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10月29日(水) 旧暦9月9日
秋桜(コスモス)。 この野趣がいい。 今日の小津夜景さんの今日の「俳句日記」で、小津さんが「口癖」について、書いておられる。 口癖ねえ、、、 わたしにもあるかなっておもって、ああ、ある、あるって思った。 小津さんは「昔の口癖」についてであって、そのとらえ方がおもしろい。 わたしは、思ってみたところ、昔も今もかわりばえしないヤツだった。 ということは、世界の見方が全然かわっていなってこと?! う~む。 これは憂うべきことなのか。 きっとそうだ。。。。 新刊紹介をしたい。 46判ハードカバー装帯有り 218頁 二句組 著者の原田慶子(はらだ・けいこ)さんは、1948年愛媛県生まれ、倉敷市在住。2002年「狩」入会、2002年「狩」同人。2019年「狩」終刊により「香雨」入会。「香雨」同人。2017年に「神宮観月会」特選。第21回毎日俳句大賞・大賞。俳人協会会員。本句集は第1句集であり、鷹羽狩行「狩」主宰の「鑑賞三句」(「狩」や(「瑞垣」誌掲載のもの)を収録し、片山由美子「香雨」主宰が序文を寄せている。 まず、鷹羽狩行主宰が書かれた「鑑賞三句」より抜粋して紹介をしたい。 お降りのいつしか雪となりにけり 正月、降っていた雨が、いつの間にか雪に変わっていたという。「お降り」の季語を用いたところが良い。たとえば、「降る雨のいつしか……」では、句意は同じだが全くおもしろくない。(略) 私は、一日に千句、一月に三万の選句を長年続けていたのだが、このようにシンプルな内容の作品を選んだのは初めてのことである。シンプルな作品の代表として覚えているのが、源実朝忌の句で「鎌倉右大臣実朝の忌なりけり」であったが、「お降り」の句はさらに簡潔で、シンプルの極みといっていいのではないだろうか。めでたづくしとして、すばらしい句になっている。 「けり」という切れ字で、ぴたっと止めたのもよい。 「原田慶子さんが句集を刊行されることになり、とても嬉しい。」という書き出しではじまる片山由美子主宰の序文より抜粋して紹介したい。 うそ寒やものの陰なるコンセント 灯されて森のにほひの聖樹かな 忘年会男の靴のどれも似て 深手負ひたる筍の抱かれをり 黙祷のあと皿洗ふ原爆忌 夕暮れをさびしがる母白粉花 原田さんの句には力みやこれみよがしなところは全くない。一句一句にちょっとした工夫があるのだが、それを技巧とは感じさせないところが魅力である。それも長年の努力の積み重ねによって得られたものだと思う。 本句集の担当はPさんである。Pさんの好きな句は。 花ふぶき沖ゆく船を隠しけり 濃りんだう深山の空のかけらとも 囀や石段に置く絵の具箱 ひとゆらぎして送り火の立ち上がる お降りのいつしか雪となりにけり ひかり置くやうに初蝶とまりけり 鳥のゐるけはひ巣箱の下を掃く 忘年会男の靴はどれも似て 鯉の背のまつすぐに来る立夏かな 花ふぶき沖ゆく船を隠しけり この一句は、片山主宰も序文にとりあげておられ、「花吹雪といえば地上のものという先入観があるせいか、その先に海が見える光景は新鮮である。遠くの船を隠してしまうほどの激しい花吹雪が豪華で美しい。」と鑑賞を寄せている。たしかに花吹雪と海との取り合わせはあまり読んだことがない。というか、こんな景をみてみたい。きれいだろうなあ。と想像しただけでもうっとりしてしまう。上五にまず「花ふぶき」とおいてそれから「沖ゆく船」を見せ、それがだんだん遠ざかっていくそして「隠しけり」で「花ふぶき」を読み手にふたたび想起させる。が、「船」が「花ふぶき」で遮断されてしまう、それほどの「花ふぶき」なのだと気づかせるのだ。船を見送る人になにか物語が隠されていそうな気配さえする。 ひかり置くやうに初蝶とまりけり この句は、帯の片山由美子抄出十句のなかのひとつとして選ばれている句である。「初蝶」をみたときの作者の新鮮な驚きと喜びが伝わってくる一句だ。なんとしたって「ひかり置くやうに」という措辞がいい。「風光る」という春の季語があるように、春の訪れはひかりに満ちている。初蝶もひかりをまとって現れて、わたしたちのこころをこうして誘ってくる。まだあどけない羽づかいの蝶々である気配も感じられるのである。「ひかり置くやうに」にというゆったりとした表現が、そこに初蝶のあたらしい時間がうまれたかのように初々しいひかりをはなっている。 