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11月4日(火) 旧暦9月15日
秋薔薇(アキソウビ) 新刊紹介をしたい。 橋間石(はし・かんせき)(1903~1992)の俳句の百句鑑賞と解説を収録したものである。百句シリーズの一貫として刊行。執筆者は師系となる赤松勝氏。2024年にふらんす堂から句集『連用形』を上梓されている。 「俳人のほとんどすべてが、正岡子規から発する系統に属するが、橋閒石は、唯一と言ってよいほど、その系統に属さない俳人であった。義仲寺の名跡となる寺崎方堂に連句の手ほどきを受け、その後、方堂から「四空窓」の号を譲られた諧師でもあった。」 赤松氏の巻末の解説のはじまりである。解説のタイトルは「アポロとディオニソス」 「閒石は、明治三十六年(一九〇三)、金沢市の生まれ。京都帝国大学の英文科を卒業し、後に神戸商科大学(現兵庫県立大学)で英文学の教授となる。専攻は、イギリスのチャールズ・ラムなどの随筆文学であった。(略)。平成四年(一九九二)八十九歳にて逝去。 英文学と俳諧の同居はきわめて異色であるが、そもそも、俳諧の連歌と呼ばれた連句は、正岡子規によって、「発句は文学なり、連俳は文学に非ず」と一刀両断に切捨てられ、消滅の危機に瀕していた。閒石は、そんな連句と出会ったのである。」 連句の研究と実作の指導につとめ、俳句史において異彩をはなつ俳人である。 魅力的な作品も多く、この度赤松勝氏のご尽力によってシリーズの一冊として刊行できたことを喜びとしたい。 本文中よりいくつか紹介をしておきたい。 人中に呟く男十二月 『雪』昭和26(一九五一)年 師走の人ごみの中、いずこかへ行くひとりの男、ぶつぶつ呟いている。そんな街角の光景を切り取った句であるが、いったい何を呟いているのか。十二月という月は人を尋常でない心の状態にさせる。今年はあれがあった、これがあった、ああすればよかった、こうすればよかった。回顧と反省がめまぐるしく行き交い、思わずひとりごとを言ってしまうのだ。 芭蕉に「何に此師走の市にゆく烏」という句がある。烏の好きな閒石であったが、この句が念頭にあったかどうかは不明ながら気になる。 夏風邪をひき色町を通りけり 『和栲』昭和58(一九八三)年刊 夏風邪をひいて色町を通った、風邪はたいしたことない、この句はそう読めるが、果たしてそうなのか。一句は、「夏風邪」と「色町」の取り合わせだが、現実のことだろうか。あり得なくはないが、これは、夏風邪で朦朧とした頭が生んだ夢幻の世界ではないか、と思う。閒石は、「虚実という言葉と、それが示唆する問題に強い関心を寄せるようになった」と言い、「実と称するのが虚であり、虚と思念するものこそ実なのだというふうな直観、この身もつねに虚に浮游している、といった体感なのである。」と書く。(『虚』)「虚実」は俳諧の原点である。 階段が無くて海鼠の日暮かな 『和栲昭和58(一九八三)年刊 『和栲』という句集が、第十八回蛇笏賞を受賞したことで、この句が一挙に有名になった。「階段」と「海鼠」の取り合わせが意表を突く。しかもその「階段」は存在しないという。海鼠はじっとしたまま日暮がやってきて、海底に縛り付けられているかのようだ。色調はモノトーンで、一句の印象は暗く無音である。海鼠という生物の哀しみが滲んでいるのだ。 そういえば芭蕉の句で、「生ながらひとつに氷る海鼠哉」という句があった。海鼠はいずれも生の憂愁へと俳人を誘うようである。 神々の磁場を離れよ葉鶏頭 『虚』昭和60(一九八五)年 「葉鶏頭」は雁が飛んでくる頃に赤く色づくことから「雁来紅」とも呼ばれる。 万物に神が宿る、日本古来の宗教観は多神教だからすべての存在は、神から離れることはできない。