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5月12日(火) 旧暦3月26日
ほんの一瞬である。 掃除機がふるくなったので、ルンバに変えてみた。 引っ越しのときに部屋を大改造して、ほぼワンルーム状態なので、ルンバがいいのではということになった。 今日の11時の設定で、働きはじめるということ。 わたしのiPhoneに、「開始します」ってお知らせが来た。 しばらく経ったら、清掃スミというお知らせ。 ちゃんと働いてくれかなあ。 帰って扉を明けるのがたのしみのような、すこしドキドキ。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装 228頁 二句組 著者の宮木登美江(みやぎ・とみえ)さんは、昭和18年(1943)横浜生まれの横浜市在住。昭和41年(1966)「雲母」入会。数年在籍し、昭和51年(1976)「鷹」入会。昭和60年(1985)「鷹」同人。平成28年(2016)鷹俳句賞受賞、現在「鷹 月光集」同人、俳人協会会員。本句集は第1句週であり、序文を小川軽舟主宰、跋文を奥坂まやさんが寄せている。 抜粋となるが、序文、跋文をそれぞれ紹介したい。 登美江さんの詩囊には、私の知らない言葉がぎっしり詰まっているらしい。そのままでは古道具屋のガラクタと同じだが、登美江さんはそれらを俳句に用いて命を吹き込む。登美江さんの俳句に私たちが驚かされるのは、この言葉の蘇生に成功した時だ。(略) 木霊棲む空(あ)き懐やななかまど 「空き懐」を辞書で引いて「抱くべき子のない女の懐」という意味を知ると、この句の中でその言葉がなまなましく精彩を放つ。抱くべき子のかわりにそこに木霊が棲んでいるという断定と真っ赤に色づいたななかまどの取り合わせによって息を吹き返すのだ。どこの女か知らないが、その女の悲しみが胸に迫る。そしてその悲しみは形を変えて誰の胸にも棲みつく普遍的な悲しみなのだとも思えてくる。 私が鷹に入って四十年になり、私より古くから鷹にいる先輩はずいぶん減ってしまった。私より十年長く鷹にいる登美江さんは心強い先輩である。登美江さんの実力と実績がありながら今度が第一句集というのは遅きに失した感があるが、鷹入会五十年を自ら祝うべくついに腰を上げたのだろうと想像する。 小川軽舟主宰の序文を紹介。 以下は奥坂まやさんの跋文より。奥坂さんは、宮木登美江さんの「実」に注目する。 登美江さんは、「実」の人だ。人柄は篤実で、句会を共にする仲間達みんなから慕われている。登美江さんを三十年近く指導した先師・藤田湘子も、その人柄に太鼓判を捺していた。その「実」は、もちろん俳句に対しても遺憾なく発揮される。 俳句の写実とは、決して「ありのまま」ということではない。「実」が「まこと」「内容のあること」を意味するように、十七音の言葉の裡に切り取られた空間が、読む側に「実」感を伝える世界となっていること、「実」の景として成り立っていることが肝心なのだ。 という書き出しで、たくさんの句を引用し、鑑賞する。その最初の部分のみを紹介。 晩涼や土のつまりし爪を切る 初秋や芝生凹みて鉄亜鈴 桃の花石工は石につぶやきぬ 三句とも初期の作品だが、すでにしっかり「実」を伝えている。 爪に詰まっている土に焦点を当てたことで、「晩涼」の季語と相まって、暑い昼間に取り組んでいた庭仕事や農作業が終わり、夕べの涼しさを感じながら爪を切っている作者の姿が見えてくる。二句目も、まだ真夏の勢いが残っている芝生のわずかな窪みから、鉄亜鈴の重さや硬さが適確に伝わる。 三句目は、相対している石に何かつぶやきかけた瞬間を切り取り、石を無機物としてではなく仲間として遇している石工の思いが、詠み手の心にも沁みわたってくる。このような世界をつかみ取れるのは、やはり、誠実に対象に向かい合ってこそなのだ。 宮木登美江さんの句歴は、「雲母」時代をふくめると60年となる。