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1月21日(水) 款冬華(ふきのはなさく) 旧暦12月3日
楝の実。 または栴檀の実。 真青なる冬空に黄金に輝いていた。 ご近所の丸池公園には立派な楝の木がある。 いつもは鵯がやってきて実をついばんでいるのだが、この日は姿をみせなかった。 空が青い。 ただ、それだけを思った。 今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、木村内子句集『金平糖』より。 ごくごくと寒の水呑む虎の喉 木村内子 「いま優雅に全身の縞模様を波打たせて歩いてきた虎が、水を舐めはじめた。」と長谷川さん。そして、付してある虎の写真がいい。 喉に焦点をしぼって虎の命のたくましさを詠んでみせた。虎はすきな動物である。ライオンより神秘性を秘めている。 西秀治記者によるものである。 タイトルは「泉下の俳人 放った光 消さぬため」「稲畑汀子 父や夫の死超えて」「馬場移公子『詩魂』の生き様」。 抜粋となってしまうが、一部紹介をしておきたい。 (略)阿波野青畝、山口誓子、加藤楸邨、有馬朗人、黒田杏子ら俳句史に名を残す37人の境涯をつづり、作品を読み解いた。弔辞のような一冊。「俳句という最短詩型に一生を捧げた人たちを知ってほしい」という願いも込めた。 (略)故人を書き続けている理由は何か。「その俳人が俳句に注ぐ情熱、業績と作品を残したいのです」。俳人の弟子や関係者にインタビューして、人物像を浮かび上がらせる工夫もした。(略) 24年に93歳で死去した鷹羽狩行編を書き下ろしたのは、半世紀にわたり俳壇を先導して業績があり、どうしても外せない俳人だったからだ。「有季定型俳句の普及に尽力し、文芸としての俳句の認識を高めた」「海外詠などの地歩を築いたことなど、業績を列挙すれば限りない」と記す。(略) 「いかなる作家も、語り部を持たなければ、忘却の彼方に消えゆく運命にある」(髙柳重信) この言葉に刺激され、「私が語り部にならなければ」と決意して書き続けてきたが、とりわけ思いが深い俳人がいる。一般にはあまり知られていない馬場移公子だ。 1994年に75歳で死去した移公子は戦争で夫を失い、最後は郷里の埼玉県・秩父を離れずに一生を終えた。〈いなびかり生涯峡を出ず住むか〉〈雁仰ぐいまさら峡の底に住み〉といった作品を生んだ。(略) 角谷さんは、泉下の客となった俳人のことを調べれば調べるほど、その俳人が自分の中に入ってくる感覚があるという。「移公子のときもそうでした。作品を生み出すときの苦しみや歓びが実感として迫ってくる。この俳人のために、私が書かなければと思う。」 登場する俳人たちは、病気をしたり家族を失ったりという著しい境涯を乗り越えて作品を生み出してきた。「俳句を詠むことで、心が救われてきたことが分かります。改めて、俳句は魂の救済になるのだと思います。 角谷昌子さんには、「馬場移公子の百句」の執筆をお願いしてある。 わたしの郷里・秩父の俳人でもある。 すこし先になると思うが、わたしはとても楽しみにしている。
by fragie777
| 2026-01-21 18:37
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