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3月31日(火) 雷乃声発(かみなりすなわちこえをはっす) 旧暦2月12日
![]() ![]() ![]() 夕方の六時すぎにちょっと用事があって15分ほど出掛けた。 外に飛び出してみるとあたりがまだ明るいのに驚いた。 ああ、永き日なのね、と実感したのだった。 同時に、夕暮れにただようそのはんなりとした白さに、 初花の夕べは已にほの白く 高野素十 の句を思いだしたのだった。 まさに!! 新刊の現代俳句文庫77『村上喜代子句集』の紹介をしたい。 ![]() 解説は四人の俳人がそれぞれ執筆している。第一句集『雪降れ降れ』は辻田克巳(『雪降れ降れ』賛歌)、第二句集『つくつくし』は片山由美子(普通ということ)、第三句集『八十島』は小島健(抒情と諧の深化)、第四句集『間紙』は津久井紀代(万感の一語)。それぞれが村上喜代子の俳人としての美質に詳細に言及し、この作者の進化と深化がわたしたちにつまびらかにされるのだ。 村上喜代子さんは、お目にかかるとどこかおっとりとされた心安らかな印象を与える方であるが、それはこの世を一般市民として生きる仮の姿であり、じつは詩人としてのしたたかさを充分に身につけた方である、そのことが、この精選句集を読むとよくわかるのだ。この薄い一冊にどれだけのものを籠めようとしたか、俳人としての自身をどれだけ濃密に的確に語らせようとしたか、すべてはこの俳人のにぶることのない編集手腕による。敬服すべき方だ。現実の人間関係にはとてもやさしい方であるが、表現者としての自分に厳しいものを持っている方と本書を読んで改めて思った。 少年や少女過ぎ去るまで草矢 美しき生ひたちを子に雪降れ降れ 林檎もぎ空にさざなみ立たせけり 夏帽を選るに全身映しけり 凌霄花や狂へるほどの才持たず あめんぼに蜻蛉が飛んで見せにけり 紙風船突くやいつしか立ちあがり 新涼のまなざし遠く遠くやる 雨粒が甘し桜を見上げては 虹を見る見舞ふ言葉の貧しくて 墓地といふ冬あたたかきところかな かげろふにひとりひとりのふたりかな にはとりは天あふぎ飲む桜かな 鳴きだして重くなりたる虫の籠 土竜塚春へつづいてゐるやうな をととしの羽子板売りを探しけり うすらひや母の死すこしづつたしか 金魚玉到り着く辺のなかりけり 逝きてよき齢はいくつ桃の花 梨剝いて肘まで濡らすひとつ老ゆ 懺悔室ほどの喫煙室や寒 私の俳句歴は昭和五十一年の濱入会に始まる。たまたま誘われて行った句会が濱に所属していたわけで、その主宰、大野林火がどういう人でどういう句を作っていたのか、全く知らなかった。入会七年足らずで逝去されたが、林火は私の一生の師となった。その幸運を感謝している。その濱も平成二十五年八月に終刊、濱を継承された松崎鉄之介先生も二十六年八月長逝。一大結社の終焉に際し、これからは私達弟子が濱の理念を受け継いでいかなければ、と思う。 俳句歴約四十年、改めてその歳月を嚙みしめている。虚実綯い交ぜで詠み残してきた点のごとき俳句が、見事に己の人生を綴っていることに驚く。 出会う日々は常に新しい。五感でしっかり受け止めて、事実ではなく真実を詠みとめてゆきたいと思う。 「あとがき」より紹介した。 現在村上喜代子は俳誌「いには」を主宰。この現代俳句文庫『村上喜代子句集』はその創刊10周年を記念して刊行されたものである。10周年を祝するにふさわしい充実の一書となったのではないだろうか。 冬紅葉日々あたらしく老いてゆく 喜代子 あらためて、お祝いを申し上げたい。 ▲
by fragie777
| 2015-03-31 20:10
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3月30日(月) 旧暦2月11日
