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12月14日(日) 赤穂義子祭 旧暦10月25日
雨上がりの雑木林を散歩する。 曇り空であるが、落葉のあかるさがうれしい。 空気はしっとりとして頬に気持ちがいい。 人の姿はあまりなく、静かだ。 薔薇の実には雨しずくが。。。 髙柳克弘著『芭蕉の一句』より今日の日付のものを紹介したい。 何にこの師走の市にゆく烏 『花摘』 なにゆえ慌しい師走の市中へ行くというのだろうか、この烏は─といった句意。『三冊子』によれば、芭蕉はこの句の要所を「五文字の意気込みにあり」と述べたという。「何にこの」の語気が、一句の命だというのだ。呼びかける気持ちを含んだこの表現によって、烏は単なる客体ではなく、思いを託すものとして詠まれている。人でごった返す市中へわざわざ向かう烏の姿には、風雅を志しながらも、やはり生活者として市中に行かざるを得ない自分の姿が重ねられている。風雅に徹しきれないことへの自嘲に裏打ちされた一句。季語=師走(冬) 湿り気をふくんだ落葉。 気持ちのよい静けさが支配している。 昨日の映画のつづきは、おもっていたとおり女は筋金入り(?)のファムファタールで、男は骨抜きにされるというよくある話ではあるが、女によって狂わされた男であるはずなのだが、どういうわけか女と別れたあともそこそこ出世をしてひとかどの市民生活を送っており、やがて二人は再会する。女は相変わらずよくわからないがすさまじくエロティックである。 一言二言ことばをかわし二人は別れていく。 この映画のタイトルはどうやらギリシャ神話の女神のなまえのようだ。 この映画には女の精神性などは不要なのだ。 なんたって女神なんだから。 よくわからない映画だった。 しかし、映像はきらいじゃない。
by fragie777
| 2025-12-14 19:01
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