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10月24日(金) 霜始降(しもはじめてふる) 旧暦9月24日
溝蕎麦(ミゾソバ)。 神代水生植物園にて。 溝蕎麦と釣舟草。 すこし前に行ったときのものであるので、もうだいぶ景色は変わっていると思う。 朝ベッドから起き出すとき、わたしはどっちの足から踏み出すのだろう。 っていま思った。 利き足は、右足だっていうことはわかっている。 たぶん右足から朝の一歩ははじまるのだろう。 わたしの場合は。 どうでもいいことだろうけど、そんなこともふっと考えたりしてみたりすることも悪くない。 忙しく仕事をしていると、ついつい姿勢も心も前のめりになってしまう。 脇見なんてしないで効率性のみでぐんんぐんやっていくんだ。っていうイキオイ。 そういうときに、どうでもいいようなことをおもったりすると、ほっと肩のちからがぬけて心も体もやんわりしてくる。 新聞記事をすこし紹介しておきたい。 9月4日づけの愛媛新聞の土肥あき子さんによる「季のうた」で、対中いずみ句集『露花』がとりあげられている。 谿川の大方は影の葛の花 対中いずみ 「激しい水音と、木々や岩が作り出す陰影の中に葛の花が咲く。「踏みしだかれて色あたらし」と釈超空が詠んだ異界めいた美しさがまざまざと浮かびあがる。」と土肥あき子さん。 10月21日づけの毎日新聞の櫂未知子さんによる「句集評」は、向美美音編『国際俳句歳時記 夏』が紹介されている。 夏の季語による作品の選集。フランス語訳、英訳併記。マレーシア、フランス、アルジェリアなど収録作家は世界各地に及ぶ。本書は、季語の「裸」につき、各国の感覚の違い、季語意識の有無についての重大な提案をしている。 今日の毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、野口る理句集『しやりり』より。 栗茹でて遠くの島の話など 野口る理 「栗茹でて」が、「遠くの島」へ至るその展開に何かを感じるかどうかがこの句を読むポイントだ。」と坪内さん。「ボクはなんとなく栗に似た島を感じる。家が数軒ある瀬戸内の島などを」と。 思うに「遠くの島の話」をすることも、朝の踏み足をおもうこともおんなじような気がする。 縛られていた心がすっーとのびて軽くなる。 藤袴がふちどる道をゆく。
by fragie777
| 2025-10-24 18:32
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