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11月18日(火) 旧暦9月29日
「あっ、臭木の実!」って思ったのだが、 どうやら、そうではなかった。 足もとに札があって「ゴンズイ」と表記してある。 「ゴンズイ?」 あまり聞かない名前である。 「権萃」と漢字では表記し、名前の由来は諸説あるらしい。 「ミツバウツギ科の落葉亞高木で、アジア東部に分布する」とある。 ゴンズイ、、、、 またひとつ知った木の名前である。 新刊紹介をしたい。 四六判ペーパーバックスタイル 96頁 二句組 著者の果仙さんは、神山果仙(かみやま・かせん)さんという俳人名をもつ。1936年桐生市生まれ、今年90歳になられる俳句歴は、略歴によると1947年にお父上の指導によって俳句をつくりはじめたということ。まだ10歳そこそこで俳句をつくりはじめられたのである。俳歴は79年となる。なんとも長い俳句人生でおありだ。本句集がはじめての句集となるようである。四季別に編集してあるので、これまでの句を精選して収録したのであろうか。お耳がとおくて、あまりお話をうかがうこともできず、ファックスとのやりとりで主に本作りはすすめられた。もう少しいろいろな情報をいただければ良かったのであるが、残念である。ほかに詩集と随筆集を上梓されている。 本句集は収録句数は多くはないが、果仙さんの珠玉となるべき精選句集という思いでご上梓されたものであると思う。 「あとがき」は、 山に向かって「おーい」と呼びかけると、鸚鵡返しに「おーい」と返ってる。 「おーい」「おーい」「おーい」と減衰しやがて消える。 あるとき消えてゆくときに、「おーい」ではなく「あんにゃ」と聞こえたような気がした。 「え、今、何?」 そんな馬鹿なことがあるはずがない。ありえない。死んだ弟の声がする訳がない。 だから、そんなふうに聞こえた気がしただけのことであろう。 そうであろう。きっとそうであろう。 そうに違いないがそういう気がしたことは確かだ。それはたった一度だけの体験でしたが、何十年経っても忘れられない思い出です。 最初の半分を紹介したが、俳句についてのことは何もかたられていない。 本文中の俳句のみを読んでほしい。 あとの情報は不要と思われているのであろう・ 山彦の隠るるあたり霧生るる 句集名となった一句であるが、その後にも〈狭霧よりあんにやと還るこだまかな〉〈人恋の木魂は霧に吸はれけり〉という句もあって、作者は霧のなかで山彦を聞いたのである。山彦がいそうなところは濃い霧におおわれている。しかし、霧の向こうには確かに山彦がいるのである。そしてその声は亡くなった弟の声だったようにもおもえた。霧のなかから聞こえた弟の声は作者のこころのなかに生きつづけて、こうした句を生み出したのだ。 90歳となられた果仙さんの俳句を拝読すると。90年という歳月が果仙さんの身体をとどまることなく循環して流れているのではないか。時として、歳月の断片が身体のなかで蘇りそれが一句となる。 本句集を読んでいて、そんな思いにとらえられた。 自在に時間は行きつ戻りつして流れていく。 読み手は果仙さんのその自在な時間の動きに合わせて一句を鑑賞すればいいのだ。 郷愁をさそう一句があり、しみじみとした思いにとらえられる一句があり、生きものの命に目をとめる一句があり、ともあれ90年を生きてこられた人の思いが俳句という定型に無理なくおさめられている。流れているのは、もやはあくせくすることのないゆっくりとした時間である。 風車売れた隣がまはりだし 風車が売られている。お祭りのときでもいまはあまり目にしない光景かもしれない。セルロイドでつくられた鮮やかな色風車。まわるときはかなり景気よくまわる。その日は風がなかったのだろうか、風車はおとなしかった。その一つが売れたのである。するとお隣の風車が急に回り出したのだ。風車に関していえば、ありそうである。風車にも「隣」というものはあるのである。「風車」を読んだ俳句で、お隣の風車に注目させたのはこの句がはじめてではないだろうか。売れなかった風車の必死なアピールとも思えそうでちょっと笑ってしまいそうになる。 村に来て対の燕となりにけり シンプルな叙法であり、すきな一句である。やって来た「燕」には、「村の燕」の意識はもちろんないけれど、村へやってきた燕を歓迎する作者の燕をいとおしむ気持ちが伝わってくる一句だ。燕はしばし村人にまじって子育てをしながら生きていくのだ。村人とおなじ空気をすって、風を感じ、雨に遭い、村の暮らしの音を聞きながら過ごしていく。村のことにも詳しくなるだろう。