![]() 仕事場への途中にある。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 朝のひかりのなかで見る桜が好きだ。 ![]() こちらはもうひとつの駅前の桜。 ふらんす堂へいらっしゃる予定のある方、 いまがチャンスです。 こんなに美しい桜があなたを待っています。 よくわかんない理由でお招きするyamaokaである。 本来は伐られてしまう予定だった桜の木二本であるが、まさに今を盛りとして咲き満ちわたしたちをはじめ仙川住民を喜ばせている。 3月28日(土)に、「ホテルグリーンタワー幕張」で、村上喜代子主宰の俳誌「いには」の10周年のお祝いの会が開かれた。 ふらんす堂では、10周年を記念して現代俳句文庫77『村上喜代子句集』を刊行させていただいた。 この句集については明日紹介させていただきたい。 祝賀会には担当スタッフの千絵さんが出席しお祝いを申し上げた。 ![]() ご挨拶をされる村上喜代子主宰。 いには10周年ということで、立ち上げましたのが平成17年のことでした。私はいつも深く考えないで行動がすぐに伴う方で、60を過ぎて自分なりのことをやってみたいなと自分の目指す新しい結社をやってみたいなという思いがございまして、急遽「いには俳句会」というものを立ち上げました。 まずは名前を決めるのが大変でした。どういう俳句会の名前にして俳誌の名前にするかということで、まずは条件が二つ。第一条件は、できるだけ五十音順の前の方にということで。私は村上ですので、いつも五十音順だと最後の方になるんですね。なので、やっぱり前のほうがいいな、ということで、「あい」とか考えたんですけれども、まあ、「あい」じゃあねえ…ということなので、そこで第二条件、やはり発行所が八千代市ですから、地域にちなんだ名前にしようかなと。そうするとすぐに思い出すのが「印旛(いんば)」なんですけども、「印旛」っていうのだとやはりちょっとださいですよね。そういうことで色々と調べましたら、万葉集の中の防人の歌でこの印旛のあたりを「印波(いには)」という風に呼んでいるということを聞きまして、これはいいですね、ということで音感もやわらかいし、万葉の浪漫ともつながるということでこれで結社名を決めさせて頂きました。ところが、俳句会ですので、表記が現代表記で「いにわ」というわけにはいかないので、平仮名で「いには」と書いたところが、結構みなさん「いには(iniha)」と呼ばれるんですね。そのたびに「いには(iniwa)」です、と言っているんですけれども。そんなわけで未だに会の中でも「いには(iniha)」という人がいますけども、これは発音は「いには(iniwa)」と申しますので、どうぞよろしくお願いいたします。(略)ようやく十年が経ちまして、これからがんばってなるべくみんなの生き甲斐になるような力になるような俳句にしてまいりたいと思っておりますので、どうぞ皆様今後ともご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い申し上げます。 村上喜代子主宰、「いには」俳句会の皆さま、 10周年まことにおめでとうございます。 こころよりお祝いを申し上げます。 今日はこれから夜桜をみてから帰ろうっと。 ▲
by fragie777
| 2015-03-30 20:19
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3月29日(日) 2月10日
昨日は都会の春を満喫し、今日は山里の春をこころゆくまで楽しんだ。 埼玉県飯能市の名栗村に住む石田郷子さんをたずねて、友人たちと山歩きをしたのだった。 (わたしは一時間ほど遅刻をしてしまったのだけれど……) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() すこし遠いところにひっそりと咲いていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 目立たない花だが、よい香りを放つ。 ![]() ![]() 俳人が好んで句材にするのだが、こういうものだったのか。 ![]() 今日はいろんな鳥の声を聞いた。 山雀、日雀、みそさざい、もず、などなど。 雉が畑を闊歩していた。 ゆったりとした時間が流れる。 身体のすみずみまで山の気で充たされる。 わたしにとってはかけがえのない時間だ。 そしてこれはわたしにぶつかってきた虫。 ![]() 今日もすっかり遅い時間になってしまった。 それでは。 ▲
by fragie777
| 2015-03-30 00:31
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3月28日(土) 旧暦2月9日
