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10月27日(月)
![]() 「風を嗅ぐ鹿」ではなく、ポニーである。 遅くなってしまって、自転車を仕事場にむけてぶっ飛ばしている朝に出あった。 朝の動物のにおいはかぐわしい。まるで、光に充ちた水滴がさらさらとこぼれる森をぬけて来たようだ。 讀賣新聞の25日の夕刊の俳句時評で、西村和子さんが、日原傳さんの句集『此君』をとりあげて評している。「『梨食うて心すずしくなりにけり』『古書街の南画に涼む男かな』に見る精神の涼しさは、この季題の本質を我がものとした証である」と。栞をよせた大木あまりさんも「心涼しく」は本句集のテーマであり、作者の思想でもあると思う。と書いておられた。 「心涼しい男」とは、なかなか素敵な言い方であるが、いったいどんな男なんだろうか…、とわたしは考えてしまう。まず、よけいな物欲がない。権勢への欲望もない、金銭欲も少ない…、つつましやかなもので事足るっていうことか…、そうね、俳優で言うと、ちょっと古いけど、「ローマの休日」のグレゴリー・ペック演じる新聞記者なんてそんな感じがしません?…。日原さんの場合、きっと俳句への思いは深く、それ以外は、まあすっきりとそんなに固執したりしないっていうことなのでしょうね…、「暑苦しい男」っていうのもいる。「涼しい男」の反対を考えればいいのでしょう。しかし、表面的な、そこにいるとうざいといった「暑苦しさ」ではなく、もっと「心暑く野心に燃えた男」という意味であれば、たとえば、スタンダールの小説『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルのような、これはこれでとても魅力的ではある。そうね、「心涼しき男」と「心熱き男」をどっちを選ぶか、究極の選択を迫られたら女として、どっちを選ぶかなあ、グレゴリー・ペックとジュリアン・ソレル……、ウーム悩むう、どっちも捨てがたい、しかし、わたしはやっぱ、「心涼しき男」かな…。でも、あまりにも「心涼し」すぎるとこれはこれで女が苦労をするっていうもんよ。……えっ、あらまっ、日原さんの俳句作品のすばらしさとは全然関係ありませんでしたね。 今日の船団ホームページは、ふけとしこさんが、朝吹英和さんの句集『光の槍』より選んでくださった。 一枚の螺鈿を咥へ鶴渡る 「何と美しい句だろう」しかしきっと「作者の作り上げた鶴である」と言う。身体のすみずみにまで「端正」という細胞が植え付けられている朝吹さんという人にはふさわしい一句だとわたしは思う。もうすぐ、彼の評論集『時空のクオリア』が出来上がってくる。音楽と俳句の美しく壮大なる交響曲とも呼ぶべき、渾身の一書となるはずである。 俳人の井越芳子さんにちょっと伺いたいことがあって携帯にお電話をした。 「いま、私奥日光にいるんですよ」 「ええ!!どうして?」と聞けば、仕事をお休みして俳句作りのためにひとりでやってきたという。 ときどき奥日光には来ると。 「こっちは寒いわ…」と井越さん。 俳句をつくるため仕事をやすんで寒い奥地へ行くのか…俳人は…、 きっとこういうの俳人魂っていうんだろう。これは「心熱き思い」だ。いやいや「心涼しく、心熱き」っていうことかもしれない……。 と、今日は心の温度にマニアックにこだわってみました、が、あんまり意味はございませんでした。 あしからず!! ![]() 今日おじょうさんと一緒にご来社くださった土谷倫さん。 数年前に 句集『風のかけら』を刊行されました。
by fragie777
| 2008-10-27 20:12
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