2月28日(水)

今日はあたたかな一日となる。支払い日のためにいくつかの銀行を行ったり来たりしたのであるが、コートなしで全然平気。こういう陽気のせいなのか、銀行員さんも今日はびっくりするほど親切でちょっと感激してしまう。今日で2月も終り、明日から3月、うっかりしていてお雛さまを出すのを忘れていたことに気づく。今年はパスしちゃおうかな…。
昨日の「e船団ホームページ」でさっそくに坪内稔典氏が、中村未有さんの句集『人買ひ』の作品をとりあげて評してくださっている。「芦の芽に集ひ万葉集のゼミ」
e船団のホームページ
さて、飯田龍太氏のこと。わたしは20代前半にある俳句関係の出版社につとめはじめそこですぐに俳句の綜合誌(いまはもうない)の編集をするように言われたのである。そこにはYさんという先輩の女性編集者がおられ、そのYさんと一緒に仕事をしたのだった。飯田龍太氏には毎年必ず新年号に作品をいただくことになっていて、俳句のことなどほとんど知らないわたしことチンピラネエチャン編集者は言われるままにこわいもの知らずに、龍太氏のところへ電話をしたのだった。Yさんが言うには「龍太先生はね、ぜったいすぐにはいいとおっしゃらないのよ。風邪をひいたとか身体の具合がわるいとかいろんなことおっしゃるけど、それでもいただくのよ」ということ。そ、そっか…。なにしろチンピラであるから、どんなに優れた俳人であるかなどはわからない。おもむろに受話器をとり飯田家に電話をする。奥さまが出られ龍太氏に取り次いでもらう。「もしもし、飯田龍太先生でいらっしゃいますかあ」と元気な声のわたし。「はい…」すこし冷たい声だ。「あのう一月号にお作品をいただきたくお願い申し上げます」「……、ええといま体調をくずしていて」(おおこれか)「どうも作品が出来なくて…」(だめ、だめ)「まあ、そうでいらっしゃいますか、でも新年号にお作品をいただかないと困るのです」とわたし。「……、それはそう言われても、どうも作品がね」「それではすこし期日をお延ばしいたしますから、お願いいたします」「ウーン、作品ができればいいんですが、ちょっとどうも…」「いいえ、是非にお願いしたのです!」「身体の具合によりますね」「先生にいただかないと新年号が出ないのです、こちらも困ってしまうのです。どうしてもいただきたいのです!」(しばらくこのやりとりのくりかえし)「……まあ、できるかどうか分からないけど、考えてみましょう」(おお、やった)「あ、有難うございます。さっそくにご依頼状をお送り申し上げます。またお電話いたしまーす!」
結果はチンピラネエチャン編集者の勝利であった。飯田龍太氏としてはわけもわからない若い女性編集者に少々辟易しながらも、その出版社とのご縁によって作品を下さったのであるが、そのおめでたいネエチャン編集者は作品をいただいたときは「やったね!」とこれまた単純に喜んだのであった。甲斐の国からの龍太氏の電話の声はすこし冷たく虚無的なひびきをもっていた。龍太氏というとその声をまず思い出すのである。