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2月24日(水) 旧暦1月13日
今日は最近の雀たちから。 雀は写真に撮るのがむずかしい。 人間の気配に対して敏感だ。 雀らも海かけて飛べ吹き流し 石田波郷 波郷のこの句は雀を詠んだ句のなかでも好きな句である。 あはっ、このブログのサイトがいつのまにか鳥たちサイトになってしまっている。 昨日のマミチャジナイについては、何人かの方に「マミチャジナイ」でいいですよってOKを貰った。 そんな反応をいただくと、yamaokaはますます張り切って鳥を撮ることになる。 マミチャジナイについては、旅の途中にたちよった時に出遭った鳥かもしれない。 そう思うとまさに一期一会であると、感じ入ってしまう。 内田百閒は、鳥好きでエッセイによるといろんな鳥を飼ったらしい。 野鳥をたくさん飼って、それこそ梟まで、そして飽きてしまって餌をやるのをわすれてずいぶん死なせたらしい。 鳥も外国の鳥は好きじゃなく、日本の野鳥が好きなようす。外国の鸚鵡やインコなど色が派手なのはこのまず、日本の鶯や目白などが渋い色の美しい声でなく鳥が好きだったようだ。好きが頂点に達したときは40数羽をを飼っていたらしいからなかなか尋常じゃない。外国の鳥であるカナリアなどはまあいい方かもしれないが、声に飽きるとも書いている。 百閒先生は、ちょっと変わったお方なので鳥を死なせたこともけっこう平然と悪びれずに書いていて、苦笑してしまうけど。 わたしは世話好きではないので、鳥を飼うということには思い到らない。 飛んでいる鳥をながめるのみである。 鳥好きの俳人っていたかしら。 いまふっと思ったのだけれど、ちょっと思い浮かばないな。 内田百閒ほど変人ぶりでなくてもいいけどものすごく鳥に入れ込んだという俳人・歌人・詩人などきっといると思う。 ああ、そうか、津川絵理子さんは、十姉妹をそれはそれは大事に飼っていた。 富安風生も小さな動物を愛したと聞いている。 お二人の句集から。 寵愛のおかめいんこも羽抜鳥 富安風生 人われを椋鳥と呼ぶ諾はん 〃 慈悲心鳥おのれ愉しむ声淋し 〃 春浅し日にひと匙の鳥の餌 津川絵理子 止り木に鳥の一日ヒヤシンス 〃 鳥籠に青菜絶やさず文化の日 〃 津川絵理子さんの句は、鳥を飼っていたときのことを句にしている。どんなに鳥のことを心にとめていたかその思いが、さりげなく詠まれた一句から伝わってくる。 富安風生の句は、なかなか味がある。オカメインコを寵愛したこと、そしてなにゆえ「椋鳥」と呼ばれたか、知りたいところである。で、いま広辞苑で調べたところ、「椋鳥」の二番目の意味に、「田舎から江戸の町に出て来る者をあざけっていう語」とあって、あらら、風生先生、そんな風に言われたのかしらと、わたしの知る限りではとてもスマートなお方、というイメージがあったので、驚いている。それでも「諾わん」とカッコイイ余裕をみせて一句にするのだから、なかなか素敵である。 水浴びをしてずぶ濡れになった椋鳥。 #
by fragie777
| 2021-02-24 19:11
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2月23日(火) 霞始靆(かすみはじめてたなびく)天皇誕生日 旧暦1月12日
あたたかな春の一日がはじまる。 今日は午前中より時間をかけて仙川沿いを散歩することにした。 10時半ころに家を出る。 仙川沿いには雑木林などがあって、ツミという鷹などもいる林がある。 そこは桂の木々がたくさん植えてある。 ここに梅林もある。 そのなかの薄紅梅。 人も少なく散歩をする人もご近所のひとたちがやってくるくらい。 わたしはまったりと時間を過ごす。 今日も鶫に会う。 このところ必ずといってよいほど出会う。 ご縁のふかい鳥となってしまった。 と言ってもしばらくすれば、シベリアの方へ帰ってしまう。 すこし行くと、日当たりのよい地面を見たことのない鳥が歩いていた。 この鳥。 わかります? ちょっと鶫に似ているけれど違う。 アオジかしらと思ったのだけれど、ちがう。 アオジより少し大きい。 わたしが近づいても警戒する様子もなくピョンピョンとはねるように歩く。 木の上に飛んだ。 家にもどってヤマケイポケットガイドでさっそく調べたところ マミチャジナイ(スズメ目ツグミ科) という鳥らしい。 あまり聞いたことがない。 しかも、調べたところによると 旅鳥として渡来し、9月下旬に現れて10月上旬にはいなくなってしまう。明るい林に多く、地上でミミズなどを捕えることもある。ミズキなどの木の実もよく食べる。 とある。2月のいま姿をとらえることができるというのだとしたら「マミチャジナイ」ではないのかしら。 でも、このポケット図鑑の鳥とそっくりである。 もし間違っていたら、教えてくださいませ。 今日の仙川、水鳥の姿がすくない。 オナガガモの姿がみえない。 すでに帰ってしまったのか。 嘘みたいに一羽もいないのだ。 あれほどたくさんいたオナガガモであるが。。。 白い胸が印象的な気品のある鴨である。 4月ごろまで見られるとあるのだが、どうなのだろう。 ほかの鴨たちの多くは昼寝をしていた。 今日はヒヨドリの群れを多くみた。 その中の一羽。 声はやかましく色も地味だけれど、やんちゃ坊主みたいで可愛いとわたし思う。 いると写真にとりたくなる。 そして、 セミコ。 翡翠って小さな鳥である。 見逃してしまいそうになるくらい。 でも、 わかるのね。 わたしには。。。。 昨日2月22日は、風生忌っておしえていただいた。 春の句をいくつか。 美しく生れ拙く囀るよ 富安風生 物の芽の祈るがごときつつましさ 〃 無為といふこと千金や春の宵 〃 ひらかなの柔かさもて春の波 〃 想ふこと春夕焼より美しく 〃 今日はたくさんの囀りを聞いたのだった。 #