しかし、「葉鶏頭」を持ち出し、その神の磁場から離れよと言っている。万物はもっと素朴であってよいとしたものである。 なるほど、葉鶏頭のかたちは、どこか、砂鉄に磁石をあてたときの形に似ている。この植物は生来、神の磁力が特に強くあてられている、との観想である。 混沌の落し子なりやかたつむり 『微光』平成4(一九九二)年 「混沌」は辞書に「天地開闢の初め、天地のまだ分かれなかった状態」という説明がある。蝸牛はそこからの「落し子」であると。梅雨時に紫陽花の葉などをゆっくり移動する姿を見ると、ほんとうにこの生き物はどこから来たものかと思ったりするが、なるほど「混沌」から来たのか、となんだか納得してしまう。「混沌」はもともと「渾沌」と書かれ中国の神話に出てくる。一方、「落し子」は「貴人が妻以外の女に生ませた子。比喩的に、意図されないで生ずる事柄」などと書かれている。まことに不思議な出自で今日も微速前進しているのだ。 秋の蝶不等式より零れけり 『微光』平成4(一九九二)年刊 数学の問題を解いていた。そこへ秋の蝶がふらりとやって来て、またどこかへ飛んでいってしまった。あたかも不等式からこぼれていったようだ。具体的な場面を描くとこんな具合になるが、心象的な句として捉えるべきであろう。 不等式は、不等号を用いて大小関係を表した式で、秋の蝶はどこか弱弱しい。その弱々しさを、不等式が代弁しているのである。不等式が生のエネルギーの残量を示すがごとくだ。「零れけり」が最後の力をふりしぼっているように見える。 動物を詠んでも植物を詠んでもどれも不思議な時空をまとっている。生活圏の範疇のものでありながら、ちがう感触を想起させる。 ふたたび解説の一部を紹介しておきたい。 閒石は、昭和二十四年(一九四九)「白燕」を創刊し、寺崎方堂の下を離れることになる。「白燕」は、俳句、連句、随筆の三本立てで構成された俳誌で、他誌とは異なる独特な雑誌であった。俳句はもともと連句の第一句目たる発句が独立したもので、同じ土壌のものだ。そこへ随筆が加わったのだが、これは専攻する英文学との関係が推測されるものの、三本立てにすることにより、文芸誌としての立体感を目指したものと考えられる。(略) 日本古来の伝統文芸と英文学との結合は、新しい俳句を予感させる。つまり、俳諧の柔らかさと英文のシャープさの結合、あるいは、日本語の曖昧さと英語のロジカルでストレートな表現の融合、それらが俳句にどう表れるのか、橋閒石という作家によって実現されようとしていた。 ともかく、橋間石の自在な俳句を楽しんでほしい一冊である。 「京都大学時代、誘われて新興俳句系の句会に出たが、孤独癖で非社交的な間石は句会を好まず、以後出席しなかった」というエピソードを和田悟朗氏がどこかに書いていたとも。 表紙の装画は以下の句より。 顔剃らせいて梟のこと思う そして、 陰干しにせよ魂もぜんまいも 橋 間石 という句、 好きだな。。 昨日、上野・東天紅でおこなわれた第62回現代俳句全国大会の表彰式について、記しておきたい。 沢山のかたが受賞され、長い時間にわたっての授賞式となった。 ここでは、現代俳句協会大賞、現代俳句協会賞、現代俳句協会賞特別賞の紹介を中心に、あとは受賞名とお名前と写真でのご紹介にとどめたい。 第25回現代俳句大賞 昨年、ふらんす堂より句集『荊棘』を上梓された中村和弘氏。 「人間探求派の加藤楸邨から田川飛旅子の流れを「陸」主宰として継承し、現代俳句を意識しながら物に即した骨格の強い文体を探求した。特に句集『荊棘』は、独自独歩の乃硬質な世界を構築しており、各賞を受賞するなど高く評価されている。現代俳句の会長として6年間在住し、法人化を成功させるなど、現在の協会の礎を築いたことが高く評価された。」