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5月1日(金) 旧暦3月15日
ご近所の丸池公園の白菖蒲。 今日から5月である。 わたしはといえば、ちょっとおろおろしながら春をやりすごし、おろおろと夏にむかっていこうとしている。 なんというか、このところ気弱なのよね。。。。 まあ、そういうときもあるかもね。 いいや、そんなことは言ってられないわ、。。 明日は「第17回田中裕明賞」の選考会なのである。 ブログを書き終えたら準備をする予定。。 新刊紹介をします。 著者の西山春文(にしやま・はるふみ)さんは、俳誌「狩」を経て、今は「香雨」の創刊同人である。句集は『創世記』『銀』 の二冊。俳句関係の本を多数執筆しておられる。「香雨」評論賞選者。明治大学教授、俳人協会幹事、表現学会理事、俳文学会、日本近代文学会会員など。 本著は20年ほど前に俳誌「狩」の若手支部会報に連載したものを一冊にしたものである。 「このたび、その拙稿を掘り起こした上で、多少書き加え、制作年代順に配した。(略)誓子俳句の特質とその生涯、またそれを通して俳句の魅力と作句のコツを多少なりともお伝えできれば幸いである。尚、漢字については作品・句集名とも新字体に統一した。」と「はじめに」にある。 片山由美子「香雨」主宰が帯文をよせている。紹介したい。 昭和20年代に若い俳人たちを鼓舞した山口誓子の俳句は何が新しかったのか。誓子が生きた時代を知らない人たちが増えている今、その作品を読み説く意味は大きい。誓子俳句を未来へ伝えていくために、本書が刊行されることを喜びたい。 ここでは、100句の鑑賞から、いくつかを紹介してみたい。 21 鶏頭を暗き厨に浸け置ける 昭和十六年『七曜』 静謐な日常吟だが、何やら凄みの感じられる一句ではないだろうか。 まず、しらべの点から考えてみよう。音読してすぐに気が付くのが、「ケイトウヲク ラキクリヤニツケオケル」と畳みかけるように連続するk音。これが一句全体を引き締めると同時に、そのカ行音の独特の力強さが印象を深める働きをしている。また、母音i音とu音の多用が、内省的な深まりを暗示しているとも言えるだろう。 そもそも「鶏頭」に明るく外向的なイメージはない。子規の代表作「鶏頭の十四五本もありぬべし」も一見平易な客観写生句に見える。だが実は、病床に伏す彼の独自の精神世界をみずから鷲づかみにして見せた作品であり、あくまでも内省的な句である。下五にそれが表れていよう。また誓子には、「町裏は鶏頭畠丘に墓」(『激浪』)、「墓の供華鶏頭は紅濃きに過ぐ」(『紅日』)という、死のイメージと結びついた作品がある。形状・色彩が特異で、陰鬱な何ものかを秘めているような花。その鶏頭の特質を考えるならば、掲句を読み過ごすことはできまい。 剪ってきた鶏頭を台所の一隅で水に浸ける。描かれているのは至って簡明な情景であるが、「暗き」という一語と相俟って、鶏頭の深紅色がただならぬ趣を伝えてくるのである。例えば、彼岸へとつながる深淵がそこに現出するようには思えまいか。誓子の意図を超えた深読みかも知れないが。いずれにせよ、大東亜戦争の勃発する直前のしばしの静けさの中、伊勢富田に転居して静養に努める誓子の暗鬱な精神の一面が偲ばれる句である。 掲句所収の句集名は、「麗しき春の七曜またはじまる」による。また同年作には、著名な「つきぬけて天上の紺曼珠沙華」がある。この時代は、これら明るく外向的な面と、掲句が象徴する内向的な面とが彼の中で複雑に同居していたのである。 49 悲しさの極みに誰か枯木折る 昭和二十二年『青女』 掲句は誓子の代表句の一つであろう。誓子自身も自選句集や自注句集に採録している作品である。 だが、読者はこの句をどのように鑑賞してきているのだろう。私は名句だと思う。次のように鑑賞し、そう思ってきた。 「北風の吹きすさぶ寒林を行く作者。と、どこかで枯木を折る音が聞こえた。その姿は見えないが、林中に響いた音はいかにも悲しみを堪えたものとして聞こえた。いとも簡単に折れたであろう枯枝の乾いた音は、まさに枯木を折る人の悲しみの極みを象徴しているように聞こえたのである。