|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
9月28日(日) 蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ) 旧暦8月7日
女郎蜘蛛。 秋気澄む季節なればこそ、美しさがはえる蜘蛛である。 かたわらには獲物のむざんな姿が。。。。 今日は、浦和市にて、俳誌「水明」(山本鬼之介主宰)の95周年のお祝いの会があって15分ほど前にもどったところである。 いまは仕事場。 この会については、明日このブログで少し紹介したいと思う。 今日の朝日新聞の岸本尚毅さんによる「俳句時評」は、「澤好摩の心象」と題して、『澤好摩俳句集成』について評している。 抜粋となってしまうが、紹介したい。 音のみの波また波の去年今年 澤好摩 近刊の『澤好摩俳句集成』(ふらんす堂)所収の句集未収録句。「去年今年」は年が改まること。「音のみの波」は夜か。誰も見ることのない暗い海面の「波また波」。厳粛な新年の情景を、暗澹と、しかも平易な言葉で描いたこの句は二〇二二年の発表。澤は翌二三年、旅先での転倒のため七十九歳で急逝した。 前衛的な作風で知られる高柳重信の高弟と目される澤の句は、しばしば伝統的な作品と見紛うようでありながら、「自らの俳句の言葉をどこまでも自らのものにしようとしての、入念な彫琢(ちょうたく)」(高山れおな)が施されている。(略) 評者の岸本さんは、かつて澤さんから「貴君は志賀康を読むといい」と言われたとこの評で書かれている。 「自分より若い伝統的な作風の私に、心象性の高い句を薦めたのは、澤の見識だったのだ」と書き、近刊の『志賀康俳句集成』(文学の森)についても触れている。 時明りまず一骨を動かさん 志賀康 の句をとりあげ高屋窓秋の〈星影を時影として生きてをり〉を連想したとし、比較して論じている。 窓秋、康の句はいずれも無季。季節を超越した句境だ。 この朝日新聞の岸本尚毅さんの評について、『澤好摩俳句集成』の編者である山田耕司さんにメールでご連絡したところ、 岸本さんはいの一番にご購入くださいました。 その上でのご評価。 まことにありがたいことでございます。 というお返事を山田耕司さんからいただいたのだった。 そうなのか、岸本尚毅さんは、誰よりもはやくこの『澤好摩俳句集成』を買ってくださったのか。。 あらためてうれしい思いがわたしの胸をよぎったのだった。。。 今日のブログはこれでおしまい。 明日からまた忙しい一日がはじまる。 ちょっと尋常でない忙しさだ。 しかもわたしは「薬(ヤク)切れ」で明日はお医者によってからの出社になりそう。 (たいしたことはなくてコレステロールがやや高め) 「ふらんす堂通信186号」の編集は大詰めにきている。 原稿もほとんどそろって、明後日は校正の助っ人愛さんが来てくれる。 気をおちつけてがんばろう。
by fragie777
| 2025-09-28 22:30
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||