桜日和の一日となった。 仕事で上野に行ったのであるがすこし早めに家を出て不忍池でお花見をした。 さまざまな桜が咲き始め、鳥たちも人間たちも花に競うように活気に満ちていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 上野の東天紅にて現代俳句協会主催の総会がありPさんと出席する。 第15回現代俳句大賞の授賞式と懇親会が行われたのである。 受賞者は高橋睦郎氏。 ![]() 詩人として僕が何ゆえにこの賞をいただくのか宮坂静生会長にたずねたところ、3.11以降、一番詩形として存在理由を示しているのが俳句であるといろんなところで僕が言っているということ、そして自分でもまた俳句を作りつづけてきているということ、そういうことに対して差し上げたいということでした。そういうことであるならといただくことにしました。俳句はとても好きで一番日常的に作っているのは俳句です。ノートにいつも書き付けています。で、そのなぜ俳句が3.11以降に一番存在理由を示しているかといえば、それは、俳句が五七五というこれ以上短くならないという定型のなかに沈黙を含みこまざるを得ない、その沈黙の総量ということでいろんな事態に対するということ、それともうひとつは死者との関係です。死者とこれほど深い関係を持てる詩形は世界のどこにもない。その二つが今こその俳句というものの存在理由を示しているのだろうと思います。そういう意味では俳句をつくっている人の使命は大きいと思います。だから世界に対して誇りと責任をもって俳句を作っていって欲しいと思います。 授賞式と総会のあとは懇親会。 ![]() ほぼ同世代で本当に久しぶりということ。 ![]() 今日は、俳誌「いには」(村上喜代子主宰)のお祝いの会もあり、スタッフの千絵さんが出席。 この会については、後日ご報告をさせていただきたい。 もうすっかり夜中となってしまった。。。。 それではお休みなさいませ。 ▲
by fragie777
| 2015-03-28 23:02
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3月27日(金)
朝の仕事場への途中で水仙が咲いていた。 水仙は黄水仙以外は冬の季語であるが、春のいまでもよく目にする。 好きな花だ。 ![]() ![]() ![]() プロ野球は今日から開幕である。 熱烈な野球好きのスタッフの緑さんは、ちょっと落ち着かない。 すばらしいスピードで仕事をして、(それでもミスひとつないのが緑さんだ)、いそいそと帰る準備をしている。 彼女はあるチームを熱狂的に応援している。 しかし、今回はちょっと分が悪そうなのである。 対戦相手チームにヒーローが帰ってきたのだ。(野球好きなら、ここでああ、〇〇ね、とわかるところ) 「じゃ、お先に失礼します」って言う緑さんに、 「Yチームの健闘を祈るわ!」とわたし。 このYチームは、むかしわたしも応援していたチームで、なんと初優勝のときなどはなんどもG球場に応援に行ったりしたのだった。 いまはすっかり野球熱も冷めてしまい、夜のプロ野球ニュースを見て、勝ったチームの喜びをもう一度噛みしめるなんてこと、止めてしまった。 ビールと野球がわたしから遠ざかり、ワインと韓ドラが入れ替わったというべきか。。。 おじさん道をそれておばさん道に入り込んだのであろうか???? よくわからん。 どうでもいいか。 嬉しいお知らせがあります。 2013年に刊行した竹腰素(はじめ)詩集『しゃぼん玉刑』が第12回北陸現代詩人賞の奨励賞を受賞された。 この詩集は造本装丁ともどもたいへん凝った詩集であり、和兎さんが気合いを入れて装丁をしたものである。 なんと本文用紙にアラベールを使うという贅沢さ。 (わたしは一度はやってみたかったもの) 収録作品のなかでも詩集のタイトルとなった「しゃぼん玉刑」は、読み応えのある一篇とおもう。 竹腰素さま この度のご受賞、まことにおめでとうございました。 心よりお祝いを申し上げます。 そして、いま話題となっている竹岡一郎さんの句集『ふるさとのはつこひ』について、関悦史さんがツイッターでの情報をまとめてくださった。 こちらです。→http://togetter.com/li/800251 (開かれるまで時間がすこしかかりますが、どうぞそのままで) 買ってくださった読者の方のなかには、逆柱いみりさんのファンで購入し、俳句をはじめて読む機会を得たという人もいて、いままでの句集とはちがう反応もあって面白い。 「俳句日記」の片山由美子さんはいまフランスにおられる。4月3日まで滞在とのこと。 すんごく羨ましいんだけど。。。。 先ほどのメールに「いまニースです」ってあった。 いいなあ、、、 でも日頃ご多忙なんだから、許してあげましょう。 それでも俳句日記の原稿はついてまわるのでお気の毒。 日記を拝見し、わたしたちもフランスに行ったつもりになりましょう。 素敵なご旅行を、 片山由美子さま。 ▲