なにしろ子育てをしなくてはならない。そんな燕を村人は村の一員としてきっと快く迎えることだろう。 人待てば噴水止んでしまひけり この句はちょっと情けなさがともなう。こんなことってまあ、あまりないことだろうとおもうけど。「噴水」が止んだことと「人を待つ」ことが因果関係のように詠まれているのが面白い。待ち人はまだ来ない。そして噴水は止まってしまった。止んでしまった噴水はぺしゃんこになってしまっている。やや緊張しながら気をはっ待って待っていた作者であるが、その気持ちもしぼんでしまった。やれやれである。「噴水」が止むという句はあまり見たことがないのだけれど、どうだろう。 人形に人形の影夜店の灯 果仙さんは、在祭や浦祭りや祇園祭りなど祭りの句を詠んでおられる。たとえば、〈信号を待ちゐる渡御や浦まつり〉〈子の笛にあはせる鉦や在祭〉など。祇園祭の句もある。〈鉾立てや根本知既知今稚気知〉。掲句は、多分在祭の風景だろう。夜店がならんでいる。煌煌と灯りをつけているが、あたりの闇は深く物寂しい暗さをまとている。人形が売られている。夜店で売られるような人形であるから高級品ではない。キッチュにして子どもが買えそうな値段のものだ。すでに薄暗い闇をまとっているような人形かもしれない。そんな人形が並んで売られていて、人形に人形の影がさしているのだ。夜店の灯に照らされた人形の影、この一句は、人形とその影とそれを照らす灯しを詠んでいるのみであるが、背後の濃い闇が何かを喚びだしそうな気配。 秋風の吹き抜けゆくか胸の奥 この句をみたとき、すぐに久保田万太郎の〈あきかぜのふきぬけゆくや人の中〉という句を思い出した。好きな一句である。果仙さんの詠んだ「秋風」は、「人の中」ではなくて「胸の奥」を吹き抜けゆくのである。秋の風ともなると、「人の中」のみならず「胸の奥」までも吹き抜け行くということか。秋風だったら分かる。春風でもなく、夏の風でもなく、冬の風でもなく、「秋風」のみの特権である。「人の中」を吹き抜け行く「秋風」もまた「人の中」にいる人間に孤独を感じさせるかもしれない。しかし、「胸の奥」を吹き抜け行く「秋風」はどうだ。孤絶といっていいような作者の絶望をともなった孤独感がみえてくる。「吹き抜けゆくか」の「か」が、自身にあるいは秋風に問うているかのようで巧みである。 校正スタッフの幸香さんは、「〈点滴の音なき雫クリスマス〉に特に惹かれました」 ほかに、 寄り添へる人の温みや花の影 雉啼くやひとりの嵩の湯をこぼし 後の世へ枝垂るる桜植ゑにけり 再びのなき短夜の別れかな 身にしむや母なきことに気づく夜は 爽やかに歩まむ歩幅広くして うそ寒やちりとてちんに灯がともり 白息をもて運命線を温めむ 歌かるたまだ恋知らぬ声を張り 昭和二十六年、わたしが中学生の頃、「おはよう山彦さん」という歌がはやりました。当時声を重ねて録音する技術がなかったので、リフレインのところはコーラスガールを一列に並べマイクから遠ざかるように工夫して収録しました。 マーガレット・ホワイティングの歌詞を聴くと、山彦は「ミスター」で 「そっちへ行ってお世話しましょうか」などと言っていますから、相当年をとった男性と認識していることがわかります。 それなのに山彦の声は全員女性です。 それはまあ当たり前のことですが、わたしがもしそのプロデューサーだったら、きっと十人編成ならその最後の十人目に、爺さまを一人配置したことでしょう。 「あとがき」の後半を紹介した。 本句集の装丁は、君嶋真理子さんが関わってくださったが、果仙さんのご希望を具体化たものである。 表紙は臙脂色。 タイトルは銀刷りをして抜いたもの。 銀の色に果仙さんはこだわられた。 見返しの色はピンクを。 扉は、あたたかな黄土色に。 わが恋の歌留多奪はるたをやかに このような若々しい俳句もお詠みになる果仙さんである。 神山果仙氏。 今年の6月にご来社のときに。 果仙さんは二度目のご来社のときだったろうか、わたしに小さな色紙を書いてきてくださった。 手のひらにおさまる75㍉真四角のもの。 なんとわたしの名前が全部入っているではないか。 うれしい。 神山果仙さま ありがとうございます。 来年は91歳、 瑞々しいお心でさらにさらにご健吟くださいませ。 この度の第1句集のご縁をたいへんうれしく思っております。 ご健勝をこころよりお祈りもうしあげております。 小春日や用はあれども膝に猫 神山果仙 ![]()
by fragie777
| 2025-11-18 19:38
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