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6月12日(金) 旧暦4月27日
未央柳(ビヨウヤナギ) という花であることをつい最近知った。 華やかな目立つ花であるが、あまり意識をせずにきた。 「なんていう花?」って聞いたら、友人が 「ビヨウヤナギよ。少し前のふらんす堂の「短歌日記」で梅内美華子さんが、詠んでたでしょ」と。 あらら、そうだったっけ。 「これがあのビヨウヤナギっていうのね」とすまし顔のわたし。 昨日の6月11日は、俳人・鍵和田秞子(1932~2020)の忌日であった。 亡くなられて、もう6年も経つのか。。 藤田直子著『鍵和田秞子の百句』より、作品と鑑賞を紹介したい。 アネモネや神々の世もなまぐさし 『未来図』 昭和50年 「神々の世」とは神話の世界である。『古事記』にしてもギリシア神話にしても、その魅力は神々たちの、人間臭いほどに生々しい逸話である。 ギリシア神話の中に、冥府の女王ペルセポネと、美と愛の女神アプロディテの両方が愛して取り合った美少年アドニスがいた。彼が狩で死んだとき、流れた血から咲いたのがアネモネだった。濃い色のアネモネは愛情が溢れて縺れ合う神話を象徴するのにふさわしい花である。 大らかな神話に親しみを感じて、「なまぐさし」と断定したところが独特で、そこが魅力。秞子の大らかな人柄から生まれた句である。 欄干が身を堰きにけり蛍川 『風月』 平成8年 福岡で草間時彦氏や伊藤通明氏と共に蛍狩をした折の句である。緑が豊かな川の近く、蛍が盛んに舞っていたという。同時発表の句に〈蛍火の海となりたる現世(うつつ)かな〉〈蛍川ゆくへの森は妣のくに〉〈筑紫なる枕の下の蛍川〉がある。 蛍は古来、恋にも魂にも喩えられてきた。その光と飛翔は見る者を幽玄の世界に誘う。秞子も魂が現世を離れて行くような感覚になり、蛍の川を遡ると妣の国に着くのではないかと思った。掲句ではその危うい心を堰き止めているのが欄干だと言っている。欄干に身一つを委ねているが、心はすでに幽冥界を漂っている。 十五年ほど前、或るインタビューに応じて、秞子は自分の根本は無常観であると言い、「ものに対して執着心がないですね。何かひとつ、ふうっと風が吹き過ぎるときがある。それがうまく俳句に出てくれたらいいんだけれど……」と語った。 いまその境地に達して、何ものにも囚われず自在に言葉を紡いでいる。 いささかの雲踏むここち更衣 一位の実ふふみ一縷の歌ごころ 巻末の解説「鍵和田秞子の俳句」より。 午後にお客さまが二人いらっしゃった。 俳誌「河」編集長の鎌田俊さんと、「河」に所属されている俳人・浜岡和代さんである。 浜岡和代さんが、句集を上梓されるにあたってその打合せにいらしてくださったのだ。 浜岡さんは、愛媛県・松山からはるばるのご来社。 句歴は長く、松山のカルチュア教室で俳句をはじめられ、「河」に入ってより本格的に俳句にとりくむようになられた。 今日伺えば、ふらんす堂より2021年に句集『凍蝶の石』を上梓された片山一行さんとは同級生であるということ。 片山一行さんも松山の人であった。 「片山さん、お元気ですか? よろしくおっしゃってください。」と。 「河」にはいられてもう10年以上がたつ。 はじめての句集である。 10月25日26日には、「河」の大会があり、それに間に合わせるようにとのこと。 担当はPさん。 いろいろな本の見本をご覧になられて、フランス装カバー掛けを選ばれたのだった。 浜岡和代さん。 「日曜日まで東京で遊んでいく予定です」って楽しそうにおっしゃってお帰りになったのだった。 浜岡和代さま、遠いところからはるばるありがとうございました。 鎌田俊編集長さま、エスコートをありがとうございました。
by fragie777
| 2026-06-12 18:28
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Comments(4)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
未央柳、いいですねえ。たしかに、目立つ花は案外よく観察していない気がします。
世阿弥の書に、「めづらしきと言へばとて、世になき風体をし出だすにてはあるべからず」、花というものは見る人が心に珍しいと感じるのが花なのだ、という件がありますが、yamaokaさんのブログに次々に登場する花を拝見していると、いつもこちら側の心や感性が問われている気がいたします。
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