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11月5日(水) 旧暦9月16日
藤袴の咲く水辺。 すこし前の神代水生植物園にて。 いまはもうきっと枯れの風景だろう。 今日は、俳人・沢木欣一(1919~2001)の忌日である。 出征旗まきつけ案山子立ち腐れ 沢木欣一 大阪府河内の辺りの嘱目吟である。立腐れの案山子を通して、敗戦の混乱と不作で収量が上がらず、荒れるにまかせてある農地のありさまが想像される。 祝意と武運長久の祈りを込めて出征兵士に寄せ書きした貴重な日章旗が、今、吹き曝しの案山子に巻きつけられている。この旗も、案山子とともに朽ち果ててゆくのであろう。 戦意高揚の時代を象徴する「出征旗」と、農業の荒廃を示唆する案山子の結びつきは、戦争の果てにもたらされた苛酷な現実に対する批判精神の具象化である。(『塩田』昭和二十四年) 立冬のことに草木のかがやける 沢木欣一 立冬を迎えた緊張感が、草木を輝かせている。「かがやけり」と明澄な響きのi韻で言い切るのではなく、「かがやける」のu韻を伴う連体止めの余韻のうちに、初冬らしい穏やかな光彩を描いてみせた。後に欣一は「還暦座談(七)」(「風」昭55・8)の中で、「野の草でも雑草でもせいいっぱい生命を保って、それを伸ばしてる」として、「平凡なものにでもよさを見つけてゆく」ことを説く。この言葉は、掲句に裏づけられたものといえよう。とすれば、座五「かがやける」は、精いっぱい生きる自然の姿を捉えたものであったということになる。(『二上挽歌』昭和五十年) 新聞掲載の記事を紹介したい。 11月1日付けの讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、片山由美子句集『水柿』より。この日より10日間にわたっての紹介となる。 まずは、第1日目のもの。 どこまでも落ち行く夢をハンモック 片山由美子 「不思議の国」のアリスの夢は恐ろしい夢、では「この句のハンモックで眠る人はどんな夢を見ているのか」と長谷川櫂さん。 このあとの9句は、この1句とともにまとめて紹介をします。 「夢」というと、大岡信の「あてどなき夢の過剰が ひとつの愛より夢をうばった」という詩行をわたしはとっさに思い出すのだけど、これは正確な表記でもないかもしれない。でも、呪文のように思い出してしまう。。。 おなじく11月1日付けの毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、対馬康子句集『百人』より。 抱くときは素手でなければならぬ月 対馬康子 「抱く」ものは何だろう。坪内さんは、「月、いや月光の中の恋人、あるいは子犬などかもしれない」と。この句、「月」で終わらせているのが面白い。月を素手で抱く、そんな風にも読める。 おなじく毎日新聞の今日の日付の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、行方克巳『季寄せ』より。 人体図何処(どこ)とどこ病み秋深し 行方克巳 「人体図を見ながらここを病んだなあと思っているのだろう」と坪内稔典さん。人体図ってコワい。小学校のころ、理科室に人体図ではなく人体模型がおいてあって、わたしは近寄れなかった。いまでもきっと人体模型とふたり(?)きりで部屋の中では過ごせないと思う。 ちょっと急を要する本作りがいくつかあって、かなり超スピードですすめる結果となった。 ほんとうはそれなりに時間をとって丁寧にすすめたいのであるが、そういうわけにもいかずというやむを得ぬ事情ということもある。 早くしてほしいといわれると心が急いてしまって、見落としがあったりしてミスがうまれる確率が高い。 ただ、恐ろしいのは、はやくすすめたということは、出来上がった本は語らない。 ミスは本とともに永久に残ってしまうことだ。 「木はその実によりて知るべし」というイエスのことばがあるが、 出来上がった本がすべてを語ることになる。 冬の鹿一縷の水を飲みゐたり 沢木欣一
by fragie777
| 2025-11-05 18:42
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Comments(1)
遠い昔・・抱きしめたり抱きしめられたり・・わすれました。
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