ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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大島史洋著『斎藤茂吉の百首』再版出来上がる。

12月9日(水)  旧暦10月21日


大島史洋著『斎藤茂吉の百首』再版出来上がる。_f0071480_17241125.jpg
神代植物園ではすでに雪吊りが整えられていた。

大島史洋著『斎藤茂吉の百首』再版出来上がる。_f0071480_17233793.jpg


大島史洋著『斎藤茂吉の百首』再版出来上がる。_f0071480_17233877.jpg
悪戯坊主のような菰巻(こもまき)。



大島史洋著『斎藤茂吉の百首』が再版となって、出来上がってくる。



大島史洋著『斎藤茂吉の百首』再版出来上がる。_f0071480_17354071.jpg


読みたいという読者の方からの要望も有り、思い切って再版をすることにしたのだった。
斎藤茂吉は、多くの人に読まれている代表的歌人である。
これからも読み継がれていくだろう。
執筆者の大島史洋さんがえらんだ短歌を数首紹介したい。


 放(はふ)り投げし風呂敷包ひろひ持ち抱(いだ)きてゐたりさびしくてならぬ
 
 もの投げてこゑをあげたるをさなごをこころ虚(むな)しくわれは見がたし

 けだものの穴ごもりしてゐるごとく布団のなかに吾は目を開(あ)く

 朝(あさ)な朝(あさ)な味噌汁(みそしる)のこと怒(いか)るのも遠世(とほよ)ながらの罪(つみ)のつながり

 このくにの空を飛ぶとき悲しめよ南へむかふ雨夜(あまよ)かりがね





そして、昨日の12月9日は、夏目漱石(1867~1916)の忌日であった。

井上泰至著『夏目漱石の百句』より、冬の句を紹介したい。

 凩(こがらし)や海に夕日を吹き落す   明治二九年

「吹き落す」の誇張は、漱石が親しんだ漢詩世界のレトリックを彷彿とさせる。吹き落とされるのは、頭巾だったり、書物だったり、花だったり様々あるが、凩の頃の夕べは、確かに落日が早く、こんな感じもする。また入日の先が、山や野でなく、海であることで、〈凩の果はありけり海の音 言水〉や、〈海に出て木枯帰るところなし 山口誓子〉が想起され、風の音、海の音も聞こえてくる。比べてみると、漱石のこの句の手柄は、言水や誓子と違って、「夕日」の色と小ささを詠んだ点にあることがわかる。

 此冬は仏も焚かず籠るべし   明治三二年

(詞書)病牀に煖炉備へつけたくなど子規より申しこしける返事に
寝たきりの子規の容体は深刻だ。暖炉を請われた手紙に書きつけた。子規一門では稼ぎ頭の漱石も、金を送ってよこしたらしく、「ホトトギス」からと暖炉を贈り、部屋の南窓もガラス障子にした。仏を焚くとは、禅の公案で、唐の禅僧丹霞が、慧林寺で大寒に遭い、木の仏像を焚いて暖をとった故事をいう。僧侶から譏そしられた丹霞は「木仏から舎利を取る」と答え、相手が「木仏から舎利が取れるはずもない」というと、丹霞は「それなら私を責める理由は無い」と答えて、偶像崇拝を批判した。丹霞の舌鋒を子規に見て、養生の労りの思いを伝えた。

 吾影の吹かれて長き枯野哉   明治四〇年

「て」は散文的になりやすい。何が何してどうなったという「報告」は厳禁だ。この句の場合、単純な接続でも原因・理由でもなく、「風に吹かれながら長く伸びている」という意味なのだろう。形容詞も無造作に使うと失敗する。俳句の結論たる感情そのものを「説明」してしまうから、子規も『俳人蕪村』で戒めている。この句の成功は、「吾影」と客観視してから「長き」と置いて、わびしくも滑稽な感じを出した点にある。〈遠山に日の当りたる枯野かな 虚子〉の地味な明るさに比べると、孤独と滑稽という漱石の二大モチーフが浮かんでくる。

巻末の解説で井上泰至さんは、

「(略)漱石の文学的出発は、間違いなく俳人としてのそれであって、小説家ではない。俳人が表看板の時期は意外に長い。」と記し、漱石にとって俳句はどんな意味があったのかを論じていく。そして、「子規無しに近代俳句はなく、その子規と肝胆相照らした漱石無しに日本の近代小説もない。その子規から感化を受けた漱石が、俳句を生きることで、「幸福」を得ていた事実とその重みを、俳句に関わる人は無論、俳句を知らない漱石ファンも、忘れてはならないと思うのである。」と記す。

来年は、漱石没後110年となる。
漱石はふるびず、いまも多くの人に読まれている。
本著も再版をしたのであるが、よく動いている。


午後、おひとりお客さまがいらっしゃった。

星衛さん。

句集上梓のご相談に見えられた。

星さんは、仙川の住民でいらっしゃって、ふらんす堂のご近所にお住まいである。

大手出版社を退職され、いままで作りためてきた俳句を一冊にするべくのご相談である。
俳句をつくるようになったきっかけは、作家・真鍋呉夫さんとの出会いである。
真鍋呉夫さんの編集担当だったことで、真鍋呉夫さんと連句をするようになって俳句へと導かれていったということ。

そして、なんと、星衛さんは、ふらんす堂より『漂流詩人の唄』を上梓された築秋雄さんのバンド仲間でもある。
チェロと笛の奏者である。
音楽家になろうという思いもおありだったようだが、
「音楽では食べていけませんからね」と笑う星さんである。



大島史洋著『斎藤茂吉の百首』再版出来上がる。_f0071480_19133791.jpg

星衛さん。


担当は優子さん。
今日は造本などを決めてお帰りになられたのだった。






目下、熊瀨川貴晶さんの評論集の作成をすすめているのだが、再校ゲラをもどしたというメールをくださった熊瀨川さんだが、

「これから、えびの市の白鳥温泉上湯に行こうと思います。
西郷隆盛も3か月滞在した温泉になります。」

とメールにあり、温泉か、いいなあって一瞬おもった。
西郷隆盛が滞在した温泉なんて古びていて趣があるのでは。
そういう温泉なら行ってもいいな。
実はわたしのマンションのおとなりが、温泉施設(?)で、都内でも人気らしく大勢の人が車でやってくる。
わたしも二度ばかり行ったのであるが、露天もあり充実している。
しかし、通うつもりはない。
大勢の人のいる温泉より、自分の家バスタブに浸かって、のんきに本を読んでいる方が倖せ感がます。
安くできているのよ、
人間が。。。






大島史洋著『斎藤茂吉の百首』再版出来上がる。_f0071480_18454662.jpg
蝋燭を購入。

時には、蝋燭のあかりで音楽を聴きながら入浴する。





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by fragie777 | 2025-12-10 18:47 | Comments(0)


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