by fragie777
| 2015-03-27 18:59
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3月26日(木) 桜始開(さくらはじめてひらく) 旧暦2月7日
![]() ![]() 今日の新聞で日本芸術院賞の受賞者の発表があり、ふらんす堂でご縁をいただいているおふたりの方のお名前があった。 俳人の鷹羽狩行氏と詩人の吉増剛造氏。 鷹羽狩行氏は、いま「鷹羽狩行俳句集成」を編集製作中である。一万句をはるかに超す集成となり目下季語別分類にわたしは取り組んでいるところ。氏の俳人としての仕事量のすごさに圧倒されながら刊行にむけて頑張っております。 吉増剛造氏は、「ふらんす堂通信」に「蕪村心読」と題して連載の原稿をいただいている。 蕪村の作品と吉増氏の詩の作品のコラボレーションがなんともすごいのだ。 氏はたいへん熱心にこの連載に取り組んで下さっている。 また、第49回蛇笏賞が決定した。 大峯あきら句集『短夜』(KADOKAWA刊)。 大峯あきら氏もふらんす堂にとってはその著書をたくさん刊行させていただいているご縁の深い俳人である。 鷹羽狩行先生、吉増剛造先生、大峯あきら先生、 この度はおめでとうございます。 こころよりお祝いを申し上げます。 すこし古い掲載記事について紹介したい。 いまわたしの手元に俳句総合誌「俳句」(多分1993年度)に連載された掲載記事のコピーがある。 12回にわたって連載された今は亡き石田勝彦氏による「現代俳句月評」だ。 およそ20年前のものであるから批評されている俳人もそれぞれ物故者となられた方が多いことに驚く。加藤楸邨、森澄雄、佐藤鬼房、岡井省二、平畑静塔、三橋敏雄、桂信子、鈴木六林男、飯島晴子、藤田湘子などなど。 俳句批評とはいかなるものか、矢島渚男氏の論をとりあげ言及しており興味ふかい月評となっている。 そのなかで深見けん二氏の作品をとりあげて評している箇所におもわず目が止まった。 その箇所のみちょっと紹介してみたい。 まつすぐに落花一片幹つたふ 落花の一片というと〈一片のなほ空わたす落花かな 島村元〉〈城を出し落花一片いまもとぶ 山口誓子〉などの句が思い出されるので、仲々使いづらいのである。例にあげた句はいずれも大きな空間に対比されて一片の効果を発揮している句であるが、けん二の句はそれとは反対に、一片に焦点をしぼり切った句である。「まつすぐに」と言い、「幹つたふ」と言い、まさに一片そのものが凝視されている。一見単純に見えるが、「まつすぐに」と「幹つたふ」は同義的な状態では必ずしもないわけで、幹に触れながらの落花は、とどまるものもあれば、吹かれ曲がるものもある。作者の見た一片は垂直な落下の状態をそのまま保ちながら幹の面をつたい落ちたのである。そこに作者の発見があったのである。自分の見た自然の相を、いかに些少なものであろうとも一つの啓示として受けとめる心を持たないと、こういう句はつくれない。私はけん二の句を読みながらいつもそのことを感ずるので、そういう句例の一つとしてこの句を挙げてみたのである。学びたいと思うが、仲々できるものでない。 「自分の見た自然の相を、いかに些少なものであろうとも一つの啓示として受けとめる心を持たないと、こういう句はつくれない」というこの一節が、深見けん二を語りつくしている。 俳人・深見けん二を非常に的確に評したものだと改めて思ったのだった。 20年前に書かれたこの月評をわたしは興味深く読んでいる。 昨年のことだったろうか、俳誌「泉」の三〇周年記念のお祝いの会でわたしの目の前にいらした俳人の辻純氏が、「石田勝彦先生が過去に書かれた俳句論をコピーしてそれを何度も繰り返して読んでます」とおっしゃったのだ。思わず「それをわたしにも下さい」って言ってしまい、辻さんがすでに九〇歳を超えておられるお方とも知らず、図図しくお願いしてしまったのだ。あとで藤本美和子主宰に、「辻さんにお願いするってそれはお気の毒よ」って笑いながら言われてしまったがもうあとのまつり。とてもお若くみえたので気楽にお願いしてしまったのだ。 「少し時間をください」って辻さんはおっしゃったように思う。 そして少し時間が経ってから、それは宝物のように送られてきたのだった。 ▲
