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11月16日(日) 旧暦9月27日
今朝の雲。 硝子戸をあけたとたん、おもわず おお! と叫んでしまった。 あたりはまだ充分に目覚めていない。 とりわけ休日の朝である。 鳥の声だけが世界を満たしている。 今日は、京王デパートの5階にある文房店の「伊東屋」に行く。 仕事に必要な頼んであったものが入荷したと連絡をもらっていたのだ。 かなりかさばるそれを受け取って、わたしはゆっくりと文具をながめる。 文房具を眺めるのは、買わなくても心が浮き立つ。 さまざなボールペンがあり、いくつかを試してみる。 最近はスマホでのスケジュール管理より、手帖が復活しているとも聞く。 いくつか手帖なども手に取ったりして時間を過ごす。 帰ろうとおもったときに目にとまったものがあった。 来年の干支の馬がそっとおかれていた。 とても小さいものだ。 小さなものであるがゆえに気にいった。 衝動買いをすることに。 赤い座布団は別売り。 それもつけてもらう。 座布団は5センチ四角のものなので、手のひらにおさまって余裕がある。 白い馬は起き上がりこぼしになっている。 家のどこにおくかは決めた。 仙川にもどって、昨日のつづきのゲラを読むことにした。 今日はどこのカフェにはいろうか。 仙川にはスタバ、猿田彦、星野珈琲 ドトール、などなど沢山のカフェがある。 そこにははいらず、わたしは始めて入るカフェを選んだ。 そこで注文したのが、 ストロベリーショコララテ。 1時間半ほどそこにいて、ようやく原稿の半分までたどりつく。 多分仕事時間には読めないだろうから、来週末に続きは読むことになりそうである。 初めてのカフェで驚いたことがある。 広いカフェで、ほとんどが満席状態。 しばらくして思ったことは、わたし以外の人たちはこのカフェの住民のようであった。 みな、ずうーっとここにいて、パソコンを覗いたり、本を読んだり、くつろいだり、スマホをのぞきながら食事をしたり、わたしより早く席を立つひとはだれもいなかった。若者が圧倒的におおく、わたしの前方にいる若い女性4人組はそれぞれがスマホをみつめて、ときにおしゃべりをしたりしている。わたしの横の若い男女は、男性はパソコンで何かを書き続け、女性は、小さなパソコンをみたり。スマホをみたりしている。そしてたまに会話をする。わたしの横のわたしより数分遅れてきた中年女性は、サンドイッチと珈琲を注文し、しばらくして、ふたたび飲み物を注文し、さらにしばらくして飲み物を注文し、その間ずっと半分目をとじてごく小さな声で鼻歌を歌っておられた。とても充足されている、そんな感じだった。 わたしは少なからず驚いてしまった。 日頃あまりカフェで過ごすこともなく忙しくしているので、このような空間があって、こんな風に時間を過ごす人たちがいるってことが、発見だった。 会計をしようと伝票をレジにもっていくと、誰も来ない。 しばらくして、そこは自動会計であることがわかったのであった。 このカフェで働いている人はホールの広さにくらべて少ない。 そういうことも、多分このカフェを利用するひとたちにとって、居心地のいい空間なんだろう。 わたしはそんな人たちときどき見ながら、原稿に目をとおす。 なかなか難解な部分もあるが、しばしばおもしろい文章にぶつかる。 女性の日記形式で書かれたものだ。 たとえば、「裸体」についての考察である。 真の裸体は平らで、滑らかで完成したものでなければならない、と彼女は思う。凪いだ海面のように、平らで滑らかで完成したものでなければならない。なぜなら裸体は極限の平静であり、裸体は身体の偉大な禅的特異性であり、その存在の始まりと終わりだからだ。だからこそ鏡の表面は平らでなければならず、他の表面よりもさらに平らでなければならない。その平坦さで身体を誘い、裸体を手なずけ、そうした身体による信頼を得たことにより、ついに落ち着いた仔牛のように寄り添い、見せることを許すのではないか? こういう文章にふれながら、かすかな鼻歌を聴きながら過ごす休日のカフェ、いつもとはちょっと違う手触りの時間がながれたのだった。 この原稿については、後日あらためて紹介したい。
by fragie777
| 2025-11-16 18:43
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