5月11日(金)
5月はまさに薔薇の季節。仕事場へのみちすがら薔薇を咲かせている家がおおく、わたしはあっちの薔薇、こっちの薔薇とその匂いをかぎながら仕事場へ向かうのである。へんなおばさんがよその家の薔薇に顔をつっこんでいるというありさまはなんというかちょっと滑稽よね…。
今日のふらんす堂は、ふたつの句集の代送が約600冊あり、朝から川口を組長とする夜叉課組のテンションが高い。わたしが、薔薇の香りにうっとりしながら出社をすれば、すでに代送がはじまっており、加藤、松田、原見がリズミカルに手を動かしている。なかなかいいなあ、この空気…。「おはようございますっ!」ってきびきびした挨拶がとんでくる。わたしは強風のなかを来たので風に乱れた髪をちょっとなおしながら「おはよう」って挨拶をかえす。
今日はひとりお客さまがみえることになっている。そのSさんという女性は、ちょっと不思議な方で、ある日とつぜんお電話をくださり、風のようにいらした方である。アメリカ・ニューヨーク在住のキューバ人の友人の本をつくってくれないか、というのである。その友人の男性は、コロンビア大学の客員教授をされていて「短歌」をつくるという。その「短歌」を日本語に訳したものを出版されたいというのである。いろいろと話しをうかがううちに、それでは出版しましょうということになり、いまスタッフの中井がその仕事をすすめているのである。どんな内容かはまだ秘密。(べつに深い意味はないが…)このSさん、事情があるということで住所をわたしたちに教えてくれない。いつも携帯からとつぜん電話があるのだ。そして今日は2度めの来社をされるという。「いったいどこにお住まいなのかしら?」「どこでしょう?東京ではなさそうですね」と、ときどきわたしと中井はSさんのことで話している。今日の昼すぎにSさんより中井に電話が入った。「これから新幹線にのるから、あと2時間くらいしたらつきます」とのこと。そこで、ふらんす堂の迷探偵ボアロとマーブル(わたしと中井のことね)は、がぜん推理を働かせた。「やはり、東京じゃなかったですね!」「2時間くらいっていうとたぶん、名古屋あたりかしら」「そうですね、関西なまりはないし、東北の方のかたの雰囲気でもないし…」約束どおり時間になってSさんは現れた。背が高く、なかなかゴージャスなマダムである。うちあわせをすませ、帰られるとき、「あのう、これみなさんで…」と言って、おみやげを下さった。それは「お茶」。ボアロはすばやく、そのラベルに目をやった…「静岡…」(ああ、そうか…)「Sさん、静岡にお住まいなんですねっ!」「ええっ、まあそうですが…」Sさんがおかえりになったあと、ふらんす堂の迷探偵ボアロとマーブルはみごとに推理がはずれたと大笑いをしたのであった。