鯉の背のまつすぐに来る立夏かな わたしもこの句には目にとまった。なんとも「立夏」らしいとも。まるで鯉の背中が立夏を背負っているがごとく、こちらにやってきたようだ。鯉はこちらがわへと直線的によどみなくすすんでくる。「まつすぐに」という謂に、ためらいはない。そう、夏もまた、ためらいもなく力強くやって来るのだ。「立夏(りっか)」という言葉の力強い響きが、鯉の直線的な動きをうけとめつつこの一句を統べているのだ。 二階まだ起きてこぬなり福沸 これは、わたしが好きな一句である。「福沸(ふくわかし)」という新年の季語が詠まれているのもの面白いとおもったし、「二階まだ起きてこぬなり」というざっくりとした表現も巧みである。お元日であろう。若水をわかして(福沸)、お茶(福茶)でもたてようと作者は待ち構えているのか。しかし、二階にいる人間はまだ起きる気配がない。人間を大胆に省略し、いったいどんな人間なのか、夫なのか、子どもなのか、友人なのか、そういう煩雑な(?)関係にはふれず、二階に目をこらしている人間がみえてくる。新春をむかえて気合いがはいっていそうなイキオイもある。新年をむかえた人間の溌剌さもみちている。いったい二階からはどんな人間が、あるいは人間たちがおりてくるのだろうか。。 手にのせて兄のゐぬ間の兜虫 これも好きな句である。いくら兜虫に興味あるっていったって、お兄ちゃんには逆らえない。さわったり手にのせようとすると、いつも邪魔をしてくる。お兄ちゃんだけのものじゃないのに。と弟はおもってる。お兄ちゃんが兜虫からはなれた、いまだ!ということで兜虫をしばし手にのせることができた。兜虫をめぐり兄弟のありようをさりげなく一句にしてみせたのである。弟のうれしさとどきどき感が伝わってくる一句である。 校正スタッフのみおさんは、〈岩清水すくへば肘につと回り〉肌にひんやりと冷たい水の感触が伝わって来ます。 おなじく校正スタッフの幸香さんは、〈潜りても浮きても一羽かいつぶり〉孤独なかいつぶりを見守る温かい眼差しを感じます。 『楽を待つ』は、二〇〇二年より二〇二四年前半までの作品から三五〇句を収めた私の第一句集です。 子規ゆかりの愛媛県松山市出身なので、若い頃から俳句に親しみをもっておりました。長い転勤生活の後、倉敷に落着いたのを機にカルチャー教室で基礎を学び「狩」に入会しました。 鷹羽狩行先生には「狩」終刊まで長きにわたりお導きいただきました。狩行先生は昨年お亡くなりになりましたが、これからもお教えを守り努力を続けて参りたいと思います。平成二十九年の神宮観月会で、特選を頂いたときの身に余る御選評は私の大切な宝物です。現在は「香雨」で片山由美子先生の御指導をいただいております。由美子先生には、言葉に対する厳しさを学び、季語や言葉を正確に使うことを教えて頂きました。 関西句会や「香雨」誌上での細やかな御指導で、今までの間違った思い込みに気付き、ハッとすることが多くあります。 鷹羽狩行先生と片山由美子先生、このお二人の師に恵まれましたことは、私の幸せであり誇りです。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 装丁は君嶋真理子さん。 上品な趣の一冊となった。 題字は金箔。 待ち人が来る噴水の立ち上がり とにかく熱心なのだ。「香雨」の吟行などにはいつも姿を見せて成果を挙げられている。私が地方へ行く仕事に合わせて催す会にもよく参加してくださる。こちらから声を掛けなければ片隅にそっと佇んでいるような方なのだが、その静かな熱意に励まされる。(片山由美子/序) ご上梓の後のお気持ちをうかがった。 (1)本が出来上がってお手元に届いたときのお気持ちはいかがでしたか? とにかくほっとしています。 (2)初めての句集に籠めたお気持ちがあればお聞かせ下さい どの句にも思い出があり、句を読むとその時の情景をはっきりと思い出すことができます。 俳句をやっていて、とてもよかったと思います。 幼い孫たちを詠んだ句も多く、大人になった時、読んでもらいたいと願っています。 きっと、「兜虫」の句は、お孫さんたちを詠んだ一句かもしれない。 星飛ぶやサーカスの象眠るころ 原田慶子 家に花をかざる習慣はないのだが、薔薇の実が売られていたので、買ってみた。 どんな風に活けようかな。
by fragie777
| 2025-10-29 19:20
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