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12月6日(土) 旧暦10月17日
落羽公の紅葉。 神代植物園にて。 今日付の讀賣新聞の森賀まりさんの「俳句とことば」に、板倉ケンタ句集『一花一虫』がとりあげられて評されている。 タイトルは「知性と情の奥の肯定感」 板倉ケンタの第一句集『一花一虫』(ふらんす堂)は読み終えてもまだ続きがあるように思えてしまう読後感。冒頭の〈雪よりもつめたき雨にかはりけり〉という澄明さは10代の作。〈ストーブはピアノを習ふ匂ひかな〉はよじれた記憶のようだ。〈ゐるくなる子ども日永の匂ひかな〉は時間の一端が見えない静けさが怖い。著者はまだ20代。〈久しからずや竹馬とその遠景と〉の老境のような感じも頼もしく思えてくる。 ほかに、 西村和子句集『素秋』(朔出版)〈白梅は痴れ紅梅は色褪せぬ〉「知性と情の奥にある肯定感にひかれる」 坂本宮尾句集『ゆるやかな距離』(KADOKAWA)〈臥す人へ芯まで紅き冬苺〉「端正でありながら映像的であり、具体的でありながら具体に回収されない魅力がある」 林桂句集『遠近(おちこち)紀行』(ウエップ)〈花茨(はないばら)神(かみ)は泳(およ)がぬ裸(はだか)かな〉「日常を紀行と呼ぶ試みは、過去を含む「褻(け)」の時間の輝きを取り戻す。」 俳人で猫好きの友人に大木あまりさんと川島葵さんがいる。 この二人は、猫にその人生をささげている、と言っても過言ではない。 その川島葵さんより、たくさんいた飼い猫の最後の猫(ビビ)が死んでしまったと、昨夜LINEがはいった。 老猫のビビは23歳、葵さんはここずっと毎日点滴をしスポイトで食事をあたえていたのである。 今日はビビを哀悼すべく、成城で会うことになった。 「たいへんだったね」というと 「疲れたかもしれない。はじめてペットロスになってしまった」と葵さん。 沢山の猫を飼っていたので、一匹が死んでも残った猫がなぐさめてくれた、だからペットロスにはならずいままではすんだけど、ほんとうにさびしいと葵さん。 そして、目下外猫で世話をしている「ぽんちゃん」も肝臓をやられてお医者につれていっているという。 時間をおかず食事をあたえつづけて、引っかかれてと、傷だらけの腕をみせてくれた。 10代から猫を飼いはじめて、これまで家のなかに猫がいなかった生活はなかったという。 ビビの前に死んだチョビは、25歳だった。 いままでも20歳まで生きる猫がおおかったとのこと。 猫の雑誌に取材をされたこともあり、獣医さんにつれていくとみな驚くという。 「猫の磁場があるんじゃないですか」という獣医さんもいたとのこと。 「特別高い猫餌をあげてるわけじゃないんだけどね」と言って葵さんは笑う。 わたしも過去に3匹の猫を飼ったが、既にみな死んでしまっていまはいない。 ふたたびは飼うつもりはないが、猫とくらした日々は豊かで楽しくおおいに慰められた。 そういう思い出があるということがいまのわたしをあたたかくしてくれる。 「猫はふしぎな生きもの。奥がふかくてはかりしれない」と葵さん。 「ほんとうに…」と言って別れたのだった。 冬麗の深さに猫を埋めにけり 川島 葵
by fragie777
| 2025-12-06 18:50
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