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1月23日(水)
![]() ふらんす堂ちかくの公園の雪。この向かいにある天然酵母のパン屋さんにお昼を買いに行ったときに。子どもではなく、雪をのせてかすかに揺れていたブランコ…。 雪もやがて雨にかわりその雨もやんでそとはいまはもう静かな夜が支配している。 さっきまでスタッフたちは「かわら版」づくりにおわらわだった。「ふらんす堂通信」校了のあとはこの「かわら版」が残っている。今回は律子さんの提案で「かわら版」が少し厚くなりすぎたことを反省し、記事の焦点をしぼりこんで、枚数をすくなくして読みやすいよう、カトさんにレイアウトをしてもらう。あの最初のかわら版ができたときの新鮮な印象をおもいおこし「初心に帰りましょう」ということに。 「銀行に行ってきまーす」って出かけようとすると、つかさず律子さんが「yamaokaさん、りんご!」って叫ぶ。(ああ、そうだった…)実はお昼休みのときにスタッフたちに「山本左門さんにりんごを送らなくてはダメです」ってさんざん言われたのだ。(あら、そうね、でも今でなくても)と思っていたわたしだったが、愛さんも「早く送ったほうがいいです。左門さん待ってますよお」って言う。「もう分かった、分かった」ということで、銀行にいくわたしに「りんご!」って声がかかる。ちかくのクイーンズ伊勢丹やら丸正やらで聞いても扱ってくれないのをいろいろと調べ、友人にインターネット上の産地直送をおしえてもらい、送りましたぜい、サンふじの葉っぱつきっていうとっておきのヤツを。(葉っぱがついてるのよ、葉っぱが。なんと豪勢でしょう。)左門さーん。行きますよ、りんごが。葉っぱがふさふさとついたヤツが。それから左門さーん、あなたはふらんす堂のスタッフたちに愛されてますねえ。(きっと左門さんはこのブログ読んでないと思うけど…) 今日も二冊、句集の代送があった。(今日は書籍の品出しもあり、かわら版もありで、雪が降ってもふらんす堂はスタッフの熱気であふれていた) 山内茉莉さんの句集『寒の月』。あら、いまの季節にぴったりじゃないっていま思う。山内さんは、俳誌「山茶花」(三村純也主宰)の同人で、じつは三村純也さんにご指導をお願いしている「ふらんす堂神戸句会」の幹事さんでもある。この「神戸句会」も七年目に入って、三村さんの熱心なご指導のもと、充実した句会がつづいているのである。山内茉莉さんにはわたしも一度おめにかかっているのだ。「昭和は遠し石けりも霜焼けも」「親見えて来るまで静か燕の子」。序文で、三村さんがこの句集の確かさを「季題に語らせる、季題に託すという手法にいささかのゆるぎもないことに因る」と記し、さすが「ホトトギス」の系譜につらなる師と弟子であると思う。わたしはときどき、岸本尚毅さんの指導する吟行会を取材することがあるのだが、この「季題」というキイワードの俳句における重要さを岸本さんの句会でも知らされることが多い。 もう一冊は、浪川謙吉さんの句集『青あらし』。俳誌「蘭」(きくちつねこ主宰)の同人でおられる。「和田耕三郎さんの句集『青空』が素敵だったので…」と、ふらんす堂をご指名くださった。その和田さんはもとは「蘭」に所属しておられたのだ。「蘭」の創始者・俳人野澤節子の透きとおるような抒情性に連なる「蘭」の連衆のおひとりらしい作品である。「凩や空母のごとく妻が座す」「吊橋のかげろふに吸ひ込まれゆく」副主宰の松浦加古さんがあたたかな帯文を寄せられている。「いま私は八十一歳になったけれど、あと十年は元気に句を作り、第三句集をつくることを目指したい」とは素晴しい力強さだ。
by fragie777
| 2008-01-23 20:31
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