by fragie777
| 2021-02-23 21:29
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2月22日(月) 旧暦1月11日
今日は猫の日なんだそうである。2.22とつづくということで。 しかも、旧暦は1.11でこれもまたゾロ目。 あったかな春の一日だった。 ヒドリガモの雄。 こちらは雌。 この鴨はつがいでいることが多く、仲良しである。 夢見るように。 水温みつつある水であることがわかる感触。 絵になる鴨である。 仙川は鴨たちを容れて穏やかに流れている。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯あり 146頁 二句組 石井恵(いしい・けい)さんの第1句集である。1934年生まれ、東京・杉並区在住。1988年「群島」を経て、2012年句歌詩帖「草蔵」入会。現在にいたる。「草蔵」主宰の佐々木六戈氏が序文を寄せている。石井恵さんは今年87歳をむかえられるが、作品は柔軟な弾力にとみ、自在である。佐々木六戈主宰は、こんな風に書く。タイトルは「矜持の色」。 石井恵はおもしろい。わたしが歴史的仮名遣いを用いるにたいして、石井恵は現代仮名遣いである。わたしが文語を衒(てら)うにたいして、石井恵は口語を主旋律としている。わたしと石井恵は対照的である。そこがおもしろいのである。対照的な者同士の句会はおもしろい。この関係の妙こそが俳句を学ぶということだろう。 佐々木六戈氏は、自身の行き方の文語表現を弟子に強要することなく、面白がっておられる。ゆえに石井恵さんも自由にたのしく俳句をつくっておられるのだろう、ということが本句集をよむとよくわかる。読者を飽きさせない面白さがあるのだ。 詫状の末筆ながら梅のこと 忘れ癖朧月夜のせいにせず 志すもの無し空中の蠅叩く 後の世を見ずして涼し遠眼鏡 寒風に真向かいて愛されている 私どもの句会の、およそ八年間の句群からの抜粋である。これらを見て納得させられるのではないか。何を。初めから、そして、今も石井恵は石井恵であることを。矜持の色とは至言ではあるまいか。 序文を抜粋して紹介した。佐々木主宰は、石井恵さんの魅力を余すところなく伝えているのだが、ここでは抜粋にとどめおく。 海風に袂ふくらむ星祭 雀来ている日溜りの福寿草六月の男が朝の花を剪る 苺可愛いや手にかざし皿に置く 秋の野の蝶高からず低からず 秋風や逢わねば遠くなるばかり 雪便り短し雪のポストまで 人通る寒林少し色めきて 名もなき日名もなき人とあたたけし 後の世を見ずして涼し遠眼鏡 秋風と空の青さと長寿眉 秋どつと暮れたやすくは老いるまい 冬あたたか人に疲れて人が好き 担当の文己さんの好きな句である。 苺可愛いや手にかざし皿に置く この句を選ぶとはさすが苺好きの文己さんだ。わたしも今日苺を食べてきた。食べる時に「かわいいな」って思える果物は、苺、あるいはサクランボか。この句、「苺可愛いや」という措辞が胸にぐっとくる。苺の愛らしさがよく見えるのだ。さくらんぼだとつきすぎだ。かわいいのは当たり前だけど、苺はもうすこし存在感のある可愛らしさだ。可愛いとみて、ぱくりとたべるのではなく、「手にかざし」とあり、つくづくと苺を愛で、そして食べるのかとおもうと、「皿に置く」のである。なんということ、苺という果物そのものの愛らしさを愛でているのである。この苺にむきあっている時間、苺という存在そのものを楽しんでいるのである。わたしは苺をこんな風に愛でたことは金輪際ない。ぱくっとすぐに食べてしまう。次回食べる時にこのようにしてみようかしら。 冬あたたか人に疲れて人が好き いい句である。「冬あたたか」の季語がきいている。この句「あたたかし」の春の季語だったらどうだろう。っていま思った。ううむ。。やはり、「冬」がいい。この一語が入ることによって寒さのなかのあたたかさのそのぬくみ、そして人に疲れても人が好きというそのやや複雑な心境と人の心の奥深さのようなものが、「冬」という一語を配することによってそのあたたかさにも奥行きがでる。「冬」の一語によって詩になったのだと思う。 マスクして全身消しているつもり これっていまの状況と心境そのものだっておもった一句。マスクって不思議だ。やや自意識過剰な人間から自意識を取り払ってくれる。というのは、たとえば、信号待ちをしているとき、相手の顔がよく見える距離にいるときって、わたしはすごく居心地が悪かったのだ。向き合っている人間はわたしの顔など見ていないのに、なんだか見られているような思いがして目をどこにやったらいいかわからなかった。