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9月23日(火) 秋分の日
![]() 奈良公園で。 秋の光のなかにうづくまる小鹿。 休日の今日は午後より出社して日頃なおざりにしてしまっていること、たとえば寄贈いただいて返事がかけていないものなどに眼をとおして何冊かにお返事を書くというそんな仕事をしていると、電話が鳴った。 …………受話器をとろうかどうしようか迷う、休日では対応しきれない電話というのもあんがいあったりして、でも急ぎの大事なことだったりするといけないし、やはり出よう…… 「もしもし…」 「あ、あの鳥居です」 いま詩集の刊行をおすすめしている若い詩人の鳥居万由実さんだ。 「あら、今日はお休みの日なのよ」 「あれっ、そうですかあ…」(彼女は大学院生でいま修士論文で必死なので平日も休日も関係ないのだ。) 「そう、今日は勤労感謝の日よ!」 「ええっ、ちいがいますよ。勤労感謝の日は11月ですよ。」 「あら、そう? じゃなんの休日かな、いいえ、やっぱ勤労感謝の日よ」とわたし。 「ちがいますよ、勤労感謝の日は11月。だってその日は私の誕生日だから…」 ????? 「ええー、じゃ今日は何の休日だっけー」とあわてて手帳をひらく。 「あーら、やだあ秋分の日、お彼岸じゃない…」(秋分の日をわすれていたなんて、はずかしいぞ…) 「ああ、そうですかあ…」と、鳥居さんもいたってのんき。 句集出版を多く手がける版元としても、季語である「秋分の日」を「勤労感謝の日」なんて思っていたなんて、ホント、まぬけな人間である、わたしったら…。 鳥居さんから電話が鳴ったそのとき、わたしは財部鳥子さんからいただいた詩集『胡桃を割る人』の詩集をひらき、返事をかいていたところだった。その詩集の「西武線」という詩の一行「茶色の老年期も西風のようにやってくる」ということばに心を置きながら…。 昨日は新刊句集が二冊出来上がってきた。 一冊目は、俳誌「鷹」(小川軽舟主宰)同人の辻内京子さんの第一句集『蝶生まる』である。蝶の鱗粉をいちめんにまきちらしたような光沢のあるさくら色のカバーに蝶の造形的な型押しと文字の金箔が上品にしてゴージャスである。君嶋真理子さんの装丁による。序文は小川軽舟さん。句集名は「大切な人の掌蝶生まる」より。「あとがき」でも書かれているように、「ギリシャでは『生命』と『息』と『蝶』はともに『プシュケー』という同じ言葉で言い表されるそうだ。ゆらゆら揺らぎながら舞う姿が不思議な生命観を感じさせる『蝶』は、わたしの好きな言葉であり存在である」と。そして辻内さんは松瀬青々の「日盛りに蝶のふれ合ふ音すなり」の俳句に「音のないところに音を感じたというのがとても詩的」であると気づいたと、と小川軽舟さんの序文にある。「その(辻内さんの)作品には俳句作者としての青春と呼びたい香気がある。」とも。 炎昼の階段掴むところなし 藤田湘子が賞賛した作品であるという。 奏者われ首の真珠の凍つるなり 雪の夜の化石のなかの時間かな 石よりも岩しづかなりくろあげは 拝見していて、どうしても気になった一句がある。 熱帯魚飢う家中の鍵掛くる …どうして「家中の鍵をかけたのかしらん」…そう、いくら考えても不思議な内容の句である。 そしてもう一冊は安藤恭子さんの句集『朝餐』。こちらは精鋭俳句叢書の serie de la fluer のシリーズの一冊として刊行された。俳誌「椋」(石田郷子代表)所属、石田郷子さんが序文を、大木あまりさんが栞を書いている。わたしにとっては個人的に親しい友人のひとりである。かつて「泉」で石田勝彦、綾部仁喜の両師に俳句をまなび、石田郷子さんとは同年代で親友の間柄だ。宮沢賢治の研究者であり、著書もある。句集名「朝餐」は、「…宮沢賢治の『わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほつた風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます』に通う心を示したものです」とあとがきにある。「俳句という詩型に、こんなに積極的に、そして真摯に向き合える人を、私は知らない」という石田郷子さんの序文のことばも印象的である。「どの作品も清新で透明感があり、読みごたえがある。読むほどに癒され心の棘が取れていくような気がした」とは、栞を寄せられた大木あまりさんのことばである。 氷よりはなれて春の氷かな 雛の箱空になりしは重ねられ じんましんとは秋愁ひ棲みついて 朝食に蜂のとまつて夏の山 君とゐてうれしきものに冬の雷 辻内京子さんも安藤恭子さんもおなじ1959年生まれだ。 これからの活躍がたのしみなお二人である。
by fragie777
| 2008-09-23 19:15
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