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8月25日(月)
いやはやなんとも忙しい一日となった。 午前中は支払日のため銀行から銀行へとまわり、午後は来客も多く、じっくりと机にむかうこともかなわないようなあわただしいばかりの日であった。 こんな時は、気持ちばかりが焦って、身体がまえかがみになって何かに追われるように仕事をすることになる。 (落ち着いて、落ち着いて)って自分に言い聞かせながら、仕事をすすめるのだが、目の前のこの仕事に集中できず、これからやらなくてはならないことに気持ちが飛ぶ。 今日は一日中、心臓の音を聞きながら(わたしの体には心臓というものがあり、それが鼓動をしていることを意識しながら)仕事をするヘンテコな一日となった。(やばいかな…) 毎日新聞の「季節のたより」で、坪内稔典さんが、金子兜太さんの句集『黄』より一句紹介している。 どれも口美し晩夏のジャズ一団 「わたしもジャズを聞いてこの夏を締めくくりたい」とは、坪内さんの言葉である。 この世界をジャズを聴く人間とそうでない人間にわけるとしたら、わたしはどちらかといえば、聴かないほうだと思う。「ジャズを聴く」っていうスタイルにあこがれるし、なんだかいっぱしの大人になったような、人間の機微がわかるような一皮むけた人間が聴くもののような気がするのだけど、わたしにはジャズを聴く習慣がない。クラッシックは少し聴き、シャンソンも少し聴き、吉田拓郎はかなり聞き、サザンもすき、森進一も好き、ビートルズも好き、etc etc…… こう書いて、また心臓の音がドキドキしてきた。 読売新聞では、長谷川櫂さんが安東次男さんの句集『流』より一句を紹介。『黄』『流』もともにふらんす堂文庫である。 蜩といふ名の裏山をいつも持つ 七月に思潮社より『安東次男全詩全句集』が刊行された。わたしも一冊いただいたのであるが菊地信義さんの装丁による立派な一冊となった。担当編集者は若い敏腕な三木昌子さんだ。 「俳句空間ー豈weekly」に、池田澄子さんの『休むに似たり』ついて高山れおなさんが、佐藤文香さんの句集『海藻標本』について中村安伸さんが、それぞれ懇切な書評をされている。 高山れおなさんの池田さんを評して 「あらためて言うが彼女は『考えるひと』であり、考えることが出来る人である。」 という言葉が印象的だ。 「考える」ってことはシンドイことだ、……とこう書いてまたまた心臓がドキドキしてきた……。 ので、わたしはもう逃げます……。 おやすみなさいませ。
by fragie777
| 2008-08-25 20:02
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