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1月6日(火) 芹乃栄(せりすなわちさかう) 旧暦11月18日
あたたかな冬の日差しのなかに、わずかに残っている薔薇の実。 その可愛らしさにおもわず足をとめてしまう。 新刊紹介をしたい。 昨年刊行になった本をまだ紹介しきれていない。 今日は、角谷昌子著『俳句の水脈を探るー平成・令和に逝った俳人達』を紹介したい。 46判ソフトカバー装帯有り 482頁 37名の俳人を収録。 大冊である。 著者の角谷昌子(かくたに・まさこ)さんは、1987年に「未来図」に入会し、鍵和田秞子に師事。2020年鍵和田秞子主宰死去により「未来図」が終刊となり、そ後後「磁石」同人。公益社団法人俳人協会理事、国際俳句協会理事、日本現代詩歌文学館評議委員、日本文藝家協会会員。三冊の既刊句集、評論集、共著など多数、評論『俳句の水脈を求めてー平成に逝った俳人たち』で、俳人協会評論賞、日本詩歌随筆評論大賞を受賞。本著はその続編にあたるものである。 まずは、本書に登場する俳人たちを、列記しておきたい。俳人それぞれにタイトルは付されており、それがその俳人を雄弁に語っているのでそれも紹介したいところであるが、それは本著をよむ楽しみにしていただくことにして、ここでは名前のみにとどめる。 順番は、生年の順による。 阿波野青畝 右城暮石 瀧春一 山口誓子 百合山羽公 加藤楸邨 殿村菟絲子 高屋窓秋 小松埼爽青 皆川盤水 松崎鉄之介 馬場移公子 沢木欣一 高島茂 真鍋呉夫 古館曹人 成田千空 清崎敏郎 深見けん二 鷲谷七菜子 波多野爽波 小川濤美子 丸山海道 星野麥丘人 成瀬櫻桃子 福田甲子雄 岡本眸 今井杏太郎 加藤郁乎 廣瀬直人 大峯あきら 有馬朗人 稲畑汀子 鍵和田秞子 安井浩司 黒田杏子 鷹羽狩行 「あとがき」を抜粋して紹介する。 本書は、月刊「俳句」(角川文化振興財団)に連載した「俳句の水脈・血脈─平成・令和に逝った星々」より、令和三年五月号から約三年間の文章を収めたものである。連載は、現在も続いている。(略) 執筆にあたり、インタビューによって知り得たことからは書き起こさず、それぞれの俳人の業績を時代的背景や芸術・文学史を基にして、客観的に記述したつもりであるが、筆者の力の及ばぬことも多々あると思う。ご容赦いただきたい。 俳句評論」や「俳句研究」の編集長を務めた高柳重信のことばを、いま思い返している。昭和五十八年に六十歳で没した重信は、生前、「いかなる作家も、語り部をもたなければ、忘却の彼方に消えゆく運命にある」と言っていたという(『高柳重信読本』角川学芸出版・平21)。幸いにも、重信には多くの支持者があり、没後半世紀近くを経た現在でも、忘れられることはない。 だが、俳壇においては、年月を経るうちにその人物像や作品の評価がうすれてしまう俳人も多いのではないだろうか。そこで、俳壇史に足跡を残した俳人について、微力ながらその業績と作品を書き残したいと思った。そのきっかけは、作品が放つ光や俳句に注ぐ情熱に心が動かされたからである。彼ら先人たちは、俳句を高みにまで引き上げ、あるいは深く沈潜させて、俳句の幅を広げていった。 俳人たちがさまざまな境遇のなかで、俳句によって、いかに苦難を乗り越え、人生の希望を得ようとしたかが分かり、俳句とは「魂の救済の文芸」であると強く感じた。また、言語芸術としての俳句の本質を真摯に追求した俳人の作品や境涯からは、それぞれの時代に向き合い、作品を高めようとする姿勢が具体的に見えてきた。 37人の俳人たちについて、資料を駆使し、その俳人につらなる弟子や関わった人にインタビューをし、適宜俳句を紹介しつつ一人の俳人にたいしての情報量をたっぷりと施してあるものである。つまり、角谷昌子によるその俳人への批評集というより、できるだけ資料にもとづいた客観的な情報をあつめ、複眼的な視点からその俳人像にせまるものである。わたしが驚くのは、これだけの資料をあつめそれを読みこなしているといういこと、そしてひとりの俳人をさまざまな方向から多角的にとらえ肉付けをしているということである。ここに収録されている俳人について知りたいと思ったら本書をひらけばよいという、資料性にもすぐれた一書であるということだ。 いまでも作品の新しさは失われず、若い俳人たちにも好んで読まれる波多野爽波をちょっととりあげてみよう。(わたしはたいへん面白く読んだ) 波多野爽波についてのタイトルは、「『多捨多作』多様性」とある。 本書をとおしてあらためて知ったことは、爽波もまた戦争体験者であり、戦争によって父をうしない、母もまた戦後すぐに亡くなっている。家は焼かれ、息子も失うという不幸に遭っているということだ。「爽波の句集『鋪道の花』に嘆きを直叙した境涯詠や戦争の惨状を主題にした作は見当たらない。」と角谷さんは記す。興味深かったのは、学習院時代に同級であった三島由紀夫との交流である。三島は爽波の作品について亡くなるまで見続けてきた一人であるということも本書で知った。「高校時代の爽波を「清潔で爽やかな青年」だったと描く三島には、ほのかな思慕があろう。