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7月4日(土) 旧暦5月20日
木槿(むくげ)がもう咲いていた。 秋の花である。 仙川の裏通りである。 どこかさびしい感じがするのは、わたしだけだろうか。 昨日は加藤楸邨(1905-1993)の忌日であった。 金蠅のごとくに生きて何を言ふ 『起伏』昭和23年 蠅を詠んだ珍しい句。思へば蠅ほど身近な生き物もゐないだらう。こんなに毛嫌ひされてゐるのは不思議だ。見た目は蚊や蜂とそんなに変はらないのに、汚らしいイメージが嫌はれてゐるのだらうか。西洋でもベルゼブブなんかは悪魔だもんなあ。世界的に嫌はれてゐる存在なのね。この句はそんな蠅の嫌なイメージをうまく活かして嫌な奴を描いてゐる。それにしても蠅のやうな生き方つてどれだけひどいんだらう。金の字も金銭に汚なさうで救ひがない。自虐も少し。 おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ 『吹越』昭和48年 楸邨には、自らの内からの人間的要請が作句の根本にあつた。人間的要請とは簡単に言へばどう生きるかと問ふことだ。この句は、そんな楸邨の作句態度がそのまま句になつてゐると思つてもよいだらう。自らの内へ内へ思ひを求めていく窮極には、ただの物体、かたまりになつた思念だけが残る。おぼろ夜のぼんやりとした淡い淡い空気の中で、輪郭はわからずともそこに存在する確かな意思、思ひ。思ふことが私を私ならしめてくれるといふこと。 ふらんす堂からは「ふらんす堂文庫」の一巻として、『猫』が刊行されている。(品切) 蟻地獄猫が過ぎつつ口をあく 加藤楸邨 この本のための原稿をいただくため、加藤楸邨家を訪ねた。 俳人の石寒太氏が一緒だった。 楸邨先生は、正座をして待っておられたのだった。
by fragie777
| 2026-07-04 18:54
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