by fragie777
| 2015-03-26 21:58
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3月25日(水) 旧暦2月6日
![]() 白くみえるのは石灰をまいたものらしい。 さっ、新刊の紹介をしよう。 すでにそのキバツさで読者をおどろかせ、内容ともども話題になっている竹岡一郎句集『ふるさとのはつこひ』。 ![]() すばらしいインパクトでしょう。 竹岡一郎さんの前句集『蜂の巣マシンガン』に次ぐ第二句集となる。 本の表紙、見返し、扉に漫画家でありイラストレーターである逆柱いみりさんの装画を用い、本文の挿画も逆柱さんの挿画12点で飾った。読みすすめばわかるように竹岡さんの俳句の世界と不思議なほど響きあっている。それもそのはずである。この句集のために逆柱さんが新たに描いて下さったのである。もとより、竹岡さんが逆柱さんの作品に感動したことが起因となって二人の作家のコラボレーションとなった。 その二人の作家の世界を楽しんで貰うことをまずわたしはおすすめしたい。 著者の竹岡一郎さんは1963年生まれ、大阪吹田市在住、俳誌「鷹」(小川軽舟主宰)同人、昨年に「摂津幸彦、その戦争詠の二重性」にて第34回現代俳句評論賞を受賞されている。本句集には、平成22年から平成25年までの305句が収録されている。逆柱いみりさんの描く世界と同じく多分にシュールな世界が展開されるが、そしてその世界と句集名「ふるさとのはつこひ」というタイトルがなにかそぐわないようにも最初思えたのだが、そのへんのいきさつを竹岡さんご自身が「あとがき」で書いておられるので、抜粋して紹介したい。 句集の題は、坂口安吾の「文学のふるさと」による。特に胸に沁みている部分を次に挙げる。 「それならば、生存の孤独とか、我々のふるさとゝいふものは、このやうにむごたらしく、救ひのないものでありませうか。私は、いかにも、そのやうに、むごたらしく、救ひのないものだと思ひます。」 昭和十六年の「現代文学」八月号に発表された、この短い随筆を、私が初めて読んだのは二十歳の頃だったろうか。読む度に心慰められた。そういう処に立脚するのが文学であるなら、私にも出来ると思ったのである。更に述べれば、初恋とは、人生における最初の叛旗ではあるまいか。 ゆえに「ふるさとのはつこひ」ということである。 涅槃絵の端の吼えをる鬼が俺 第一句目におかれた作品である。 「涅槃絵の端の吼えをる鬼が」までは、ふんふんと読んで「俺」で仰天した。 ここには、涅槃図のなかに入り込んでいる竹岡一郎さんがいる。しかも咆哮する鬼である。 以下竹岡一郎は、自身を釈迦入滅の現場にいる鬼と定め、そこからこの現実世界を幻視し、五七五で詠みなしていくのである。 つまり「むごたらしく救にないもの」である現世をである。 涅槃図の向こう側にいる鬼のなげきとして展開していく、とわたしは読みすすんだ。 その声に耳を澄ませたい。 ソフトクリーム此の世崩ゆるは音無けれ 徒花としてひまはりの滾りけり 人間の息に囲まれ原爆忌 町枯れてゆふやけ色の象の足 寒瀧に打たれ戦争とは俺だ 鎌鼬生者の正義嗤ひけり あたしのくしやみで文明畢るけど 比良坂に水たばしるや百千鳥 亀鳴くと武器商人がおろおろす 虹染みる身を海鳴りへ投げ出せり 朝焼のピンヒール「パパ刺して来た」 舌だけが活きて母呼ぶ雁のもと 双六の上がり全面核戦争 冬菫ほどの吐息を世に遺し 巣立つとも光の淵へ墜ちにけり ふるさとを覆ひつくせる蛇苺 虹の根を食べれば人でなくなるよ 満月の化身のけもの毛づくろひ 轟きて黒馬墜ちてくる花野 失はれし橋かをる日は凍死あり 手鏡に雪兎載せ殉じけり 死なうとあんた死ねよとあたし春炬燵 亀鳴けるほかはしづもる地獄かな 最後の章「破地獄弾」は地獄への幻視である。 そして掉尾の句はこの句。 