本句集は、「鷹」時代の句をまとめられているのであるが、それでも50年の句歴となる。50年の作品が収録された『夕玉草』である。 「夕玉草」。きれいな言葉である。 蛇笏忌や夕玉草を手に受けし よりの命名であるが、「夕玉草」とは、「竹の葉におく露の異称」と広辞苑にある。はじめて知った。 軽舟主宰が序文で書かれているように、宮木さんの「詩囊」につまった言葉のひとつである。 本句集の担当は、Pさん。 たくさん好きな句をあげてくれたが、そのなかより数句紹介したい。 草虱海は海鳴りしたがへて 緑蔭にぺたりと海女の授乳せる 播き終へて春満月を帰るなり どこからも夫現れぬ焚火かな しやぼん玉空が毀れてしまひけり 神官の木沓に蝶の生れけり 馬小屋の蚊遣匂へり火夏星 杭をを打つ音に野の枯深まれり 三月や鳶の羽裏に波の照 蛇笏忌や夕玉草を手に受けし 播き終へて春満月を帰るなり この句については、奥坂さんが跋で名鑑賞をされている。「第一句、稲の播種が夜までかかったのだろう。春の満月が、農事の労働を祝福し、苗代に播いた種のこれからも見守ってくれる女神のようだ。はるか昔からの、月に、特に満月に対する私たちの思いが結晶化されている。」この鑑賞にそれ以上付け足すものは、ないがあえていうなら「春満月を帰る」という措辞が労働後の満足感と充足感を語っている。「終へて」と「帰る」の間におかれた春満月。働く人の背をあたたかく照らしている。その景を想像するだけで、充分に癒やされるのである。 どこからも夫現れぬ焚火かな この句にふれた時、ちょっと不思議な感じがした。「どこからも夫現れぬ」の措辞に、深い断定があって、待つことを断念しているように思えたのだ。いるべきはずの人はもう現れない。と。奥坂さんの跋文を読んで、ご夫君はすでに亡くなっていることを知り、納得したのだった。「死者の不在によって、焚火という季語が蔵している深遠な世界までが現出されている。」と。確かに「焚火」というものは、隣り合う人の気配を濃厚に感じさせるものだ。かつては隣あって焚火にあたっていた夫、がいまはいないということを強く知らしめられる、しかし、ひょっと現れて隣に来る。そんな幻想も抱いてしまうのである。 蛇笏忌や夕玉草を手に受けし 句集名となった句であり、軽舟主宰も序文でとりあげている。「夕玉草」が「竹の葉に置かれた霜」のことであると知るといっそう深みのます一句である。なんといっても「蛇笏忌」にふさわしい一句である。蛇笏忌に取りあわせるのであれば、格調がなければならない。「夕玉草」の「ゆうたまぐさ」の濁音が「蛇笏忌」の濁音と響き合って重みのある落ち着いた一句となった。「手に受けし」という下5もおごそかにその霜のしずくをうけているといった感があり、蛇笏へのそしてかつて学んだ「雲母」への畏敬の念も呼び起こしている。「手に受けし」の「シ音」でおさめて、引き締まった緊張感のある一句となった。 ぼろ市や動く時計が三時打つ これはわたしがおもしろいとおもった句である。「ぼろ市」の句はもうひとつあって「ぼろ市や引つぱつてみし紐の先」もいかにもぼろ市らしい一句であるとおもう。宮木さんはこちらを自選にあげておられる。「ぼろ市」はその名のとおり古くなってすこしぼろになったものを売る市であるから、へんてこなものも当然ある。紐がぶら下がっていたので、とりあえず引っ張ってみてその所在をさがすなんてこともある。時計がならべられて売られている、しかし、大方時間がとまっている。と思ったら、3時をしらせたのがあってちょっと驚いて楽しくなる。「あら、動くわ」なんて言ったりして触ったり。意外性に会うということもぼろ市の楽しいところだ。「3時」というのもいい。ちょっとできすぎの感が有るけど、一番のんびりと時報をきける時間帯でもある。 神官の木沓に蝶の生れけり この句は、最初「なに?」っておもった一句。木沓に蝶が卵を産んでそれがさなぎになって、そこから生まれたということかしら。。。