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3月27日(金) 旧暦2月9日
空にいる鶫よりも、地をうごく鶫をみることのほうが多い。 雑談をスタッフとしていて美しい男子の話になった。 イタリアにまつわる三大美男がわたしにはかつてあった。 このブログでも以前紹介したことがあったけど、一位は「ビョルン・アンドレセン」(あの「ベニスに死す」の)。これに意義を唱える人はいない。二位はね、って言って名前がでてこない、「あのフィレンツェの金持ちのほら」ってこんな具合。するとスタッフが「メディチ家?」っていう。「そうそう、そのメディチ家の兄ちゃんのロレンツォのでないほうの、次男の若くして殺されてしまった、わかった!ジュリアーノ・メディチよ」と叫ぶ。「三番目も顔がうかぶんだけど、出てこない、名前が。ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ってきたらもう1人有名なイタリアの画家は?」「ラファエロですか?」「そう、ラファエロ! なかなかのイケメンなのよ」やっとだどりついた。わたしとしては不覚である。 R化とはおそろしいものである。このわたしが、イタリア三大美男の名前をスムースに思いだせないなんて。。。 う~~む。 新刊紹介をしたい。 四六判半上製カバー装帯有り 232頁 二句組 著者の岩渕洋子(いわぶち・ようこ)さんは、昭和14年(1939)岩手県花巻市生まれ。平成17年(2005)平泉「束稲吟社」にて俳句に触れる。平成18年(2006)現代詩歌文学館主催「俳句初級講座」受講。以後、菅原多つを、小林輝子に師事。平成21年(2009)「草笛」(太田土男代表)に入会。「樹氷」(菅原多つを主宰)に入会。平成24年(2012)「草笛」同人。「樹氷」(白濱一羊主宰)同人。平成24年(2012)年から今日にいたるまで岩手県の俳句賞をたくさん受賞されている。 本句集は、白濱一羊主宰のすすめもあって上梓にいたったものである。序文を白濱一羊主宰、栞を小林輝子さんが寄せている。 万緑や鳥語あふるる光堂 洋子さんはその俳句人生を通して、徹底的に平泉とその周辺に取材し、その風土を詠みあげている。それは今後も続くのであろう。この句集の題名や各章のタイトルを相談された時、平泉の関連で統一してはどうかと提案したのも、それでこそ岩渕洋子の句集らしくなると考えたからである。 序文より引用した帯文である。 それは今後も続くのであろう。この句集の題名や各章のタイトルを相談された時、平泉の関連で統一してはどうかと提案したのも、それでこそ岩渕洋子の句集らしくなると考えたからである。 とアドバイスをされ、各章の見出しも白濱主宰がつけられたという。 各章の見出しを紹介しておきたい。 Ⅰ章 束稲山大文字 Ⅱ章 宿坊 Ⅲ章 薪能 Ⅳ章 平泉若水送迎 Ⅴ章 二十日夜祭 Ⅵ章 覆堂 どうだろう。見出しをみただけで、東北平泉の歴史、風土、文化の薫りがしてこないだろうか。 岩渕洋子さんは、長らく教職にあって退職後は地元平泉のガイドをつとめられているという。そしてこよなく地元を愛する方である。 タイトルの「古代蓮」は、 清衡の願ひ世界へ蓮ひらく よりの一句である。 清衡は骨肉の争いを経験し、苦難の半生を送った。それ故に万民の魂が安らかに浄土に導かれるように、そして平和な世にという強い願いがあった。 この句の蓮は四代目泰衡の首桶に入っていた蓮の種子を今の世に蘇生させた古代蓮。 とあるのは、栞を書かれた小林輝子さん。 平成二十三年六月二十九日に、世界文化遺産に登録された平泉をやさしい言葉で分かりやすく詠んでいて、この句集は平泉の観光ガイドブックに相応しい一冊と思う。 とも書かれている。「平泉」のガイドブックとしての一冊、いいですね! 