と紹介されていた。 中村和弘氏。 今日は珍しく秋晴れで、いかにも晩秋の空という感じになりました。そして、池之端の破れ蓮も美しいですね。私は蓮が好きなので、池の端を一周しました。季節の蓮池の様子、これをぐるりと回って観察すると面白いです。今年の夏は暑かったですが、青々として蓮池は元気でした。そんな佳き日にまったく思いがけなく、受賞の知らせをいただいて嬉しさの反面狼狽えておりました。気が小さいので褒められると狼狽える性格で、あまり表彰されることに慣れていません。でも皆さんにお目にかかれて嬉しく思います。今日は立ち見席もあって盛況ですね。これも現俳協の幹事や、青年部のスタッフのおかげですね。若い人たちが現俳協を盛り上げつつあってありがたいことだなと思います。50歳以下の若手が多いのは現代俳句協会であります。私の師は田川飛旅子先生ですが、私が俳句に興味を持ったのは30代に入った頃でした。俳句は老人の趣味だと思っていました。俳句に惹かれて俳句をしたわけではなく、裏千家のお茶を習っていた時に、俳句の会に誘われたのがきっかけでした。最初は面白くなく、しぶしぶ出ていたのですが、2年くらいしたら田川先生がいらっしゃったんですね。先生はキリスト教の熱心な信者でもあり、人間が大変優しく、芯が太い方でした。大変繊細なところをもっていて、その先生の作品に惹かれました。「僕の先生で素晴らしい先生がいるから来い」と田川先生から言われ、寒雷の加藤楸邨先生にも合わせていただきました。私の財産です。そのころから俳句を真剣にやり始めました。 「陸」という結社と現代俳句協会の幹事をしておりました。こういった団体に所属することで緊張感を持てたと思います。サボることができないというありがたさ。現俳協で何かを引き受ければ、またそれも緊張感が生まれます。 ここまで保つことができたのは、結社、団体であると思います。いいメンバーにも恵まれました。とても充実していると思います。このような皆さんに推されるというのはとても嬉しく、狼狽えつつ、ありがたく思います。 これからも私に何かできることがあれば、頑張りたいと思います。 今日はありがとうございました。 第80回現代俳句協会賞 大井恒行句集『水月伝』(ふらんす堂)にて受賞。 大井恒行氏。 僕は昔から賞は時の運と、選考委員に恵まれるとことと思っています。今回の受賞も選考委員に恵まれたと思います。僕の句集は書評しにくいという評判があるようで、今回も黙殺に近かったこの句集をよく掬い上げてくださったと思います。 唯一、鬣TATEGAMI賞で評価をいただいておりました。それに加えて今回、80回目の現代俳句協会賞をいただけて嬉しかったです。80回という節目、昭和80年、戦後100年という節目にいただけたのは、神の思し召しにありがたさを感じています。いただけたときは実感があまりなかったのですが、今日は嬉しいです。また、受賞をすると、周りのひとが喜んでくださるんですね。それが本当に嬉しくおもいました。 いろんな人にお世話になって生きてきました。「俳句空間」をやって5年目で仕事もやめました。また連載にもちょうど飽きてきた頃に。林桂さんがやっていた、「詩学」という雑誌で、仕事を辞めた僕に対して「大井恒行にはまだ俳人としての仕事が残っている」と言ってくれたことに励まされました。坪内稔典さんが、俳句は「生まれたばかりでまだ変わりうる詩形だ」と言っていました。 今の俳句は有機定型のオンパレードですが、俳句はそれだけではないと伝えていきたいと思います。成り行きの人生でしたが、成り行きの最後にこの賞に恵まれたように思います。今日は本当にありがとうございました。 