8月23日(木)

雨音で目が覚める…。おお、恵みの雨…、ベランダの朝顔にもゆたかに雨は降りそそぎ、庭の木々も久しぶりの雨でほっとしている様子。人間の身体もあめつちがこんなふうに潤うのを待っていたのよ、とわたしのすみずみの細胞も喜んでいる。遠いむかし、内村鑑三を中心として組織された無教会派のキリスト教に興味をもったことがあり、そこから関連して日本のキリスト教会の礎石をつくった植村正久の著書だったと思うのだけれど、(このへんは記憶ですので、正確でないことをご容赦を)、かれが聖書をよみ、お祈りをしていたその最中に突然雨が降ってきた…、やおら植村はそとに裸足で飛びだして、「この恵みの雨よ、われにパブテスマ(洗礼)を!」と雨にうたれながら歓喜をしたという、これはもう、はたから見れば、狂気と紙一重っていうことかもしれないが、(へんなおっさんが雨にぬれながら小躍りしているわけだから)いまの若者だったらまさに「どんだけー!」って絶叫するかもしれないな、でも清らかな(?)わたしの心はキリスト教無教会派的スピリットをまさにそこに見たような思いがして、(す、すっごい)といたく感動したのだった。(しかし、植村自身は無教会主義ではなかったのであった。)以上、余談でございました。
こんな気持のよい朝は歩いて仕事場にむかう、これはもう基本ね。とちゅう、雨あとのひまわりに出会う。どうでしょう、この「ひまわりらしさ」。雨水をたっぷりすってその顔は重たげで、花びらにも雨滴がついていて、ぜんたいしっとりとしたさま…。ひまわりっていつも感じるのだけれどどこか孤独の様相を呈していませんか?この顔もどこか虚ろなさびしさをたたえて…、いや、わたしだけなのかな、そう感じちゃうのは。
伊藤悠子さんの詩集『道を 小道を』が、今度は読売新聞の21日の朝刊に紹介されている。伊藤さんが昨日FAXでお教えくださったのだ。詩人でフランス文学者の安藤元雄氏による。「さわやかな印象を残した」と氏は語り、「ブエノスアイレス通り」の詩行を引用し、また「行方」の作品も面白い、と。わたしもこの詩集は校正ゲラを拝見しながら、(いつも手もとに置いておきたい詩集)と思ったとても好きな詩集なので、好評であることが嬉しい。伊藤悠子さんははじめて詩集を出されたとは思えないほど、作品が成熟し完成されているようにわたしには思えます。