8月29日(水)
いただいた朝顔がやっとそれらしく咲きはじめた。これまでの暑さはどうやら朝顔からも元気をうばっていたようである。ようやくの涼しさにわたしも朝顔もホッとした今朝のひとときであった。
そういうわけだからというわけではないと思うのだけれど、ふらんす堂の精鋭スタッフでもあるコンピュータのマッキントッシュの一台が見事に朝顔のようなむらさきいろに変貌してしまった。「いやあ、どうしたのお!」というスタッフ加藤の叫び声とともにみなで駆けつけると(駆けつけるといったって2,3歩でございます)フル稼働をしているマックがものすごい色になってしまっている。蒼ざめるのをとおりこして見事なむらさき。「ど、どうしましょう!」突然の変貌にうろたえる加藤であったが、ともかくも再起動ということで、それをこころみたところ、(ドキドキドキ…)どうにかもとの色をとりもどしてくれてホッと胸をなでおろすわたしたちなのだった。なにしろいまが一年のうちで一番いそがしい時、こんなときにこのマックがストライキを起こしてはもうなすすべがない。「きっとこの暑さが原因だと思うよ。涼しくなれば落ちつくかもよ…」と、中井の加藤をはげます言葉に、そうあってほしいと願っている。
「現代詩手帖」9月号がとどく。「詩のテラス」と「詩人のラヴェレター」の広告をお願いしたのだが、どれどれ…、ああ、きちんと入っている、とまずは確認。詩書月評を担当しておられる杉本徹さんが、小社刊行の詩集について書いて下さっている。伊藤悠子さんの詩集『道を 小道を』と大谷良太さんの詩集『ひなたやみ』の二冊についてである。「大切な一冊」という言葉で杉本さんがまずひもとくのは『道を 小道を』。「なにかを再現しようとしたり心境やら主題やらに集約しようとしたりといった、ようするに月並みな『表現』とは完璧に別物の、言葉でしか実現しえない何かなのだ。」と記す。いっぽう『ひなたやみ』。「生存を問う一点において、事物や日常がありのままの等身大の言葉と化す。その静かな、表面的にはきわめて地味な『変容』の一刻がその詩人の原点であり、かつ絶えず更新されるべき可能性の方位を示すのだろう」とこの若い詩人大谷良太さんについて語っている。この詩書月評に全力をそそいでおられる杉本さんならではの言葉と受けとめる。
ホームページに好評連載の「芭蕉の一句」に明日分から9月1日まで高柳克弘さんより原稿をいただく。そこに、「『野ざらし紀行』の冒頭部にあたるこれらの句は、深刻な中にも弾んだ調子があって、俳諧の醍醐味を感じます。」という言葉が添えられてある。さて、どんな俳句が紹介されていくか…、楽しみですね!