東京空襲アフガン廃墟ニューヨーク 戦争に注意 白線の内側へ くるぶしを上げて見えざる春を踏む 第80回現代俳句協会賞 特別賞 董振華句集『静涵』(ふらんす堂)にて受賞。 董振華氏。 私は約29年前に慶應大学に留学した時、金子兜太先生に師事して俳句を勉強し始めました。仕事が忙しくなって中断したこともありましたが2018年に兜太先生が亡くなって、翌年、先生に言われた言葉を思い出して再開しました。 今は「海原」に所属しながら、中日文化交流の場として「聊楽句会」という超結社の句会も50人ぐらいでやっています。『静涵』は、自らの内面と向き合いながら、日常の襞や季節の揺らぎに耳をすませ、一語一語の言葉を掬い取るようにして紡いだ句集です。題名の通り、静かに涵(うるお)うということを願い、派手な技巧や声高な主張ではなく、余白と沈黙に託されたものを大切にしたい、という思いを持って作り続けてまいりました。そのような一冊を今回ご評価いただけたことは、何よりの励みであり、同時に大きな責任も感じております。 昨年度の協会賞受賞者であるマブソン青眼氏が、「外国人が日本語で俳句は作れないと未だに思っている人もいるようです。この受賞で世の中の理解が少しでも進めばいい」と語られたことが、強く印象に残っております。私もまた、その言葉に深く共感いたしております。俳句は日本語という言語に根差した詩形でありながら、その内奥にある感性や精神は、国や文化の壁を越えて届きうるものと信じております。だからこそ、表現の手段としての日本語に真摯な敬意を払いながら、他者と自然、そして自己の在り方を十七音に託していきたいと考えております。今回の受賞が、俳句の可能性がさらに広がり、また、より多くの人に開かれた場となるための一つの契機として捉えております。 司馬遼の筆に解けゆく幾春光 空蝉や生きるは死ぬに寄りかかる 第80回現代俳句協会賞 特別賞 武藤紀子句集『雨畑硯』(本阿弥書店)にて受賞。 武藤紀子氏。 今度の句集は自分にとっては最後の句集になると思っていました。76歳です。もうこれが最後だわと思っていたのですが、この賞をいただけることが本当に嬉しく思っています。選考委員の方々にもひとりひとり御礼を申し上げたいです。 私の先生である宇佐美魚目先生が陰で見守ってくださっているような気がしてきました。句集の表紙には魚目先生の句も使わせていただきました。 俳句を作るとき、先生の真似をしようとか、いいところをとろうとかを思ったことがなく、好き勝手に作っていました。そういう意味では先生の弟子とは言えませんが、それでも続けてこられたのは先生のおかげです。今度先生のお墓にお参りしようと思います。ありがとうございました。 雪だるまほのかに杉の匂ひして 男来て冬日を青と言ひにけり 第45回現代俳句評論賞受賞・元木幸一、第26回現代俳句協会年度作品賞・なつはづき、水口圭子、第42回兜太現代俳句賞新人賞・百瀬一兎の皆さま。 第62回現代俳句全国大会優秀作品の各賞を受賞された方々。 満田光生、田村素秀、北口直敬、小林万年青、田村陽子、小崎愛子、菊池久子の皆さま。 第62回現代俳句全国大会優秀作品 青年の部でそれぞれの選者にえらばれた方々。 柊快維、磐田小、柊琴乃、吉田彩乃、伊藤菖蒲、悠雲憂季、河島八々十の皆さま。 ご受賞された皆さま。 おめでとうございます。 こころよりお祝いをもうしあげます。 ますますのご健吟をお祈りもうしあげております。 授賞式のほかに、高野ムツオ現代俳句協会会長による講演があった。 高野ムツオ氏。 タイトルは「わたしの昭和俳句」 皆さま、 お疲れさまでした。 充実した一日でした。
by fragie777
| 2025-11-04 19:14
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