ところがマスクをしていると自身のそういう自意識もなくなり、信号待ちがラクになったのである。この句のようにマスクによって自分の存在が相手に対して稀薄になる、ひいてはちょっとしたらわたし透明人間になったかしらなんて思いこませる、そんな魔力(?)があるかも。マスク鬱陶しいって思うこともあるけれど、なにか守られている、人の視線や意識から、そういうラクチンさがあるって思っている。けれど、わたしが自意識過剰なのかなあっておもっていたら、この句に出合った。わたしだけじゃなかったんだって。。。 志すもの無し空中の蠅叩く この一句も笑った。「志すもの無し」という言い方は、きっと大志というすこし気張った心構えについてのことだろう。ささやかな希望や夢はきっとあるのだけれど、それはさておき、大志などいだかずに日々を生きているわが身である、それでいいじゃんとまあ自足しているのであるが、向こうから蠅が飛んできた、ようし、叩いてしとめようと思いっきりたたく、仕留めた!よし。上出来だ。大志いだかずとも蠅はしとめられるわよって、にんまりとする。こう鑑賞してみたが、ややニュアンスはちがうかもしれない。この作者はそれほど自己満足的人間ではないのだ。「志すもの無し」という措辞にそうやって今日まで生きてきてしまった自分に一抹の寂しさを覚えているのかもしれない。そんなかすかな思いをいだきながら目の前の蠅をたたき落とす、見事に仕留めであられると思った。 「句歌詩帖『草藏』」に入会して八年。 句会での佐々木六戈代表は厳しくも的確に又、良い所は著者より深く熱っぽく誉めて下さる。その強弱が八年となる証かもしれない。 思えば四十代、人に誘われて訳もなく句会を経験し、情けないことに真剣に取り組む姿勢に欠けていた。今更嘆いてもしかたがない。 今できること……。高齢になり仕事は世代交代できたが、句作りはそうはいかない。 心まで老いず、精神力を失わず、自分なりに少しでも前に歩けたらそれでいい。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 前向きなガッツある「あとがき」である。 この心意気。。。素敵だ。 本句集の装丁は君嶋真理子さん。 光沢のある用紙を用いているが、上品な仕上がりである。 表紙はつむぎ風の淡いピンク。 石井恵さんが実際にご覧になってお決めになられた。 紅と白のツートンの花布が可愛らしい。 栞紐も紅色に。 名もなき日名もなき人とあたたけし 石井恵の句集『句鏡』とは句が映し出す、その時々の、ひとりひとりの、一句一句の石井恵その人である。(佐々木六戈・序文より) 寒風に真向かいて愛されている 本句集、好きな句はおおかったけれど、巻末におかれたこの一句は特に好きである。歳を重ねて生きてこられてこんな風に言えるということは素晴らしいと思う。カッコいいなあとも。こんな風に言える晩年でありたい。 わたしのお腹の上に乗っている。 しかもわたしはバランスボールの上。。。。 あやういわたしたち。 ![]() #
by fragie777
| 2021-02-22 18:37
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2月21日(日) 旧暦1月10日
国立・谷保の紅梅。 紅梅も白梅も咲いていた。 白梅。 やきそば屋さん 焼き芋屋さんも。 この梅林は地元の人たちが自由に出入りできるところだ。 いつもは神社で飼われている神鶏たちが闊歩しているのであるが、今日は見当たらない。 と、思ったらこんなところにいた。 木の上に非難していた。 わがキングも、木々の間に身をひそめていて近づくことが出来なかった。 ともかくもにぎやかな梅林だった。 これは城山公園の雑木林にいたヒヨドリ。 ヒヨドリはかわいい鳥であると、つくづくと思う。 囀の奥へと腕を引つぱらる 鴇田智哉 そびゆべし囀はわが死後の木に 小津夜景 囀に干すくつしたの指五本 津川絵理子 午後仕事場まで歩く。 薄いコートをはおったのだがそれでも途中で暑くなった。 すでに日焼け止めクリームを塗って外歩きをしている。 ひさしぶりに会ったセミオくん。 こちらはセミコちゃん。 今日は元気よくリリリって鳴いて、仙川を行ったり来たりしていた。 #
by fragie777
| 2021-02-21 21:12
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2月20日(土) 旧暦1月9日
