|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
3月13日(金) 旧暦1月25日 山茱萸’(サンシュユ)の花。 神代植物園にて。 空が青い。 近くでみるとこんな感じ。 ずいぶんこまかで複雑。 近くでみても可愛らしいけど、とおくからみるとややけぶっているように見えて好き。 山茱萸のうずうずと咲き満ちにけり 西村和子 ブログを書き出して、今日は13日の金曜日であることを知った。 案外多い、この組み合わせ。 ジェイソンって思ってしまう。 でも、13日の金曜日から、「ジェイソン」を連想するのは、すでにもうある年代以上にかぎられてくるかもしれない。 ほんとうに、時間ははやくすぎさっていく。 わたしの中の常識はどんどん古びて常識力(←そんなもんあるのか)を失っていく。 たとえば、である。 ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。 このポール・ニザンの言葉にかつてぐっと来た人は多いかもしれない。 わたしの若かりしころは、この言葉、ニザンの『アデン・アラビア』を読まなくても、友人たちはほぼ知っていてうっとりしていたようにおもう。 インターネットでしらべてみると、有名であるとも書いてあるが、いまの若者たちは知っているだろうか。 20歳の若者の心をかつてのようにわしづかみにしているのだろうか。 まあ、ないとおもうけど。。 しかしである。 常識として力をうしなってもいいのである。 変質的(?)にそれに執着する人間がいることがおもしろい。 ジェイソンにとりつかれた若者、ニザンを読みあさる若者、そんな21世紀の若者もきっといるんじゃないかって思っている。 岸本尚毅さんの「俳句日記」を、楽しみにしている人が多く、人気である。 「岸本さん、毎日、虚子の俳句を紹介できる(味わえる)ことが、うれしくてたまらないって感じです」と担当のPさん。 岸本さんの虚子への傾倒ぶりもハンパじゃない。。 じつは、この「俳句日記」をお願いしたとき、最初の岸本さんのお返事は、ご自身の句でなく、虚子の句を紹介して、自分の句は付け足しのようにしたいということだったのである。 わたしたちは、「それはなりませぬ。みな、岸本さんの俳句を読みたいと思うのですから。」と即却下させていただいたのだ。 すると、岸本尚毅さん、あくまで虚子にこだわられ、今のような形になったのだった。 このあきれるほど変質的(ごめんなさい、岸本さん)なまでの虚子へのこだわり。 すごいと思う。あっぱれとおもってしまう。 グリコのおまけではないが、(わたしも古いね)一日で岸本尚毅と虚子を味わえるという喜び。 読み手にとっても詠み手にとってもgoodな俳句日記なのではないだろうか。 今日はひさしぶりに高浜焼きの珈琲茶碗で珈琲をいれてみた。 「高浜焼」は熊本県の「天草諸島」の焼き物。 40年以上も前に行ったときに買ったもの。 気に入っている。
by fragie777
| 2026-03-13 18:47
|
Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
ありがとうございます。
長崎をむかし旅行したときに立ち寄ったものですから、刷り込まれておりました。 謝! 謝!
0
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||