|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
11月17日(月) 金盞香(きんせんかさく) 旧暦9月28日
今日の七十二候の「金盞花(きんせんか)」とは、水仙のことであるという。日本のあの白い水仙を指すとのこと。 水仙って 好きな花だな。 仙川沿いの桜紅葉とその落葉。 ここを自転車で通過したのであるが、ほんとうにきれいだった。 今日のわたしは、この落葉の色にまけないような赤いセーターを着て出社。 赤は似合うのさ、って自分で思い込んでいる。 かつて、もうずうっとむかし、ある青年から「赤が似合いますね」と言われたことを数十年経ったいまも信じこんでいるのである。 笑っちゃうでしょ。 お笑いあそばせ。 15日付けの讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、吉川宏志歌集『叡電のほとり』より。 十年後、秋は無いかも知れなくて白を載せつつ貴船菊立つ 吉川宏志 「膨張する夏に押されて秋も春も痩せ細る」と長谷川さん。「貴船菊」は、別名「秋明菊」のこと。 この「痩せ細る」という言葉、まさにって思う。かつてわたしたちは考えただろうか。四季が痩せることになろうとは。。 午後にお客さまがおひとり。 董振華さん。 「ふらんす堂通信186号」をお送りしたことへの御礼と、中国に帰られたご報告などでいらしてくださった。 スタッフのPさんに連絡がはいったので、わたしは、Pさんに「董さんがいらしたら教えてくださいな」と頼んであった。 というのは、中国ドラマづけのyamaokaは、董さんに中国ドラマのあたらしい情報を聞きたいという魂胆があったのだ。 Pさんとの話がおわったあとに、 さっそく董さんにうかがう。 董さんは、つぎからつぎへと紙にかいて中国ドラマをおしえてくださる。 こんな感じ。 すごいでしょ。 しかし、自分でもあきれてしまったのであるが、董さんが「面白いですよ」と紹介してくれるものの半分以上は見ているのである。 「yamaokaさん、忙しいのによく見ますね」と董さん、 「仕事を夢中でして、家にかえるとわたし魂が抜き取られたようで、もうへらへらなのよね。だからもう何も考えないで、見ちゃうのね。それが癒やし」というと、 「僕もそう、仕事に疲れると中国ドラマか、料理をするかですね」 「わたしは夕食もそこそこに中国ドラマよ」 さらに驚いたのは、董さんが好きだというドラマとわたしが好きなドラマが一致するのである。 董さん、センスいいわ。 美男、美女へ趣向もよくあう。笑っちゃうくらい。 (わたしはこう言っちゃなんだけど、美しさの基準は厳しい。もっちろん自分の顔はさておいてだけど) 中国ドラマでも時代劇が好きである。 ドラマの展開のなかに、ときどき織り込まれる詩文にぐっとくる。それに出会うのもたのしい」 たとえば、 「『一日会わずば、三秋のごとし』なんて、いい言葉よね」と董さんにいうと、 すぐに董さんは「一日不見如隔三秋」と書きしるしてみせる。 「ああ、こういうのもあったわ。「一時の師は、永遠の師である」 すると、董さんは、「一月為師終為師」とボールペンを走らせる。 そして、「でも、ドラマで日本語に訳してあるものは、これらの詩文のもつ深い意味を十全に表しているとは限らないのです。詩経の言葉ですが、やはりそれにちゃんと触れて理解して欲しいです」と。 「まあ、そうなの!」とyamaokaはたじろぐ。 そして、董さんは、吉川幸次郎の「詩経国風」を読むようにすすめてくださった。 「訳がいいのです」と。 そうか、中国ドラマをふかく理解するためのひとつのハードルか。 わたしはさっそくAmazonをとおして注文したのだった。 しかし、どこまでもミーハーのyamaokaである。 ちゃんと理解できるか。。 う~~む。。。 董振華さん。 金子兜太の句集『詩経国風』は、「兜太先生が何ヶ月もかけて『詩経』をしゃぶるようにして読んで生まれた句集だそうです」と董さん。 「「一日不見如隔三秋」のことも出てきますね」と。 目下、董振華さんは、「金子兜太論」に取り組んでおられるという。 とりくんだ仕事に手をぬくことのない董さんである。 どんな兜太論となるか、楽しみである。
by fragie777
| 2025-11-17 19:37
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||