鬼つひに聖たらむと青き踏む この「鬼」とは、涅槃図の端で咆哮していた「俺」である。 地獄変からの希望の兆しが見えてこないだろうか。 この一句は、「俺」の救済への切望と決断なのである。 最後にこの句に出会ってわたしもなぜかホッとした思いがしたのである。 (と勝手にストーリーをつくりあげてしまった感がないわけではないが、お許しを、竹岡さん) それではこの斬新な一冊を紹介したい。 逆柱いみりさんの作品を装丁したのは和兎さん。 著者の竹岡さんからは、逆柱さんの作品が十全に活かされるようにという強い希望があった。 ![]() ここには、タイトルも名前もなく作品の絵のみである。 ![]() ![]() ![]() 後ろの見返しはまた別の作品である。(これは本を実際に手にとって見て欲しい) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 圧巻の一冊が出来上がった。 最後に「あとがき」をふたたび紹介したい。 なぜ俳句を選んだか。「比良坂變」を書いていた頃、漸く形を成してきた思いがある。「俳句とは詩の特攻である」、この答を手にして以来、私は迷わなくなった。 「俳句とは日本のなつかしい山河である」、例えば、こんな答が羨ましくないと言えば噓になる。だが、如何に羨もうと、それは私のための答ではない。答は恐らく、俳人の数だけあろう。各人が独自の答を見つけられることを祈る。 本句集の担当はPさん。 好きな句は、 死際の虎発光す夏至の森 松原に猫冷やかに棲みにけり 「竹岡さんと一緒に一冊の本を作れたことがとても刺激的でした。 竹岡さんを通して逆柱いみりさんを知ることができましたし、逆柱さんの作品を通して竹岡さんの作品の世界観を可視化してとらえることもできました。 『ふるさとのはつこひ』をつくることはとても楽しい時間でした。」とPさん。 わたしは次の一句。 蚊柱の優しく人の丈に伸び なんだかやさしい気持になるこの句を見つけて嬉しくなったのです。 実はスタッフのPさんに奨められて、逆柱いみりさんの漫画を読んだのだがとても面白かった。つげ義春の作品に似ているタッチをおもったが全く違う感じでもありなにしろストーリー展開がすごい。 わたしの読んだのは、『はたらくカッパ』、 Pさんに借りた。 Pさん曰く「それもいいけど、『空の巻き貝』がとても面白い」といってわたしの目の前でその本を見せてくれた。 わかったわよ、 じゃ、 それ貸して ってさっきPさんに頼んだところ。 ▲
by fragie777
| 2015-03-25 20:17
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3月24日(水) 彼岸明け 旧暦2月5日
![]() 今年は桜がはやく咲きそうである。 仙川駅前の桜も昨日チェックしたのだがもう大分蕾がふくらんでいた。 四月にちょっと予定していることがあって、それが桜にかかわることなんだけど、わたしを待っていてくれないかもしれない。 それも、まっ、仕方ないわ。 自然の運行をいくらわたしが丹田に力のある(と思いこんでいる)女とはいえ、どうすることもできゃしないもの。 新刊を紹介したい。 太田土男句集『花綵』(はなづな)。 ![]() 新書版のすっきりした読みやすい一冊である。著者太田土男(おおた・つちお)さんのたつてのご希望だ。前句集『草笛』も新書版で本句集は第四句集となる。著者の太田氏は、1937年川崎市生まれ。巻末の著者略歴の一部を紹介すると1960年に職を得て、盛岡、那須野、筑波など農水省の研究機関を転々。草地生態学を専攻し、主に牧場ぐらし。1958年に「濱」大野林火に師事、次いで松崎鉄之介に師事。1960年に「草笛」(岩手)入会、08年草笛代表。1974年「鬼怒」(栃木)入会。1994年「百鳥」創刊とともに同人。現在俳誌「草笛」代表、「百鳥」同人。 「草地生態学を専攻し、主に牧場ぐらし。」とあるが、句集名の「花綵」もそのような仕事をとおした生き方を反映している命名である。 『花綵』は『草原』につづく第四句集である。二〇〇五年から二〇一四年までの一〇年間の作品を入集した。 花綵(はなづな)は花で編んだ綱である。四季折々、花々を咲き連ねる島弧は花綵(かさい)列島ともいわれる。そんな自然に私たちは育まれている。それ故に、自然と自然にかかわる暮らしを詠みたいと願ってきた。 