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2月1日(日) 旧暦12月14日
アオジ。 小さな木の実を咥えている。 木の上のアオジ。 色は渋いけど、顔はかわいい。 なんと三羽もいる。 国立・矢川緑地をあるく。 一面、枯れの世界だった。 新聞記事を紹介したい。 1月31日づけの毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、益岡茱萸句集『雨の器』より。 音もなく始まてをり猫の恋 益岡茱萸 かつて「交尾期の猫は、悩ましい声を立て、追っかけあって騒いだ。」と坪内さん。しかし、「近年、猫たちは「音もなく恋をしているらしい。去勢手術などか行われるようになった飼い方の変化のせいか。」と。 確かに交尾期の猫の声を聞かなくなって久しい。 そもそも野良猫がわたしの住んでいる領域にはいなくなった。 しかし、ひそやかに人間の目にはとまらないところで、恋は進行しているらしい。 今日2月1日は、河東癖梧桐(1873~1937)の忌日である。 秋尾敏著『河東碧梧桐の百句」より。 瓢箪に少し二日の酒残る 明治三十二年 「ホトトギス」明治三十二年一月号に掲載された紀行文「伊豆山紀行」中の一句。〈元日を旅に出るなり朝の汽車〉と詠み始め、箱根湯本で一泊。二日の昼に掲句を詠んで伊豆山のふもとに着到。季題は「二日」で正月の句。この「瓢箪」は季語ではない。「二日の酒残る」は三日の句に見えるが、二日の話なのであった。句は特に深い意味もなく軽い内容だが、記憶に残る佳句である。俳句はこれでよいと言っている気がする。不思議なのは、この紀行文が、一月十日発行の「ホトトギス」一月号に掲載されていること。何と素早い仕事ぶりであろうか。 この道に寄る外はなき枯野哉 明治三十九年 十二月二十九日、一いちのへ戸から吹雪の中を歩き続け、午後四時に八戸に到着。その途上の吟である。実際は「枯野」どころではない厳しさだったと思われるが、この句だけ見れば、俳句のみに生きると詠んだ月並風の句にも見えてしまう。芭蕉に〈この道や行く人なしに秋の暮〉があるからなおさらのことである。むろん俳句への思いが重なっていないと言い切ることもできないが、年が明けて浅虫温泉に逗留した碧梧桐のもとには、中村不折から六朝書が送られ、碧梧桐の書風が変わるきっかけともなっている。碧梧桐は、俳句ばかりに生きたわけではない。 以下は巻末の解説より。 碧梧桐から見れば、俳句においても書においても、いわゆる〈巧い〉作品は、すべて〈月並〉だったに違いない。俳人は、一方に碧梧桐のその思いを警鐘のように鳴り響かせながら、自分の道を歩むしかない。 今日野川緑地をあるいていて、散歩途上の柴犬にあった。 一緒に歩いていた友人たちが気づいて、立ち止まって犬が通り過ぎるのを待つかたちになった。 するとどうしたことか、四五人いるのにわたしにのほうへ近づいてくる。 (実はわたし犬はキライじゃないけど、苦手。) ほかの友人たちには目もくれずにわたしの方やってきた。 こんな感じ。 わたしは実は、やや緊張している。 撫でてあげればいいのだけど、怖くて撫でられない。 こんな風に私のみをじいっとみつめて、飼い主さんにひっぱられても、行きかけてまた戻ってくる。 こんなことはじめて。。。 なにゆえにこの犬に好かれたのか、わからないのである。 わたし以外に犬好きは何人かいたのに。 今日の水仙。
by fragie777
| 2026-02-01 18:53
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