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10月14日(火) 旧暦8月23日
藤袴(フジバカマ) この日、アオスジアゲハが蜜をさかんに吸っていた。 秋蝶となったアオスジアゲハは、その色がことさら美しくみえた。 昨日のイベントですこし疲れたのだろうか、今日はやたらと眠い。 午前中に珈琲を飲んでも、ウトウトとしてしまったり。 しかし、「ふらんす堂通信186号」は、校了とした。 この根性、どうよ。わたしはわたしを褒めてやりたい。 13日付けの讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、対中いづみ句集『蘆花』 より。 木洩日の一つ大きく冷ややかに 対中いずみ 「嘆きを秘めた一句」と長谷川櫂さん。 新刊紹介をしたい。 A6判フランス装帯有りビニールがけ。132頁 二句組。 文庫本サイズである。 瀟洒な一冊となった。 私家版として刊行。 著者の川鍋麗人(かわなべ・れーにん)さんは、1929年生まれで、今年92歳になられる。本名・正敏。千葉市市川市在住で、俳句誌「原景」同人。編者は川鍋昤子夫人である。「あとがきにかえて」によると、川鍋麗人さんは、すでに認知機能が衰えておられ、会話もままならない状態でおありの様子。マルクス経済学者であり、著書も訳書もおおく、マルクスの『資本論』なども訳されている。俳句は昤子夫人に誘われたのがきっかけではじめるようになった。本句集は2001年から俳句同人誌「原景」に投句したものを昤子夫人が選んだ210句を四季別に収録してある。 「あとがきにかえて」を引用しながら,紹介をしていきたい。 掲載句は、二〇〇一年から俳句同人誌「原景」に投句したものから、私が勝手に選んだ二一〇句である。 当時私は珈琲店「れい」を市川で営業し、ボチボチと小説を書いていた。そんな折、俳人坂本真理子氏に誘われ俳句結社「トライアングル」に参加した。それをきっかけに友人たちとメール句会しようと話が進んだ。 「れい」の常連だった川鍋正敏氏は大学を定年退職し、そのころほぼ毎日散歩の途中店に寄っていた。「お暇でしょうから俳句をやりませんか」と誘うと「やったことないからなあ」という。「五七五、あと季語を入れればそれなりの格好がつきます」などと無責任な勧め方をした。その後何もいわなかったので、やっぱり参加しないのだろうと思っていた。ところが、「原景」第一回となる投句締め切り日に三句書かれた原稿用紙を、はい、とカウンターの上に置いたのだった。俳号が「麗人」となっている。えーっ、れいじん⁈ レーニン、と読むのだ、と少し照れ臭そうにいう。彼はマルクス経済学者であったから、なるほど、と彼には分からないように笑ってしまったが、いまではとてもぴったりしていると思っている。 二〇〇八年に奥様が亡くなられた。それから三年後に縁あって私は後添えとなった。九三歳の二〇二二年七月、転倒・腰椎骨折で入院。そんな状態でも麗人氏は生真面目に毎月投句した。たまに締め切りが過ぎても投句しないときには、俳句は? と書斎の麗人氏に声をかける。しばらくして、はい、と原稿用紙を謙虚に手渡す。俳句に関してはほんの少し先輩の私は、その句に眼を落としながら、ふんふん、ここはねえ、などとえらそうにいう。 九〇過ぎたあたりから、月三句ではあっても作句がきつくなっているだろうことは見てとれた。それでも自分からやめるとはいわない。さすがに私の方から、もうやめる? と訊いた。 二〇二三年七月まで毎月几帳面に投句し、麗人氏の句も入った「原景」句第二四号を編むことができた。 なかなかすてきな「あとがきにかえて」である。このような形で句集をおつくりさせていただいたことははじめてである。 昤子夫人が、すてに言葉をうしないつつある夫・零人さんのためにつくられた一冊なのだ。 麗人氏の句は大きく分けて、時事俳句、教え子や仲間たちと酌み交わす酒の旨さ楽しさ、老いていく自分を見つめたもの、ふと目にした自然からの感慨、などであるが、圧倒的に多いのは政治・経済・社会に対する憤りや慨嘆である。 