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10月31日(金)
![]() 花水木の実。 菱の実の水を離れて尖りけり 綾部仁喜 句集『沈黙』の収録の一句。今日の船団ホームページで、ふけとしこさんが紹介している。ふけさんの鑑賞を読んでいるとこの「菱の実」というものがどういうものであるか、ようくわかっていることがわかる。こういう句にこころが立ち止まるというのは、季語である「菱の実」を熟知しているからだ。「水を離れて」で詩になった、とふけさん。それもまた「菱の実」というものを知らなければわからないことである。 ![]() 今日送られてきた俳誌「円錐」である。澤好摩さんが発行人だ。 「追悼・長岡裕一郎」とある。今年の4月30日53歳で逝去。「知る人ぞ知る」伝説の俳人だった。「豈」と「円錐」に所属し、俳句も短歌も早熟な才能をしめし、もとより大学で専攻した絵画にも豊かな才能があった人だ。この「円錐」の表紙絵も長岡さんのものだ。親しい俳人の方、たとえば大井恒行さんなどが、「長岡裕一郎がね…」と語るとき、そこには彼へ対するある敬意ともいとしさともつかぬような特別な思いがあった。「円錐」では、わたしの存じ上げている俳人の方たちが、彼の死を悲しみ、その果たせなかった思いを悔やみ、そして彼の魂に親しみをこめて呼びかけている。愛された人だったんだなあ…と思った。 わたしはこれまで長岡さんには2,3回しかお目にかかっていない。仁平勝さんの結婚式のときに、テーブルがいっしょだった。さびしそうなもの静かな方だった。次にお目にかかった時にスリムだった身体がものすごく太っていて、すこし病的なものを感じ、大丈夫なのかしら……と思ったことがある。「孤独な影」をつよく感じた人だったが、この「追悼」でこんなにも彼を心配し、彼をはげました仲間がいたことを知ったのがうれしかった…。 どういうご縁からだろう、このたびふらんす堂で、長岡裕一郎句集『花文字館』を刊行させていただくことになった。彼の画をたくさんちりばめたこの句集は長岡さんみずからがはじめて世に問う句集となるはずであった。自身の急逝をどうして予測できたろうか? 友人や知人の句集のためにたくさんの装画を描いてきた長岡さんが、はじめて手にする句集となるはずであった。なんということか、あまりにも無念な死だ…。その遺志をついで、姉君の池田ひろみさん、妹君の板屋ちさとさんがその念願を果たそうと頑張っておられる。この「円錐」に池田さんは短歌を、板屋さんは俳句をよせて追悼をしている。 蝶々をA4版に閉じこめて貴方はずるい独りで逝った 池田ひろみ 絶筆の紅き軌跡は命の画 板屋ちさと 句集『花文字館』はその集名のごとく、きわめて華麗な長岡さんらしい一冊となる。彼の美意識が、ちりばめられ息づいている。 思いもかけなくふらんす堂でこの句集を刊行させていただけることになったことを、 ……天上の長岡さんが、そう望んだ。 って、ひそかに思っている。
by fragie777
| 2008-10-31 21:08
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