春らしい一日。 国立・谷保天神の梅はかならず見ることにしている。 友人たちと待ち合わせ。 今日の空の青さは梅の花のためにあるよう。 たくさんの人出である。 梅林を額明るく過ぎゆけり 桂 信子 「緑色の梅が咲いているよ」って教えてもらった。 ほんわかと緑色である。 正式な名前を教えてもらったのだけど、忘れた。 いつものように古民家でひと休み。 古民家には古雛が飾られていた。 古雛を見ながら、わたしんとこのお雛さま、今年はどうしようかなあって思う。 白梅や蕊の黄解けて真盛り 鈴木花蓑 春の鳶だ。 ピーヒョロロって鳴いていた。 古民家で皆とわかれてわたしはひとりで早春の雑木林をうろうろすることにした。 このまま帰ってしまいたくなかった。 とってもあったかい。 マンサクが咲いていた。 今年も見ることができた。 ずっとずっと見てきた風景だ。 帰りは鶫に出会う。 すっかり鶫と親しくなった。 畑地をつぶやくように鳴きながら飛び歩いては餌をさがしている。 しばらく一緒に歩いていく。 俳人の石田郷子さんに、 「今年は鶫によく出会うのね。。」と話したところ、 「もうすぐ帰っちゃうよね」と言ってちょっと遠い目をした。 石田郷子さんのそういうふっとした表情が、ああこの人は人間よりも野生のものに近いところにいるっんじゃないかって、わたしにおもわせるところだ。本人はなんのはからいもないのだけれど。 そうか、鶫も3月ごろにシベリアの方へ帰ってしまうのだ。 今度来た時に会えるだろうか。。。 今日は久しぶりに友人たちにあったのだが、 男友達のひとりに「可愛い眼鏡をしているね」って会ったとたん言われた。 まあ、眼鏡が褒められたのだけど、良しとしよう。 古民家の縁側でまったりとしていたら、別の男子に、 わたしの履いている赤い靴を指さしながら、 「これ、いいね!」って、わたし自身ではなく、やはりわたしのグッズである靴を褒められた。 「ああ、ありがとう!」 「なんだかどこまでも歩いていけそうな靴だね!」 「うん、そうね」素敵な褒めことばにちょっと嬉しくなった。だから、 「ホント、どこまでも歩いていけそう。」ってわたし。 で、 「あなたのところへも歩いていけるわよ」 なあーんてね。。。 嘘です。 こういうセリフは言いません。 こんなセリフを吐けたら、わたしの人生ももっと華やかであったことかもしれない。 が、はなっから恋愛体質ではないので思いもつかないし、 まあギャグで言ったりはするかもしれないけれど。。。 あはっ。 褒められた赤い靴。 どこまでも歩いていける靴みたいでしょ。 気にいってんだ。 たまに友人たちと会うっていうのも、いいもんである。。。 靴と眼鏡、褒めてもらえるしさ。。。 海猫鳴くや会ひて淋しくあたたかく 岡本 眸 #
by fragie777
| 2021-02-20 18:47
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2月19日(金) 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる) 旧暦1月8日
今日も大分あたたかい。 ![]() わたしの好きな小鴨(コガモ)がめずらしくじっとしている。 小鴨は動作が機敏ではげしくうごきまわり、なかなか写真にとりにくい。 このときとばかり観察する。 目をひらいていたかとおもうと、 目を閉じる。 そんなことを繰り返している。 まったく寝てしまっているわけではないらしい。 遠目では翠色にみえるところが今日は藍色にみえる。 光の具合で微妙に変化するのがおもしろい。 思うに鴨たちがまとっている(?)色彩、おしなべてわたしの好みの色である。 渋くて深くてなんとも良き色をしている。 翡翠も美しいが、こういう色合いもわたしは好きである。 色の配分も心憎いばかりである。 美しい水鳥たち。。。 (雌は雌でその渋さがいい) 『森田峠全句集』の見本が出来上がってくる。 スマートで明るい一冊になった。 来週なかばにはすべて出来上がる予定である。 花切れをツートンカラーにして良かったことを確認。 できあがってきたばかりの本というのはたいへん愛おしい。 この世に生まれて来たことを胸に抱きしめて祝福したい。 で、実際にそうしたのだけど。 俳人・森田峠には鴨を詠んだ句が多い。 そのうちより、一句。 鴨すべて東へ泳ぐ何かある 森田 峠 津川絵理子さんより今日いただいたメールの内容に、おそれおののき驚愕した。 というのは、津川さん、蛾を幼虫の時から育て、成虫になったいまもそれを手の上にのせて餌をやっているというのだ。 こんなふうに。(津川絵理子さんの了解をいただきメールの一部を紹介します) スズメガ(セスジスズメ)の餌やりは一日一回です。 砂糖水を飲んでいるかどうか確認しにくいのですが、 少しは飲んでくれているのではないかと思います。 手の中で大人しくなったころを見計らって、つまようじで口吻を伸ばしてやります。 怒ったような複眼がまた美しいのです。自然ってなんて不思議で凄いのだ!としみじみ思います。 「スズメガ」ってご存じ? 苦手な人はみては駄目。 このメールを読んだとき、正直(津川さん、スゲー、無敵!!)って心の中でおもった。 だって、蛾を、(ああ背筋がふるえる)手にのせて楊枝で口をひらいて砂糖水をあたえて、目が美しいってうっとりしているんですよ。考えられます?! うかがえば、ほかにもいろんな虫をそだてておられるらしい。 「やっぱり津川はヘンなやつだっておもわれるかも」ってメールのお返事にありましたが、いやいや、そのあくなき追求心と愛情、津川さんの感性はこういうところでも養われているのだと。。。。 新刊の句集『夜の水平線』はすこぶる好評であるが、その作品をささえる背後にはたくさんの愛おしい命がひしめいているのです。 いやあ、絶対津川さん家には遊びにいけないなあ。。。。。残念。。。。 わたしなんか鳥たちを遠くで見て、きれいだなあ、かわいいなあって言って写真を撮っているだけで、その命には関与していないのだから、ラクなもんよ。 そういえば津川さんは、かつて十姉妹を育てていたことがあった。 その時の愛情のかけ方も半端じゃなかったことを思いだしたのだった。 #
