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9月28日(日)
![]() 写真は三時草。 さて、昨日読売新聞夕刊の西村和子さんによる「俳句月評」。 綾部仁喜句集『沈黙』を評し、 沈黙を水音として冬泉 「自然の生命の底力、湧きやまぬ詩情の象徴としての冬泉。その音なき音に心惹かれる時、俳句は沈黙の文芸であることに思い至る。閉塞的な境涯であるにもかかわらず、その精神は明るく澄み切っている」と。そして「石田波郷を師とする誇りと、師系に殉ずる覚悟が伝わってくる」と。 いま病院のベッドに横たわる綾部先生に、この西村さんの言葉は届いているだろうか…。 今日の休日は俳人の友人に誘われて、宝生流の秋の能を堪能する。これまで観世流のものは何度か観てきたが、宝生能楽堂に行くのははじめて。演目も「雨月」「江口」「天鼓」と秋にふさわしいものばかりである。お「能」を観る楽しみのひとつに美しい能装束を見る喜びがあるのだが、さすが、紅葉や秋草をちりばめたものや、その色彩がいかにも秋らしいもので、演目の内容ともども、日本の伝統芸能は季節感と密接に結びついていることを実感する。 さっそってくれた俳人の海津篤子さんは、すこしまえまで、宝生流で仕舞、鼓、謡を習い、ひいては能面までつくっていたということもあって、能のことについては大変くわしい。 今日の演目のひとつの「江口」は、西行をめぐる風雅な歌問答が主題ということであるが、この「江口」を見ているときに、海津篤子さんと、もうひとりご一緒の俳人の立本美知代さんが、能を鑑賞しながら、なにやらメモをとっている。なにをしているのかしらんと横目で見れば、どうやら「俳句を作っているらしい…」 まあ、なんと熱心なこと…。あとで聞けば、この「江口」には高濱虚子が名句を寄せていると解説に書かれていたので、俄然発奮して作句にいそしんだ、ということである。 して、その名句とは… 一面に月の江口の舞台かな 目のあたり月の遊女の船遊び 解説に「『江口』の曲趣を要約すれば、この二句につきるでしょうか」と、ある。 ああ、いよいよ秋も深まるばかりだ。
by fragie777
| 2008-09-28 22:57
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