また自分のような「ヘンな老成した野暮つたい詩心」が無いと捉えている。文学の呪縛を感じさせない爽波を眩しく思っていたに違いない。」と。そして、虚子の死後、赤尾兜子、金子兜太、島津亮、鈴木六林男、林田紀音夫、堀葦男などとの交流によって爽波に俳句の文体の変化があると角谷さんは作句例をあげて記している。どんな句であるかは本書を読んでほしい。「素材や季語、取り合せの離し方、文体の新しさの追求ばかりか、昭和三十八年から約五年間、現代仮名遣いを採用した。この模索の期間を飯島晴子は「放蕩」の時代と呼んだ。」とある。そして爽波は、「これらの句を失敗として『湯吞』には未収録」にしたのである。そんな爽波の一面に触れることもできるのが興味ふかい。また爽波と髙柳重信との共通点に触れている箇所がある。「爽波は出征し、重信は胸を病んで徴兵を免れた違いはあるが、戦争の不条理に直面し、なお俳句創作に可能性を求めたこと、俳句で感動を詠むのではなく、できた俳句に感動や驚きが生じる言葉の面白さに注目して類型を拒絶したことなど」と例句をあげて実証していく。爽波の句集それぞれについてもその背後にあるものを浮かびあがらせながら、多角的にとらえていく。 本書の魅力のひとつに、その俳人に関わった俳人へのインタビューがある。波多野爽波の場合は、岸本尚毅、山口昭男のおふたり。二人とも爽波に師事した俳人である。そこに田中裕明もしばし登場する。このようにして俳人・波多野爽波は、豊かに肉付けされて読み手の眼前に立ち上がってくるのである。 また、本書の魅力はどこから読んでもいいということ。 好きな俳人、興味のある俳人から読み始めることをおすすめしたい。 資料集めといい、情報処理といい、一人の俳人についてだけでも多くの時間を費やして記されたものであることを考えるとわたしはこの大冊を眼の前にして気の遠くなるような思いがしてくる。 ひとえに角谷昌子さんの俳句への俳人への情熱と語っておきたいという執念がそうさせた、それにつきる。 なんとももはや、脱帽である。 本書の装丁は、角谷昌子さんのご希望もあって、間村俊一さん。 大冊であってもスマートに仕上がった。 カバーの絵は、フェルナン・クノップフ画「みすてられた町」 参考文献だけでも大変なものである。 近年、大地震、火山爆発、洪水、国家間の軋轢など、時代の閉塞感、危機感がつのってゆく。自然破壊、領土問題をめぐる戦争、天変地異などが地球を痛めつけ、仮想現実が事実と乖離してゆく世の中で、いったい俳句とどのように向き合っていけばよいのか。その答えはいまだに見つからないままだが、手がかりのひとつとして、先達の俳人たちの作品やことばの中に、ヒントが見出せるのではないかと思う。この評論集が、ささやかながら、その一助となり、それぞれの俳人の再評価の契機になれば、これにまさる喜びはない。(あとがき) 上梓後のお気持ちをうかがったところ丁寧なお答えをいただいた。 ①出来上がりの所感 『俳句の水脈を求めて―平成に逝った俳人たち』(角川文化振興財団・2018年:俳人協会評論賞・日本詩歌句協会随筆・評論大賞 各賞受賞)の続編、 『俳句の水脈を探る―平成・令和に逝った俳人たち』(ふらんす堂・2025年)が、いよいよ刊行となりました。校正に多大な時間を費やしたので、当初の予定から大幅に刊行が遅くなりました。内容は、角川文化振興財団『俳句』に連載している「俳句の水脈・血脈―平成・令和に逝った星々」の3年間の記事に、鷹羽狩行論を書き下ろしで加えました。 言語芸術としての俳句に生涯を捧げた37名の俳人の作品と境涯を論じた評論集です。師系でない著者による論考によって、違った俳人像が捉えられれば、嬉しい限りです。また、それぞれの俳人に縁のある方々のインタビューのおかげで、各俳人の実像が身近に感じられるようになりました。 装丁は、前刊に続き、間村俊一さんにお願いしました。ベルギー象徴主義の画家フェルナン・クノップフの「見捨てられた街」が表紙を飾っています。偶然にも、著者の愛するベルギーの古都ブルージュがモチーフです。ミステリアスな雰囲気は、俳句の奥深さを象徴しているようでもあります。 みなさまには、まず味わい深い表紙をご覧いただき、それから興味のある俳人から読み始めて下されば幸いです。 ②今後の取り組み 角川文化振興財団『俳句』の連載「俳句の水脈・血脈―平成・令和に逝った星々」は、現在も続いています。平成・令和に多くの俳人が泉下に旅立たれました。「俳句評論」や「俳句研究」の編集長を務めた高柳重信は、「いかなる作家も、語り部をもたなければ、忘却の彼方に消えゆく運命にある」と言っていたそうです。俳壇史に重要な足跡を残した俳人たちが、今後も顕彰されてゆくために、この評論集が少しでもお役に立てればありがたいです。 角谷昌子さん 角谷昌子さんは、なおも書きつづけておられるのだ。 もうそれは角谷さんに与えられた使命であるとわたしは思う。 21世紀の語り部として。
by fragie777
| 2026-01-06 18:14
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