その音は、玄冬の音であると同時に、作者の胸中にも届くような悲しみの音である。」と。さて、この鑑賞は間違っているだろうか? あるいは浅い鑑賞だろうか? 誓子の自注によればこういった読みは間違いだという。「悲しいことがあった。(中略)私はひとりその悲しみに堪えようとしていた。/そのとき、外で枯木の枝の折れる音がした。誰かが折ったのだ。その音を聞いて、私は、悲しみに堪えられなくなった。(中略)読者によっては、悲しみの極みにいる誰かが枯木を折った、と解するかも知れぬ。しかし、その誰かが『悲しさの極み』にあることをどうして知ることが出来るであろうか。作者の解釈に従うべし。」(『自選自解 山口誓子句集』) 自然に読むならば、「極みに」は、末尾の「折る」にかかっていく。つまり、悲しみの主体と枯木を折った主体とはイコールになる。ところが、誓子の解説通りに読むためには、「悲しさの極みに」と「誰か枯木折る」の間に明解な切れが必要となる。だが、その手がかりは句中にはない。 切字の使用を極力抑えた誓子の作句法は時にかく鑑賞に揺らぎをもたらす。この揺らぎの大きさもまた名句たるゆえんなのだろうか。 96 生きてゐる吾生きてゐる桜見る 平成四年『新撰大洋』 近代俳句のトップランナーとして、現実を再構成して非情の世界を構築してきた誓子。その作品は驚くまでの緻密な計算・推敲の結果紡ぎ出されたものであった。最短詩型に身を置く決意をして以来、散文作家とは異なり、主情を可能な限り言葉の背後に沈潜させ、その代わりに五・七・五の調べにそれを語らせてきたということができよう。また、これまではそういった硬質な側面ばかりが作品の評価基準とされてきたのではないだろうか。 ところが、案外見落としがちなのが、人間・誓子の時折洩れてくるため息のような作品である。人口に膾炙した 学問のさびしさに堪へ炭をつぐ (大15以前『凍港』) 炎天の遠き帆やわがこころの帆 (昭20『遠星』) といった句の根底にあるのは、続く力業の合間にふと口をついて洩れてくる彼の生の声であったような気がする。硬質の抒情と柔軟な心性……この面に照射しないと誓子世界の真の評価を下すことはできまい。 さて、掲句は死の二年前、九十一歳の年の作品である。花時のまぶしい光の中、「生きてゐる」のリフレインが哀しみを伴った調べを奏でてはいまいか。また、「吾」と「桜」の組み合わせが、この世に生かされている存在の貴重な邂逅に読者の思いを運んでゆく。最後までみずから筆を折ろうとはしなかた誓子だが、案外その心は揺れていたのかも知れない。 ここでは、『新撰大洋』(思文閣出版・平8)を出典としたが、実は没後編まれた本句集としては、『大洋』(松井利彦編・明治書院・平6)も先んじて刊行されている。『大洋』が編者の別個の判断によって貴重な百八十六句が省かれたことを遺憾と感じた誓子の義弟・末永山彦氏と誓子の弟子達。誓子への強い愛情が最後の句集『新撰大洋』を敢えて改めて編ませたのである。 本著の装丁は君嶋真理子さん。 本稿は二〇〇二(平成十四)年二月から「誓子俳句プロムナード」のタイトルで七十回ほど掲載したものが中心となっている。読者は支部会員が中心だったこともあり、何の統一感もなく、毎月の季節感にあった誓子俳句を選び、思いつくまま自由に記してきたものである。忙しくも楽しい仕事だった。(「おわりに」より) 執筆者の西山春文さんには、この一冊のご縁によって、ひきつづき、ふらんす堂の百句シリーズの『山口誓子の百句』をお願いしてある。 すこし時間をかけてじっくりと取り組んでいただきたいと思っている。
by fragie777
| 2026-05-01 18:17
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Comments(1)
山岡喜美子様
ご紹介ありがたく。 お蔭で何とか元気を保つてをります。 6月7日に、拙著を題材に、尊敬する小説家の佐藤亜紀さんと公開対談をいたします。会場の席は満席になりましたが、オンライン視聴、アーカイブ視聴も可能です。
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