そんなことありうる?しかし、惹かれる一句である。あるいは、木沓を見ていたら、蝶がそこからふわりと飛び立ってまるでそこから生まれたかのようとおもって出来た一句かとも。いずれにしても神官の木沓っていうのが清潔そうでいい。そこを選んだ蝶はセンスいいんじゃないって思った次第。 校正スタッフの幸香さんは、〈ひめむかしよもぎ高炉の先は海〉荒涼としたさびしい景ですが、懐かしさも感じる好きな句です。 土曜日が半日の職場を探してみつけた仕事でした。ある日課長に呼ばれて仕事のことかと思いきや職場の俳句部への勧誘でした。土曜日の半日を利用して俳句の会が開かれているとのこと。「雲母」の同人が指導に来られていました。 後に鷹入会後、藤田湘子先生にそのことを聞かれ「田中鬼骨という方です」と答えると「それは良い人に教わりましたね。雲母の同人の相当な方ですよ」と言われて嬉しく思いました。いつも変な句を作り笑われてばかりでしたが、俳句は楽しいと思うようになりました。 しばらくして戸塚駅近くの桜堤の花見句会へ出席、その会が縁となり「鷹」へ入会することになりました。故に鷹俳句会での日々が五十年近くとなります。 見出しの「鉄亜鈴」「余りし土」の句は藤田湘子選、平成十七年に湘子先生が逝去されそれ以後は小川軽舟選となります。その長い歳月を思い全編を通じ鷹誌掲載順にほぼ準じています。 「あとがき」を抜粋して紹介。 装丁は和兎さん。 おもしろい出来上がりである。 写真を装画として使っているのだが、おもしろい構図の写真である。 タイトルはつや消し金。 砂漠のようなところに人が3人いる写真である。 この写真を撮影した方は、安藤辰彦さん。「鷹」の方でいらしたが、すでに亡くなられている。 著者の宮木さんの句友であった方で、この写真をカバーに用いることは、宮木さんのご希望であった。 拡大してみると、三人の女性が楽しそうにいる。 表紙は紙クロス。 なかなかストイックな仕上がりである。 花布とスピンが黄色。 次の句集はこれほど待たされないことを願いつつ、登美江さんの鷹五十年に心から拍手を送る。(小川軽舟/序) 上梓後のお気持ちを宮木登美江さんにうかがってみた。 ⑴ 出来上がってお手元に届いたときのお気持ちはいかがでしたか? この重さが私の句としみじみと嬉しく、抱きしめました。 (2)初めての句集に籠めたお気持ちがあればお聞かせ下さい。 これだけ続けたからには、との思いは心底にあることはあったのでが、正直なところですが、なんせノートに書いてあるだけ。折勝家鴨さんが背中を押して、手伝って下さったから動き出すことができました。自分だけでは進められない方がいらっしゃったら、悩まず、詳しい方々を頼ればなんとかなるわよと、厚かましくも抱き取った自分の句集を見てひとり悦に入っています。 (3)句集を上梓されて、今後の句作への思いなどございましたらお聞かせ下さい。 私の場合は、50年間の作なので一冊に纏めるとぎくしゃくするかと思いましたが、私の頭の中がそのままなのか、変化なくことさら若い句とか老いた句とか、はないようにおもいました。 99歳の方から、83歳はまだ若い。明日への明るい前向きのお励みをと、お手紙を頂きました。 今まで以上に、吟行に席題に楽しむつもりです。なんせあとがきに、第二句集を目指すと書いて仕舞いましたから。楽しむだけで良いかな。箱の中の夕玉草が外へ出たいと呟いています。 宮木登美江さま 第1句週のご上梓、まことにおめでとうございます。 そして、第2句集へむけて頑張ってくださいませ。 第2句集もご縁をいただけますように。 句稿をお待ちしております。 折勝家鴨さま。 いろいろとご尽力をありがとうございました。 鷹匠の鳥叫(とたけび)に風起りけり 宮木登美江
by fragie777
| 2026-05-12 19:10
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