出産は女にしかできない、わけではない。

2月1日（土）　　旧暦1月8日

今日から2月である。

春はもうそこまで来ている。

今日はいつもの道とはちがう道を選ぼうということで、向ヶ丘駅をおりてから久しぶりに脇道にそれたのだった。

すると、どうしたことか、馴染みであるはずの景色はどこにもなく、写真のようなぶっきらぼうな空き地が展開していた。

たしか、ここにイタリアンレストランがあったはず。。

立派な石造りの胸像が玄関横に置かれていたお屋敷はどこに。。。

木造の古いアパートが二軒ならんでいたはずなのに。。。

たまに梨を買うことのあった農家もあとかたもない。。。

目の前のだだっ広い空き地よりも、わたしにはそこにかつてあった建物の風景の方がよりリアルである。

見知らぬ風景のなかに迷い込んでしまった、、、

春を感じさせるような明るい陽光にさらされて、わたしはしばし立ちすくんでしまう。

わたしの大脳皮質には、眼前にあるものよりもすでに失われた物や景色や人の割合の方が多くなってそれらでひしめいている。

ある時はそれらの方がいきいきと呼吸し活動している、在るものと無いものが渾然一体となって生と死の境目がなくなりつつある。

そんな感覚に襲われることの多い今日この頃となった。

歳をとる、ということはこういうことか。。

俳誌「鷹」２月号の俳句時評では、柏倉健介さんが「俳句とジェンダーを考える」と題して、神野紗希著『女の俳句』についても触れている。神野さんの問題提起を理解しつつも、さらに「現代のジェンダーをめぐる議論」に踏み込んだものとして興味深く読んだ。抜粋して紹介したい。

〔略）

同書は神野氏が「ふらんす堂通信」に連載したものをまとめたものだが、そのコンセプトは、「女が詠んだ俳句」ではなく、「女を詠んだ俳句」に着目すること。女性が俳句のなかでどう詠まれてきたかを検証することで、たとえば男は仕事、女は家事育児というような旧来の性役割を前提とした社会通念には抑圧されない、自由な主体のあり方を探っていこうという試みである。内容を少し具体的に見てみよう。

と記し、〈妊りの乳房が熱し落葉山　辻恵美子〉や〈あたし赤穂に流れていますの鰯雲　摂津幸彦〉などの句に対する神野紗希さんの読みの鋭さを指摘しつつ、

「愛情は泉のごとし毛糸編む　山口波津女」についても、「愛情を起点とした奉仕精神にあふれてい」て「社会が女たちに強要してきたあるべき姿を思い出さざるを得ず」、この句が苦手だったと神野氏は率直な感慨を述べる。同世代の俳人が首背するところだろう。

このように本書は、これからの俳句とジェンダー（文化的に獲得された性）を考える上で、示唆に富んだ内容を含んでいると言える。ただ一方で、現代のジェンダーをめぐる議論には、まだまだ追い付いていないようにも思えるのだ。

例えば、LGBT（同性愛、両性愛、性別越境）を巡る問題。「生まれてきたときからすでに女であるという肉体的事実」と神野氏は述べるが、身体的特徴とは別の次元にある、自身を男性っと思うか女性と思うかという「性自認」の問題をどれほど認識しているのか。また、「出産は女にしかできない」と氏は断言するが、男性で初めて出産したとされるトーマス・ビーティ氏は女性として育ち、手術を経て｢男性」になった後に出産した人物。ジェンダー論では非常に有名。

〔略）

今後若い世代からは、既存の女／男らしさを脱却した、ジェンダー・フリー俳句が続々と登場するのだろうか。「女性にしか詠めない繊細な句」「男ならではの大胆な把握」――少なくとも、作者の上辺の性に安直に句の解釈を求める時代は終わろうとしている。私には、その様に思えてならない。

『女の俳句』を充分に評価しつつ、鋭い示唆にとんだ批評である。

男性で出産したトーマス・ビーティさんにわたしは少なからず驚いたのである。

知らなかった。

そうなんだ。

女性＝繊細　男性＝大胆　という発想はたしかに陳腐だしそうはもう言えないと思うのだけど、セクシャリティとは何か、あるいは自身のセクシャリティへの思いをふかめつつ句を詠み、句を解釈していく、そういうことは大事なようにも思われるのだ。