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5月8日(金) 旧暦3月22日
「菖蒲かしら、あやめ、それとも杜若?」 口々にそんなことを言いながら、畑に見事に咲いているのをみていたら、 「カキツバタだよお!」 って畑仕事していたおじさまが教えてくれた。 「ああ、そうね、カキツバタね」なんて言いながら、 とりどりに見入っている。 国立・矢川緑地でのこと。 杜若(かきつばた)である。 毎年のように、杜若、あやめ、菖蒲の違いをおさらいするのだけど、目の前にするとすっかりその違いを忘れ去っていることにきづくのだ。 ![]() 紫がひときわ美しい杜若(カキツバタ)だった。 今日は百句シリーズより、それぞれの杜若とその観賞を紹介したい。 乱れたる我れの心や杜若 大正九年 しづの女の解説によれば、住吉神社の池畔に咲く杜若を見て、生命力があふれていながら気怠いような感じを受けた。この季節特有の気分を句で表現したいと思い、中七、下五はすぐに出来たが、上五に迷った。「乱れたる」「狂ひたる」「呆けたる」のどれがよいかを当時の師吉岡禅寺洞に訊ねた。すると、「主観露出句」と言下に却下され、安易な主観句は行き詰まると諫(いさ)められた。そこで悩み、苦しみ、それが原因で、初巻頭から二年足らずで、作句を中断したと述懐している。 さて、この問題句はしづの女の作句意図を、はたしてどこまで表現できているだろうか。 天然の風吹きゐたりかきつばた 『天然の風』昭和六十年 「小堤西池 五句」の前書の一句。この灌漑用水池は杜若の自生地で、国の天然記念物。掲句は「俳句」昭和六十年八月号に〈天然の風吹き過ぎるかきつばた〉として発表。後、「風」昭和六十一年二月号の随筆に〈天然の風吹きゐたり杜若〉、「風」五百号(平成二年)の「細見綾子百句」で「かきつばた」の平仮名の表記になった。ここは、湿地固有の希少な植物や、鳥、昆虫も多い。天然の風は、そのような多くの生き物を育む風であり、その風に吹かれて、杜若はいっそうあでやかになる。 杜若対称軸を正しうす 『坐忘』平成13(二〇〇一)年刊 一本の杜若を眼の前にした「対称軸を正しうす」は、悟朗の観察を通して感嘆に至った表現だ。この句に沿って杜若を眺めると、真っ直ぐに立つ茎が対称軸となり、左右対称の立ち姿の美しさとその立体性を感じることができる。 また、尾形光琳の「燕子花図屏風」が思い出されるが、こちらには燕子花の並び立つ美がある。光琳の絵は「伊勢物語」(九段)が背景にある。次の悟朗句は、光琳の絵をおもわせる。 水に水を足し遠心のかきつばた 『櫻守』 このように「杜若」は、俳人に詠まれ、鑑賞されている。 実はこのような畑の一隅に咲いていたのだった。
by fragie777
| 2026-05-08 19:06
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