by fragie777
| 2021-02-19 19:17
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2月18日(木) 雨水 旧七草 旧暦1月6日
鴉ってやっぱり頭よさそうだ。 向こう側の鴉なんて、よしだくんって呼んだら返事しそう。 (なぜ、よしだくんなのかわからない、とっさにうかんだ) わたしの行く手にいて逃げようともしない。 おそるおそる前をとおる。 品定めをされている気分。 雨水かな空うごかして鴉とぶ 八田木枯 ひさしぶりに書店に入った。 仙川には駅の二階に啓文堂という本屋さんが入っていてそれなにり品揃えをしている。 この一年は一,二回ほどしか足を踏み入れていない。 今日は、いますすめているエッセイ集の判型を参考にしたく行ってみた。 コロナ状況下で本を読む人がふえていると聞いていたが、本の品揃えが充実しているのには驚いた。 かなりマニアックな本まで取りそろえてあって、つい足がとまる。 結局四冊も本を購入してしまった。 むかしは毎日のように本屋に来ていたのに、買っても買わなくてもそこで時間を過ごすことが刺激的だった。 とんと足が遠のいてしまった。 映像を見るだけでなく活字を読むことをしないと脳の筋肉(あるか?)が衰えるって、ふっと思った。 いやもう、ベロベロの筋肉(?!)だろうな。 本屋にいく楽しみのひとつは、ネット購入ではけっして味わえない、様々な意匠にふれることできるということだ。 どんな用紙を用いてどんな印刷技術を駆使してどんな造本をしているか、こちらの思いをみごとに裏切ってくれるような一冊に出合うと、ヤラレタと思う。 やはり紙の本はかけがえのないものである。 購入した四冊のうち一冊は、はじめて知る版元のものだ。 一冊だけ棚に飾られていたものを手にした。 シュルレアリスム系の本であり、図版を豊富に使用し、なによりもレイアウトに凝っている。 本文用紙も通常の本文用紙をつかっておらず、グレーのラシャ紙をつかい、そこにさまざまなレイアウトの文章が案配され、ある時は白黒反転で文字が刷られている。つまりバックが黒、文字が白。ときには文章は斜めにおかれ、極めてみじかかったり、かなり全体が奔放であるが、十分に計算されつくして統一がとれている。この本作りにかけた膨大なエネルギーをおもった.魂を入れ込まないとこういう本はつくれない。 この版元をネットで調べてみた。 1967年創立とあるから、50年以上の歴史のある版元である。 へえー、そうなんだ。知らなかったわたしが無知なだけかもしれない。 どんな本を買ったかはあまり言いたくないので、内緒にしなくてはいけない本ではないけれど、 ちょっとだけ。 白く本文がみえるけれど、グレーである。 そしていま奥付をみて驚いた。2015年に刊行された初版である。 こういう面白い本が、新刊書のように棚にかざられて売られている。 そう思うと、このコロナ状況下、 書店に行ってみると思いもかけない一冊に出合うかもしれない。 みんな、地元の書店に行こう。 そんなこと、はなっから分かっているって。 yamaokaが知らないだけって。 そ、そう、よね。 なんせこの一年ほとんど書店に行かなかったのよ。 失礼をいたしました。。。。。 鴉にも笑われそう。。。 #
by fragie777
| 2021-02-18 18:34
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2月17日(水) 旧暦1月6日
歩いて出社。 夕食後、二日続けてアイスクリームを食べたら体重がみごとに増加。 で、歩くことに。 風に美しく吹かれていた白鷺。 仙川にはたくさんの白鷺がいる。 いま、我が家はカラスに狙われている。 と、いうのは、 ゴミを出すときに大きなポリバケツにいれて出していたのだが、それが壊れてしまって新しいポリバケツを買うこともなく、そのままゴミを袋にいれて出していたところ、さっそく生ゴミ漁り攻撃にあったのである。 朝わたしが家のドアーを開けるとカアっていってカラスが鳴く。 昨日も鳴いて、今日も鳴いた。 マークされているのだ。 一刻も猶予はならぬ、ということで今日は島忠にいって特大のポリバケツ(蓋付き)を購入。 さっそく明日から使うことにしよう。 カラスどもの悔しそうな顔をカメラにとりたいところである。 時間がかかってしまったが、とうとう「短歌遠足帖」の一部抜きがあがってきた。 「おお、できたか!」と手にとる。 一部抜きであるので、まだ製本はされていない。 歌人の東直子さんと穂村弘さんが中心で、そこに毎回ゲストをまねいていろんなところに行って、短歌をつくろうっていう試み。 たのしそうでしょ! ゲストがなんとも驚くほど多彩で素敵だ。 岡井隆さん、芥川賞受賞作家の朝吹真理子さん、演劇作家で劇団「マームとジプシー」主宰の藤田貴大さん、マンガ家の萩尾望都さん、漫才コンビ「麒麟」の川島明さんの5人。 みなさん、始めて短歌をつくる方ばかりだ。 