつねを撃ち殺したあと、食べ物をとどけてくれていたのがゴンぎつねだったことを知った若者がね『おまえだったのか…』って言うの、そこがなんとも切なくてね、泣けちゃう…」とわたし。「わ、わたしいまの2分の話しでもうウルウルしてきましたあ」と加藤。ほんとうにかわいそうなゴンぎつね……。 そんなこんなで日本昔ばなしにひととき心をかよわせたなんとものどかで切ない昼休みでありました。 #
by fragie777
| 2007-03-23 23:10
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3月22日(木)
![]() 写真は「青麦」。風に吹かれているその生き生きした色をみて、この日「麦青む」という季語を実感する。 「ふらんす堂通信112」の発刊にむけて、スタッフたちはちゃくちゃくとその準備をはじめている。中井は依頼をはじめ、加藤は「かわら版」のレイアウトを考え、川口は選者の石田郷子氏に投句を送って選句の依頼をし、わたしはというと「あら、もうそんな時期になったの。いやよね、はやいわねえ!!」などと言うくらい。「や、山岡さん、そんなこと言ってないで、これとこれの依頼はして下さいよ」などと言われ、あわてて依頼をする始末で、ほんとに頼りになるスタッフたちである。 そしてふらんす堂はいま、どんどん進化しているのだ。というのは、スタッフの原見がふらんす堂にパソコンのシステム管理を導入してくれて、搬入の伝票などが手書きのものからいっきょにパソコン上ですべて計算から管理までやってくれるようになったのである。わたしたちの目には、原見がフランスを救った救世主ジャンヌ・ダルクのように輝いて見える。しかももっとカッコいいことに彼女はきわめてクールでこのことを目の前の蠅を追い払ったくらいのことにしか考えていないのだ。「す、素晴しい!原見さん!」とわたしたちが口をそろえて誉めたたえても「何がですか…」ときわめて普段どおり。ますますわたしたちは「ス・テ・キ」と目がハートマークになってしまう。 しかし、たったひとつだけ困ったことがある。それは、彼女のお休みの日。その扱いをいまひとつ習得しきれないわたしたちには、原見が書いてくれたメソッドを見ながら大汗をかいてパソコンと格闘するというツライ現実が残されていたのだった。 #
by fragie777
| 2007-03-22 19:20
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