「あとがき」より引用した。 本句集には、帯文もなく、短いあとがきがあるのみであとは俳句作品がシンプルな装丁の下のすっきりと収められている。身近において俳句のみを自然の豊かさを感じながら味わってほしいというのが太田氏の願いなのだたと思う。 押しつけがましさが一切ない、しかし俳句への信頼に満ちた一冊である。 草刈りの終り裸になりにけり 雪解風山に向かつて嘶けり アテルイの首飛んでゐる青野かな 狼の足跡と言ひ張りにけり 夜神楽の神を酔はせて酔ひにけり 夜神楽を舞ひたる髭の濃くなれり 雪搔きて夜は裸で眠りけり 鹿の骨突き抜けてゐる夏蕨 厩出し牛に目脂のこびりつく 耕して土の素性を覚えけり 山桜熊のすがたのまま鞣す 俳句作品だけを読むとまるで古代の古事記日本書紀時代からのことが詠まれているかのような感触だ。作者の意識ははるかに時間を遡行していく。その時間を遡行する手がかりとなるものが季語だ。季語のかかえている背後のその原初をつかみ取ろうとしているかのような荒々しさが魅力だ。 現代人の自意識から解放され原始的な命が混沌のなかで燃えているものに触れようとしているというと言い過ぎか、あるいは農耕民族のもっている心意気が充満してとても言おうか。 ここに太田土男という俳人の原点があるようにわたしにはおもえるのだ。 ほかに、 清貧といふ死語のあり水澄めり 雲の端白根葵に下りてくる 太鼓鳴る方へ流るる浴衣かな 菊人形泣きて涙をこぼさざる 紅梅の笑ひの中に入りけり 闇汁の今でも解せぬもののあり 縄跳びの子の一人づつゐなくなる 落椿無傷といふはいたましき はんざきの百年後もここにゐる さくらんぼ一粒大き夕日かな 冬蜂の死にゆくからださすりけり 装丁は和兎さん。新書版の軽装版であるが、力強い装丁となった。 装丁するにあたって、太田土男さんからはひとつ条件があった。 「五〇年ほど前に八ヶ岳で採集した腊葉マイヅルソウをあしらって欲しい」ということ。 そしてそこに日本列島を配してほしいということだった。 そこに句集名「花綵」の意味がある。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 担当の千絵さんの好きな一句は、 草刈りの終り裸になりにけり 「広い畑などを草刈りしていて、あまりの暑さに全身汗だくになって、帰るなり服を脱ぎすててお風呂に入ったことがあったなと、今はもうない実家の畑 を思い出して懐かしい気分になりました。 太田先生のあたたかいお人柄があらわれるような句が多く、ほっこりとした気分になりました。」 そうか、千絵さんもこの句が好きなのか。 わたしはあえてこの一句。 梟や泉のやうな一書あり 不思議な一句だ。 この句は非常に象徴的な一句に思える。 滾々とわき出づるものとは何か、そして梟とは。 わたしたちは詩歌の深遠に何を見ようとしているのか。 お客さまがひとり見えられた。 波戸岡旭氏。 波戸岡氏が主宰しておられる「天頂」の同人藤野律子さんの句稿をもってご来社くださったのだ。 藤野律子さんは、かつてふらんす堂より第一句集『潮紋』を上梓され今度は第二句集を刊行のご予定だ。第二句集は『風の章』。担当はPさん。 波戸岡さんは前の仕事場には何度かお見えになられたが、あたらしい仕事場ははじめて。 いまは大学の先生をしておられるが、来年は定年退職を迎えられるという。 ご専門は日中比較文学であるとのこと。 日本文学を勉強しようとおもって大学に入ったところ、日本文学はかな文学が主流、それに飽き足らず漢詩文学を専攻されたということ。日本の漢詩人としては菅原道真、嵯峨天皇、空海などがおりとりわけ空海に惹かれたということである。 「空海の文章力はすごいのです。」と波戸岡さん。 空海の二四歳のときの著書『三教指帰(さんごうしいき)』に触れ驚愕したことが、漢詩文学への開眼となったという。そして空海の素晴らしについて語ってくださったのだ。 ふらんす堂でこれほどはげしく魅力的に「空海」が語られたのは、はじめてである。 わたしは思わず聞き惚れてしまった。 (実はいま石ノ森章太郎の漫画『日本の歴史』でちょうど空海と最澄のところを読んでいるのね。だからとても面白かった) ![]() 渇くことのない泉のように次から次へとお話される波戸岡旭氏。 莞爾とした笑い顔が印象的な方だ。 「この夏には洛陽を旅します」と言ってお帰りになった波戸岡旭氏である。 ▲