しかし、ここでは紹介しないが、その短歌がすごくいいのだ。 編集部より宿題をだして短歌をつくってもらい、散歩をしながら短歌をつくってもらう、いわゆる即吟である。そしてそれをお互いに批評しあう、会話形式であるので、話がビビッドで面白い。 場所は、それぞれちがって、東京タワー、鎌倉、井の頭公園、大井競馬場、上野公園。どのゲストがどの場所かちょっとあててみてくださいな。 そのゲストに相応しいところで吟行してます。 わたしもゲラを詠ませてもらっておもわず読みふけってしまった。 そもそも、担当のPさんが「こんなことをやったらどうだろう」と提案し、それを東直子さんに相談し、そこに穂村弘さんも参加してくださって出来上がったもの。 オールカラーで写真がたのしい。 すこしだけ中を紹介したい。 発売は3月3日、 まもなく予約受付ます。 定価1600円+税 #
by fragie777
| 2021-02-17 18:42
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2月16日(火) 旧暦1月5日
駐車場で見上げた今日の空。 どうしても行かなくてはならないところがあって、世田谷線に乗った。 世田谷の住宅地をトコトコと走る世田谷線はすきだけれど、、、、 今日は、 ひどく混んでいた。 どうやらほかの線で事故があったらしく振替輸送が行われていたことによるらしい。 これほど混む電車にのったのはコロナ状況下ではじめてである。 かなり緊張した。 わたしの緊張とはウラハラにひどく派手で明るい世田谷線。 キャンペーン期間で去年の9月から一年間この装い(?)で走るらしい。 どこによるなんのキャンペーンかははげしく省略して、ともかくもモザイク模様が売り(?)であるらしい。 わたしは電車の車両の色とか模様とかは比較的敏感な方なのですぐカメラに撮ったりして楽しむ。 じつはここだけの話だけれど、この「SDGs TRAIN」の理念なるものについてホームページを覗いたりしたのだが、いまひとつ分からなかった。これはヒトエにわたしの理解力不足によるものだと思うけど。 でも、この色合いはきらいじゃない。屋根のむらさきがとても美しい。 旧暦2月16日は、西行の忌日である。 目下すすめている渡辺誠一郎著「佐藤鬼房の百句」には、西行の歌が二度ほど鬼房の句の鑑賞において引用されている。 願はくば花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃 西行の有名な歌であるが、この歌に応答するかのように鬼房は、 只者で死にたい橅の芽吹き頃 と詠んだ。渡辺誠一郎さんは、 西行は桜とともに成仏を願う。桜は仏に祀るものである。対して鬼房は、〈只者で死にたい」と。(略)素の己の姿そのままmに、〈只者で死にたい〉とは鬼房らしい境地。橅の木は東日本の植生の象徴で、深く豊かな森をつくる。縄文文化の豊かさを支えた植生である。鬼房はまさに、只者としてみちのくに生まれ、只者として橅の芽吹くみちのくの春に死を願ったのだ。 と鑑賞する。 鬼房のこの一句、東北人らしい無骨さがあってわたしは好きだ。 山毛欅を見上げるたびに思いだすことになるだろう。 本著は目下再校ゲラの段階、刊行まであと少しである。 佐藤鬼房の俳句へのよき入門書であり、さらなる鬼房理解をふかめるものとなると思う。 橅の芽吹きはすでにはじまっている。 これは昨年の12月の見上げた神代植物園の橅の木。 会いに行きたいが、目下植物園は緊急事態宣言によって休園状態。 この木の下にたって、芽吹きの様を見届けたいと心から願っている。 塩竃市にお住まいの渡辺誠一郎さんに、地震のことをメールでお尋ねしたところこ 大丈夫です。 家がバリバリ音を立てるような激震でした。 先の大震災よりもゆれば短く一分ぐらいでした。 でも書架から落下した本の数は4倍ぐらいでした。 朝から町内会の点検でした。防災担当なのです。 というお返事だった。 「家がバリバリ音を立てる」なんて、さぞ怖かったのではないか。 わたしなんて心臓がもたないな。(ホントよ) あの夜、わたしは家を飛び出して、お隣の雑木林に逃げ込む体制だった。 (人さまの造園の林なので、その前でウロウロしていた) 新型コロナウイルスに対しては、気をつけましょうって言えるけれど、地震についてはこれはもう気をつけるっていったて、地震につよい大型マスクがあるわけじゃないし、いったいどう気をつければいいの。。。。気合いで地面を押さえるか。。。。。 #
by fragie777
| 2021-02-16 18:52
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2月15日(月) 二の午 旧暦1月4日