跫音はすでに戦前日雷(ひかみなり) 拝読していくと、時代への社会への批評精神にみちたものも少なからずある。 マルクス経済学者としての見識によって時代を見据えてこられたのだろう。 この句集の担当は、文己さん。 好きな句をあげていってくれた。 たんぽぽや野に在りてこそ力あり この国に戻り来るかや麦の秋 小さくも線香花火の平和かな 文豪と過ごす書斎の夜長かな 地酒提げ鮟鱇提げて友の来る 人声の透明度まし寒に入る たんぽぽや野に在りてこそ力あり 「たんぽぽ」へのオマージュである。およそ花に「力がある」という形容はなかなかつけられないが、「たんぽぽ」は、それが似つかわしい花である。麗人さんは、山野を渉猟しながら、野の緑の中に小さいながらの黄色の輝きをもって力強く咲いているタンポポに心がとまったのである。この力強さはどこから来るか。おお、まさにこの野においてこそ、と改めてそう思ったのである。この一句には、そういう草原が宅地開発などによって失われていく、そんな批評も含まれているのである、 小さくも線香花火の平和かな 帯にも記されている一句である。「決して平凡なしあわせを否定しているのではない。小さな日常の営みの中に、平和を見ている。」という昤子夫人。「線香花火の平和」とは、どのように受け止めたらいいのだろうか。一瞬とまどう。つまりは花火であっても、ドカーンと派手にあがるそんな手放しの平和はなんだか嘘くさい。もっと足下をてらす我が手のうちにおさまるようなささやかな線香花火のあかるさをいつくしみたいということなのだろうか。なかなかうまく説明できないのだが、伝えたいことはわかるような気がする。 文豪と過ごす書斎の夜長かな 麗人さんらしい一句だ。句集名にも「書斎」が登場するが、生活の場はほぼ書斎だったのだろう。そうか、この一句よりの句集名なのかもしれない。専門の研究に没頭しつつ、あるときは気分転換に文学の書物にも手をのばす。きっと好きな作家などがおられたのだと思う。麗人さんにとっては至福のひとときだったろう。ときには、カール・マルクス氏のことはわすれて、小説の世界にこころをあそばせておられたのだ。 敗戦の記憶揺さぶる蝉しぐれ 戦争体験者である作者にとって戦争はわすれることのできないことである。身体に刻まれた戦争と敗戦。蝉がはげしく鳴く声が聞こえてくると、敗戦の日のことがいやおおうなく思いだされる。記憶が慟哭となって、身体をつきあげてくる。マルクス経済学者となったことも、ご自身が体験した時代への反省から出発しておられるのかもしれない。その批判精神はこの句集を貫いているものだ。 節分や吾の内から鬼の声 節分の句。わたしの好きな句である。世の中を批判し時代のありようを厳しく問う零人さんであるが、ご自身にむける目も厳しいものがある。節分の句を詠んでこんな風に自身の内なる鬼の声に耳をすました人がいただろうか。鬼は我が身とはあずかりしらぬところにいて、人はそれを追い払うのである。思索する人の姿が彷彿としてくる。〈節分や豆食うふりして卒寿なり〉という句がその後にあって、これも好きな句である。麗人さんの強靱な精神がみえてくる一句とも。 校正スタッフのみおさんは、〈人声の透明度まし寒に入る〉の句にも惹かれました。空気の雑味が薄れたような感じが伝わってきます。 装丁は、君嶋真理子さん。 認知機能も衰え会話も少なくなってきているが彼は、自分が永年研究してきた「幸福」の本質と「国の在り方」への憂いだけは、骨の髄まで揺らぎなく見据えてきた、と勝手に想像した。 急に私は麗人氏の句集を編もうと思いついた。俳句として成り立っているのか、良い句かどうかなどは脇に置く。また、本人が過去の句の中から自分の気に入った句を選んだり、推敲することはできなくなっている。それでも一七文字に込められたものは彼そのものの軌跡だ、とその一点で私はこの書を編むことにした。 (川鍋昤子/あとがきにかえて) 世の中をいつとき脇に雪見酒 川鍋麗人 この「いつとき」があったこと、それをわたしは心からうれしくおもったのだった。
by fragie777
| 2025-10-14 19:42
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