本句集の担当は、Pさん。 鉄路なきホームにひとり海霧深し 淑気満つ湯気たちのぼる秀衡椀 竹皮を脱ぐ音ぽんと昼の寺 永き日や写経一字に子の平癒 神杉に盆の月上げ能果つる 中尊寺どの木も蝉の木となりぬ 福水のつぶやきを汲む男の子かな 山茱萸の花の瞬く廃寺かな 高館の一塊の闇春を待つ 鉄路なきホームにひとり海霧深し 「平成二十三年三月十一日 東日本大震災 五句」と前書きのあるうちの一句である。「鉄路なき」とは地震によってレールがゆがみ、いやふきとばされてしまったのか。この「鉄路なきホーム」が地震のすごさを語っている。「海霧深し」の「海霧(じり)」は夏の季語である。この句のあとに〈夏草や三万人の街の跡〉とあるので、地震後の廃墟となってしまった街を訪れたときの思いを一句にしたのである。人住まぬ、いや、人住めぬ街にひとり立って茫然と立ち尽くす作者の姿がみえてくる。「夏草」の句は、芭蕉の「夏草」の句を思い起こさせる一句。作者もこの句が念頭にあったとおもう。 中尊寺どの木も蝉の木となりぬ 中尊寺は二度ほど行ったことがある。杉林がまずうかんでくる。たくさんの木々にかこまれた奥深い寺である。この一句、中尊寺に慣れ親しんだひとだからこその一句だ。観光客だったら「蝉の木となりぬ」ではなくて、「蝉の木でありぬ」と詠むかもしれない。作者の耳にはおびただしい蝉の鳴き声が押し寄せている。しかし、蝉声のしない木々もよく知っている。初蝉の声がして、やがてその声がふえていく。そんな日常のなかにいる作者なんだと思う。中尊寺という高い木々にかこまれた寺であるからこその一句だ。作者の中尊寺への挨拶句のひとつである。 山茱萸の花の瞬く廃寺かな 山茱萸の明るいかわいらしい黄色がみえてくる。「瞬く」がいかにも山茱萸らしい。しかし、寺は廃寺となってしまった。地震によるものなのだろうか、あるいは歳月の経過によるものだろうかはわからない。誰もおらず、寺としての機能をしていない寺、すでに痛みがそこここに見られるかもしれない。早春にたまたま訪れたところに廃寺があったのか。その荒廃した寺に山茱萸の花が咲いていたのである。廃れていく寺に命を瞬かせている山茱萸の花が救いのようでもあり、哀れなようでもある。〈葉桜の音の荒ぶる廃寺かな〉という句もあって、こちらはさらに凄まじさがます。 高館の一塊の闇春を待つ 「高館は源義経の自刃の地であり、義経堂がある。」と栞に小林輝子さんが書かれているように、観光スポットだ。歴史にうといyamaokaも一度いったことがある。義経堂はあまり大きなお堂でなく、へえー、ここがそうなのかって思ったくらい。それよりもそこからみえた北上川がすばらしかったことをおぼえている。この一句、「高館の一塊の闇」とは、やはり「義経の自刃の地」の背後にある闇のことだろう。「一塊の闇」の措辞が巧いと思う。怨念のひそやかな深さ、背筋がぞくっとしてしまうが、下五の「春を待つ」の季語によってほっとする。するとやおらあの北上川のひらけた眺めが眼の前に展開してくるのだ。闇から解き放たれる、という感触。おなじ「高舘(たかだち)」を詠んだ〈高館へ追伸のごと囀れり〉という句もあって好きな句である。 牡丹焚く崩れ崩れて瑠璃色に わたしの好きな句である。福島県須賀川でおこなわれる牡丹焚火を詠んだ一句であるか。「牡丹の古木を火にくべると青い炎が立ち上がる。」と歳時記にある。一度行ったことがあるが、あまりよく覚えていない。どこに目をつけていたのか、と自分に突っ込みをいれたいくらい。こんな風に書かれると、牡丹というあでやかな花の名がよびおこすイメージと暗闇と青い炎がちょっとぞくっとする、掲句は、「崩れ崩れて」とリズム感よろしく「瑠璃色に」でおさめている。牡丹焚きに必要以上の感情移入をしていないところがかえってすっきりと頭の中におさまってくる一句だ。