三鷹・丸池公園に咲いていた白梅。 いよいよ梅の季節となる。 国立・谷保天神の梅は咲き始めただろうか。 毎年かかさず行っていたので、梅の花というと谷保天神を思い浮かべる。 神鶏たちも元気にしてるだろうか。。。 昨年は、愛猫のヤマトが死んだ朝に谷保天神の梅を見上げたのだった。 ちょうど一年前の今日だった。 前の晩までふつうにしていて、翌朝起きてみたら死んでいた。 身体はまだあたたかく抱くとぐにゃりとした。 苦しむこともなく静かに息をひきとったのである。 20歳。 「長生きしてね」と言っていたわたしの気持ちに応えるべく長生きをしてくれたのだった。 立派な賢い猫だった。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯有り 146頁 二句組 梅岡貴美子(うめおか・きみこ)さんの第1句集である。著者の梅岡さんは、昭和18年(1943)愛媛県生まれ、松山市在住である。平成16年(2004)「天為」入会、平成23年(2011)「天為」同人。俳人協会会員。昨年12月に急逝をされた有馬朗人氏がご序文を寄せている。その序文によると、 貴美子さんは愛媛県に生れそこで育ち、しかも松山市に住まわれ、河東碧梧桐にゆかりのある宿屋「うめ乃や」を長年経営しておられた。碧梧桐の書の額が飾られている瀟洒な宿屋である。現在は御嬢様に譲られたが、このような御仕事や雰囲気の中で生活され、俳句を作られたのである。 きっと知る人は知る「うめ乃や」なのであろう。そこの女将を長い間しておられたようである。 有馬朗人氏の序文は、梅岡貴美子さんへのあたたかな思いにみちたものである。抜粋して紹介したい。 貴美子さんはしっかりと風物を見て、写生して俳句を作っておられる。 家並の影すこし濃く今朝の秋 落ちし鮎夕焼のいろ身に染めて 峡の村まだ明けきらず曼珠沙華 山の端をふはりと離れ十三夜 谺にも遅速のありて威銃 のようにどの句も適確にその光景を描いている。しかも作者の温厚な人柄が滲み出ている。(略) 人生百歳の時代、貴美子さんが第一句集『桜刻に』の出版を契機に、一層御元気に作句に励まれることを希望している。 梅岡さんの「あとがき」でも書かれているように、百二十歳まで生きるとおっしゃっておられた有馬朗人先生が、百歳をまたず急逝してしまわれたとは、わたしもいまだに信じられない思いである。 いま花の下より電話してゐます 如月や帯きつく締め海を見に簾てふ曖昧なもの路地住まひ 田水張り室生の里は暮れ残る たをやかに天平の紙漉き継ぎて 初釜や少年の声よくとほり 弘法の手形の凹み冴返る 春の陽を集めしパジャマたたみけり 春障子閉めてとほのく子らの声 担当の文己さんの好きな句を紹介した。 いま花の下より電話してゐます 旅館の女将でいらっしゃった海岡貴美子さんである。さぞ多忙な毎日だったことだろう。携帯電話を身体からはなすことなく、なにごとにも即時で対応し、自身のことよりお客さまのことを第一に考えて行動する。この一句、そういう状況下の一句として考えてもいいのかもしれない。お花見という長閑な時間をすごしているのではなく、女将さんにスタッフが電話をしてきたのだ。何か指示を貰うために、あるいは困ったことがおきて、急遽相談の電話かもしれない。女将さんはお客さまを桜の下へと案内している最中、この一句を支配しているちょっと前のめりな緊張感は、そんなことを思わせる。仕事の現場でできた一句か。背後の花の優美さが際立つ。 春の陽を集めしパジャマたたみけり 春の日差しのなかに干されていたパジャマ。それを取り込んでたたんでいるのだ。「春の陽を集めし」という措辞、そのやわらかな春の陽を逃がさないように丁寧にパジャマをたたむ。春となって気持ちも緩んできてパジャマをたたむという労働にも、ひょっとしたら泊まり客のパジャマかしら、その労働に対してもどこかゆったりとしたゆとりをもってのぞむことができるのだ。こんなパジャマを着てねるとまさにあまやかな春の夢へと誘われるだろう。わたしも着てみたい。 春愁や淡き汚れの足袋洗ひ これはわたしが気になった一句。足袋の「淡き汚れ」が春愁を呼び起こすのだろう。足袋は白くなくてはならぬ。呉服業をいとなんでいたわたしの母の鉄則だった。日常着が着物だったので、足袋は毎日履き替える。母の場合は、洗濯機で洗わず、ぬるま湯につけておき、歯磨き用ブラシでごしごしと洗うのである。どんなにうっすらとした汚れも許されない。旅館の女将でいらっしゃる梅岡さんもきっと和服姿でご商売をしておられたことと思う。その足袋の汚れを洗う、うっすらとした汚れ、そんな毎日の繰り返しである。足袋を洗いながら自身の女将としての日常がその足袋の汚れを通してみえてくる、ふっと憂鬱な気持ちになる。春となって身体もゆるみだしたとき、緊張していたこころもふっと緩みだしたのだ。 極寒の雨はむらさき母の逝く お母さまが亡くなられたときの一句である。前後の句に「母様の大き掌ぬくきかな」「戒名に「瑞」の字賜ふ明の春」がある。ほかにも本句集にはお母さまを詠まれた句がいくつかある。お母さまへの思いが「雨はむらさき」に象徴されているのではないだろうか。雨が紫色にみえたということってどんな意味があるのだろうか。すでに夜の気配が濃厚で、そこに降る雨は夕暮れの紺のいろというよりもやや赤みをおびた典雅な色合いがある、きっとお母さまがむらさきがお好きだったのかもしれない、そんな母への思いが、いつもとちがう雨の色となって作者に迫ってくるのだ。この「むらさき」という色が、作者の母への思いをすべて語っているのだと思う。 『桜刻に』は私のはじめての句集です。 まだ、五七五の世界を知る前、いくつかの難しい病を得ることとなります。 