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11月16日(金) 旧暦11月28日
がまずみの実。 透き通りつつ美しい紅色をのこしている。 なんてきれいなんだろうって、ため息をついてしまった。 秋には、緑の葉にかこまれて強烈な紅色で人目をひくが、 こうして枯れの景色にかすかに残っているがまずみの実ほど美しいものはない。 新刊紹介をしたい。 A五判変型ソフトカバー装帯有り 138頁 著者の田口瑞穂(たぐち・みずほ)さんは、1954年広島県生まれ、東京都在住。野口ほつみ等の筆名で「星たちの村」に参加。後に「燕雀」同人。第37回中国新聞社賞(19879、第39回広島県市教育長賞(1989)を受賞。広島県詩人会会員。 娘の勧めによりこの度恥ずかしながら、私が三十代から四十代にかけて同人誌などに綴った詩や散文を一冊にまとめてみました。 思い返すと、あらためて自分自身を見つめ直し始めた年代だった気がします。迷いの多かった時、書くことは自分探しの道しるべになっていたのかもしれません。 「あとがき」を紹介した。田口瑞穂さんにとってのはじめての詩集である。 全部で50篇の作品が収録されているが、9篇の散文も収録されている。 本詩集には、菊池麻奈さんによる栞文が添えられている。 「ーー団地と故郷と」という副題とともに。 まず、タイトルとなった「交感」という詩を紹介したい。 交感 二日続きの冷たい雨がやんだ朝 無造作に脱ぎ置かれたサンダルのように 彼の首輪がただそこにあった 隣家の主人が 彼の掘った穴を埋め 雨よけの囲い戸を燃やし 彼の小屋を片付けていくのを わたしはただ見ていた 見るからに寂しそうな顔というものはあるらしい 犬好きの友人のようにさりげなく 彼と語らうことができずにいた、が 気にかかって仕方なかったのだ 布団を干すベランダから 洗濯物を干すフェンス越しに わたしたちの視線はからみあい 馴れ合わないままに中空に浮かんでいた 竿売りの声に合わせてうたっていたと 飼い主が彼の思い出話をする 遠くからでもよくわかってねぇと言う だが、皆が出はらって むやみに静まった団地の真昼間の あの極まった遠吠えを家人は聞かなかっただろう どれほどの遠さからの声に応えていたのか どれほど遠くにあるものを呼んでいたのか ひそかにわたしは彼を真似 締め切った部屋でひとり声を上げてみる、が 薄っぺらい悲鳴が反転しただけで 何も聞こえてはこない 彼の目がわたしを映さなくなったあの日から わたしは盲いたまま安らいでいった そして今、彼の居た場所に増築された壁の 白々とした反射光が目に刺さりはじめる この詩について、菊池麻奈さんはこのように書いている。一部を抜粋したい。 淡々とした日常の呼吸のすぐ裏に、極まった遠吠えが隠されているかもしれないことを、すぐれて抑制的な本作の措辞とリズムが効果的に伝えてくる。お互いに遠くを想ってばかりいる彼と「わたし」の間に〈交感〉は成立したのだろうか? 鏡像としての彼がいなくなったことで、「わたし」は自身の孤独感に蓋をすることが出来るようになるが、その先にやってくる虚無の反射光は、彼と交わしたぎこちない視線よりさらに深刻に、「わたし」の所在なさを浮かび上がらせてゆくだろう。詩人にとって〈交感〉とは、いつでもそうした切ない反語を潜めているのだ。 次はわたしの好きな詩を一篇紹介したい。 新入社員 「つぎ 貸して下さい」 私の頭の上を通り過ぎる声 「どうぞ お先に」 「どうも どうも 悪いですなァ」 愛想のよい声が行きかう なんのことはない 貸し借りされるのは 鉛筆でも 消しゴムでも 電気計算機でもない この私なのだ 事務補助 せまい机の上に 小さくかがんで 月給七万円也の 生活の糧を得る この私なのだ 幼い頃 兄にたずねたことがある 「立派な人になるには どうしたらいい?」 兄は答えた 「誠実であること 人のために 何かすること」 そうして 兄は 詩人となり 医者となった そうして 私は 夢を 放棄した さりとて 自分の 選んだ道なのだ 今日も今日とて 重い言葉を抱えながら 笑っていなければ ならない 四角く切り取られた 青い空だけが 私のごまかしを嗤う 小さい雑誌の投稿欄に「M・T」など簡単なイニシャルを用いて詩を投稿すると、時折、お洒落な挿絵と組み合わせて載せて貰えるのがとても嬉しく、そのうち、中国新聞に広島で「星たちの村」という同人誌が創刊されたという記事を見かけました。技術やジャンルを問わないという間口の広さに心惹かれて、思い切って参加し、それ以後、年に一度の短詩型文芸大会の現代詩の部門に応募したりしていました。 数年続けているうちに入選することもあり、選者だった相良平八郎先生に「燕雀」という同人誌に誘っていただき、素晴らしい同人の方々のなかで学ばせていただきました。 自分の未熟さで作品は増えませんでしたが、「燕雀」での一編で、翌年の広島県詩集に収録されたのが巻頭の「交感」です。 ふたたび「あとがき」を紹介した。 ここに収録された詩の作品は過去に書かれたものである。年月をへて著者の田口瑞穂さんは、それを集めてこうして一冊の詩集とされた。歳月をへた作品であってもこうして一冊にまとめられ、世の中に送りだされたのである。それらの作品はふたたび息を吹き返し、田口瑞穂という人間の精神の一断面を語っているのだ。その断面はつややかに瑞々しく読み手のまえに息づいているのである。 本詩集の装丁は、君嶋真理子さん。 グリーンを色調にというのが田口瑞穂さんのご希望だった。 同人誌の廃刊につれ、次第に書くことから遠ざかりましたが、今改めて若い頃の作品を読み直すと、気恥ずかしさと共に、当時の思いが懐かしくかしく蘇ります。 拙い作品ですが、どれか一編でも交感していただけましたら幸いです。(あとがき) もう一篇のみ詩を紹介したい。 海辺にて おかあさん 海が 恋しくないですか 潮風が 恋しくないですか 島を離れて 三十数年 雪深い山里のくらしのなかで 潮騒の子守唄を 思い出す夜はあありませんか あなたを育んだ この海を眺めていると 海は あなたに あなたは 海に かぎりなく 似てきます わたしの知らない ふるさとのはなしを 聞かせてくれませんか おかあさん 著者は多くの場合こまやかな観察眼によって、老いゆく故郷や父母と自らの間の距離感をその都度掬い上げている。そこには、郷愁と日常感覚との間を行き来する者の具体的な足取りが見えて、嘘がない。 菊池麻奈さんの栞文をふたたび紹介した。 今日の空。 いつも通っているこの電灯にこんな表記の板があったとは。 この表記は何を意味するのか。
by fragie777
| 2026-01-16 18:40
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