死者の魂への供養とかをおもってしまうと、一句にちからが入ってしまうと思うが、この句はただ様子を淡々と叙している。それがいいと思った。 私が俳句に触れたのは教員を退職後、平泉に昭和四十一年から続いている俳句小誌「たばしね」の句友に誘われて、晩学での仲間入りでした。 この句集は平成十七年から令和五年にかけての三八九句を収録したものです。中尊寺・毛越寺はじめその他の平泉の世界遺産や平泉の四季、仏教的行事をガイドをしながら詠んだものです。 令和元年(平成三十一年度)に岩手県俳句連盟賞「平泉若水送迎」、令和二年に岩手県芸術祭の芸術祭賞「達谷忌」を受賞した際に白濱一羊主宰から、句集の刊行を勧められましたが、自分の俳句の未熟さに五年ほど躊躇しておりました。しかし、この度、家族の強力な後押しで二年掛りで上木の運びとなりました。 白濱主宰にはご多忙の中、凡そ千句の句稿からの選句、整理、文法、句の配順等を高齢の私に丁寧に熱心にご指導頂きました。また、句集の題名「古代蓮」並びに各章の題名もつけて頂きました。その上懇篤にして慈愛あふれる序文を賜りました。 これまでのご指導と併せて深く深く感謝申し上げます。 俳句の基礎を指導下さった故菅原多つを先生と小林輝子先生 歴史を現代に詠む術を指導下さった現代詩歌文学館館長の高野ムツオ先生 一句にかける情熱を示して下さった照井翠先生 このように現代俳句界の良き指導者に恵まれたことと、大先輩の句友達や若き句友達に巡り会えたこと、「たばしね」の句友達と切磋琢磨したことなど幸せな俳句人生でした。 刊行に際しましては、カット提供の関宮さと子様、また、精神的にも物質的にも応援してくれた家族にも感謝の気持でいっぱいです。 「あとがき」を紹介した。 装丁は君嶋真理子さん。 間宮さとこさんの装画をもちいての装丁となった。 間宮さとこさんは、カバーの装画のみならず、各章に挿画を寄せてくださっている。 それが、この句集のあたたかなアクセントとなって読者の気持ちをゆったりとさせてくれる。 本文の装画を何点か紹介したい。 洋子さんの今後のさらなる活躍に期待しつつ、この優れた句集の上梓を心からお祝い申し上げます。(白濱一羊/序) 上梓後のお気持ちをうかがっていたのだが、昨日お電話くださった。 「わたし、花粉症なのね、平泉って杉花粉すごいでしょ、だから頭がぼんやりしてしまって、うまく文章書けないから電話でいい?」 と楽しそうにざっくばらんにお話をされる。 なかなか味のあるお方である。 担当したPさんが、あんな風に歳をとれたらいいなって、言っていたな、、、 「もちろんです」と申し上げてお言葉をいただいたのだった。 とてもきれいにつくっていただきました。 白濱先生も跋文をかいてくださった小林輝子さんも喜んでくださり、お友だちもとても喜んでおります。 装画も評判がよくて嬉しいです。 中尊寺の和尚さんがまず電話をくださいました。 まっさきに中尊寺の句がおかれていたことも喜んでくださいました。 地元の観光協会のひとたちも喜んでいます。 そして何よりもうれしかったのは、句友たちが句会がおわったあとに、時間をつくって句の鑑賞や批評をしてくれたことです。 わたしより若い世代の人が手紙をくださって、「句集を読んでこんなに感激したことはなかった」と書いてくださったのも嬉しいことでした。 中尊寺の和尚さんとはお親しいご様子。 「万緑の句、良かったです。」と和尚さん。 この句集、帯の背に「平泉の点描」とあるのである。 平泉に行く方は奥深いガイドである。 光堂へどの道行くも花万朶 岩渕洋子 もうすぐ、そんな季節を平泉・中尊寺はむかえようとしている。
by fragie777
| 2026-03-27 19:14
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