歩くのもお皿を持つことさえもむつかしかった時、「だまされたと思って行ってみたら。」と言われ、必死で通った鍼治療の約十年。旅に出ることがかなった時の喜びは忘れることができません。 次におそってきた病のため、大学病院へ入院することとなります。生きるか死ぬかと家族の案じた日々。私の支えとなった、今は亡き教授の回診時の「大丈夫ですよ。」の温かくひびいた言葉。四ヶ月後に退院する事ができました。 その何年か後に俳句を知ることとなり、宿の仕事をし乍らぼちぼち作ってみることになります。 その後、あることを機に、有馬朗人主宰の「天為」に入れて頂く事になりました。平成十六年の事でした。 そして、次の私への試練は眼の病でした。何度かの入退院後、有馬主宰が松山句会にお見えになった折、何げない会話の中の「病気の時こそ俳句を忘れたらいけませんよ。」の言葉がずっと耳に残っておりました。 今回手術に際して、𠮟るように私に言われたある眼科医の「あなたね、自分で生きてるのじゃないのよ。生かされているんだから。前向きに考えないとね。」色々な言葉が今の私を支えてくれております。 どの山を越えた時も、いつも桜の季節であった様に思います。それで句集名を「桜刻に」としたいと思ったのです。 「あとがき」の前半の部分を紹介した。大病を乗り越えてこられた梅岡貴美子さんである。句集の命名の由来も書かれている。旅館業をいとなみながら、病を克服し、そうしてこの度の第1句集の上梓。 さぞや感慨深いことであろうとおもう。 この「あとがき」には、「追記」が付されている。句集編集過程で亡くなられた有馬朗人氏への追悼である。後半の部分を紹介したい。 愛媛県総合科学博物館初代館長をお務めになられ、その後も学芸員指導の為愛媛にはご縁があり、「次回は令和三年の三月に来ますからね」と帰京されたのに、まだ先生が逝かれたとは信じられない、信じたくない私達は、先生が黒い重そうなかばんをお持ちになって「やあー」とお姿を現して下さることを待っております。 ほんとうにわたしも信じられない思いである。ついこの間、お電話をくださったばかりなのに。 この句集をご覧いただけないことも残念である。 装丁は君嶋真理子さん。 桜がテーマの装丁はなかなか難しい。 最初はこの装画はカラーだったのだが、特色印刷でいくことを君嶋さんに提案した。 カラー印刷では平凡になってしまうように思えたからだ。 君嶋さんがそれを上手にデザイン化した。 タイトルは金箔押し。 表紙は横織の濃いローズ色。 カラ押しにはタイトルと桜を配した。 背は金箔。 見返しは金銀の箔がある用紙。 扉。 花切れは金、栞紐は、ピンク。 甕覗(かめのぞき)てふ酒ありて良夜かな 貴美子さんの人柄は優しい。しかも身辺の風物をその優しい目でしっかりと見て作句に励んでおられるのである。(有馬朗人・序) いま「うめ乃や」はご息女の今山美子さんによって女将が引き継がれている。 その今井美子さんが、梅岡貴美子さんのお写真を送ってくださった。 ![]() 薩摩琵琶をかかえた梅岡貴美子さん。 今井美子さんからの文己さんあてのメールをご紹介したい。 はじめてお便りさせていただきます。 このたびは、句集「桜刻」出版にあたりましては母梅岡貴美子が大変お世話になりまして ありがとうございました。娘の今山美子と申します。 母の背を追いかける日々でございます。 大好きな母の背景と歴史を思いながら拝読いたしましたら、大泣きをしておりました。 そして、思わずうっとりしてしまう優しい装丁でございました。 優しさの中にいつも強い信念をもつ女性を感じる句集に仕上げて下さり本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。 旅が自由にできるころ、我家にお運び下さいませ。 母の心が言の葉となりました空間をぜひともご覧くださると幸せでございます。 当館で「薩摩琵琶の音色に酔いしれる観月会」のときの母の画像を送らせて頂きます。 たくさんのことに興味を持ち続ける母のあどけない一面を覗かせる一枚です。 お会いできる事を楽しみにいたしております。 ありがとうございました。 梅岡貴美子さんは、今年喜寿をむかえられる。本句集はその記念でもある。 梅岡貴美子さま。 句集のご上梓、そして喜寿、まことにおめでとうございます。 春障子閉めてとほのく子らの声 いまこのブログを書きながら気づいたのであるが、梅岡貴美子さんのお名前とわたしの名前、漢字では二字ちがい、梅と貴(山と喜)音でよむと、梅(うめ)と山(やま)の違いのみ、すごく似ていると思った。(ちなみにわたしの名前は山岡喜美子) だが、だが、 梅と山の違い、貴と喜の違い、このふたつだけでなんとも名前の雰囲気がちがう、 梅の方が圧倒的に山より優美、そして貴も喜よりはるかにかぐわしい感じ。 お会いしたことがないけれど、きっとお名前どおりの匂いたつような上品なお方のような気がする。 わたし? 知ってのとおりよ。 「山」がふさわしいたくましいがらっぱちな女で、「喜」が象徴するように「能天気」である。 まあ、いいじゃないっすか。。 #
by fragie777
| 2021-02-15 19:52
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