by fragie777
| 2015-03-24 21:16
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3月23日(月) 社日(しゃにち) 旧暦2月4日
好きな辛夷の花を見届けたく歩いて仕事場に向かう。 すこし離れたご近所の辛夷の花をとても気に入っている。 庭をのぞき込むようなかたちになるので気がひけるのだが、それでも見ておきたい辛夷の花だ。 数日前はまだかたい蕾だったが、どうだろうかとおそるおそる近づいたところ、 ![]() 清潔な輝きをもって咲いていた。 ![]() ![]() ふと視線に気づく。 この家の猫がベランダでじいっと鋭い目でわたしを見ていた。 「ありがと」って小さな声で猫に言ってわたしはそうそう退散したのだった。 そして遠回りになるのだが、白木蓮の大樹が何本もある家がある。 そこにも立ち寄ることにした。 広大な敷地に10本近くの白木蓮があり、それがちょうどいまごろ一斉に花を咲かせる。 なかなか壮観なのだ。 ![]() ![]() ![]() 辛夷よりかなり大粒(?)ゆえに、傷みもいたいたしく感じられてしまう。 辛夷から白木蓮へと朝の旅をして仕事場に到着したのだった。 ところで辛夷と白木蓮の違いってわかります? わかって欲しいなあ。 おおいにちがうんだけど。 わたしはむかしは白木蓮派だったけど、いまはどちらかというと辛夷派。 して、あなたは? 今日の毎日新聞の新刊紹介に、林桂句集『ことのはひらひら』が紹介されている。 黄に錆びてゆく一日の日向水 林 桂 第6句集。著者は多行俳句形式の作品を中心として発表しているが、それと並行して書き続けてきた一行形式の38編482句を収録。多くは詞書を伴い、一句一句が小説的な世界となっている。 そしておなじく毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、安藤橡面坊句集『深山柴』より。 鶯や朝の湯婆(たんぽ)を捨てに出る 「吾輩は猫である」の中で、美学者の迷亭が西洋料理でトチメンバーを注文、ボーイを困らせる。トチメンバーはメンチボールを連想させるが、これは実は正岡子規門の俳人、橡面坊のこと。橡面坊は1869年生まれ、本紙の前身の大阪毎日新聞社の社員であった。今日の句、彼の句集「深山柴」(ふらんす堂)にある。 わたしが呑気に、イヤ呑気でもなく昼間は必死で仕事はしておりますが、花などをみているうちに新刊が大分出来上がってきた。 明日から新刊紹介をいたしますね。 ▲
by fragie777
| 2015-03-23 18:59
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3月22日(日) 雀始巣(すずめはじめてすをくう) 旧暦2月3日
うららかな春の一日となった。 わたしは鮮やかなピンク色をした草木染めの目の覚めるようなスカーフをして出かけた。 会う人ごとに「まあ、素敵な春らしい色!」って言われた。 わたしが誉められたわけではなく、あくまでスカーフなんだけど嬉しかった。 実はこのスカーフ、もう大分使ってよれよれになっていたものを手洗いして糊付けをしてみたところ生き返ったのである。 スカーフも甦ってなんだか嬉しそうだった。 躑躅の花で染めたというその色、 ちょうど昨日見たこの花の色のようだ。(もうすこし淡いかもしれないけど) ![]() この花の名をご存じ? あまりにも可憐で目立たない花でわたしも通り過ぎてしまいそうなところを友人のMさんが、 「咲いてるよ!」って呼び止めてくれたのだった。 そして写真を撮るとき撮りやすいように枝を指で押さえてくれた。 花の名は鶯神楽(うぐいすかぐら)。 春の季語になっている。 とても小さな花である。 うぐいすかぐら咲くよと囲む尾根歩き 上野蕗山 そして、この花もまた渋い花である。 ![]() 柃(ひさかき)の花である。別名「野茶」とも。 あしらひて柃の花や適ふべき 富安風生 人の気持をやさしくするような花たち。 こういう花たちに出会えることも武蔵野を歩くたのしみのひとつである。 ▲
by fragie777
| 2015-03-22 17:53
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