ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。

9月25日(木)  旧暦8月4日


自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17441418.jpg
今朝の空。

こんな風に空をみあげて前のめりで歩いていたのかもしれない。

慌ただしく仕事の日々がすぎていく。
そして、わたしは大切な約束の日をまちがえていたことに気づいたのだった。
危機一髪だった。
しかし、大丈夫だった。。。
最近おもうのよね。
今までは、こういうことも本来の粗忽者ゆえって思ってきたのだけれど、ここ最近はR化(?!)って。
そうすると俄然心許ない気持ちになってしまう。
でも深刻に考えても仕方ないから、そして深刻に考えている暇もないので、まあ、気をとりなおしてがんばるっきゃないのよね。




ということで、新刊紹介をします。


木津直人句集『遠い嶺(とおいみね)』


自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17442209.jpg
四六判変形ソフトカバー装帯あり 二句組 170頁


木津直人(きづ・なおひと)さんは、1956年生まれ。1997年より正津勉氏の句会に参加。2006年より俳句同人誌「ににん」に参加。詩集を一冊上梓されている。「ににん」編集長。俳人協会会員。本句集は第1句集であり、15年間の作品より精選されたものであり、栞に「ににん」の新井大介代表があたたかな文章をよせている。抜粋して紹介したい。タイトルは「木津直人句集『遠い嶺』を読む」

 遠き山は心のかたちそぞろ寒
他にも集中には山の句がいくつもある。木津さんはやはり山がお好きなのだ。
 うつくしい火の山へ行く雪の道
 耳二枚もちて初音の山に入る
 満山に白き風跡薬の日
 笹鳴や子供のやうな山一つ
どの句も情景がはっきりと浮かぶ。実景でありながら心象風景でもあるような句ばかりである。それぞれの句が詠まれた時の作者の心持ちが伝わる。例えば二つめの「初音」の句。春の到来を告げる鶯の鳴き声を求めて山に分け入る。聞き耳をたて、耳をそばだてている、期待に満ちた木津さんのわくわくした気持ちが心地よく伝わってくる。

本句集は、全体を6つに分けて章立てされ、冬、春、夏、秋、冬の四季の四季の巡りにの5項目に、最終章は「阿仏『うたゝね」を詠む」という項がたてられている。
本句集の担当は文己さん。産休にはいるまえに好きな句をかいておいてくれた。

 荒星や今日一日の世の匂ひ
 居合はせし十人春の霧のなか
 新園児走りて母に包まるる
 栞一枚磯遊びして消えにけり
 遠き山は心のかたちそぞろ寒


 荒星や今日一日の世の匂ひ

この句集の冒頭におかれた一句である。「荒星」は「冬の星」の傍題である。「冬の星」ではなく、「荒星」の季語であることで、それを見あげる人間のこころに冬の星のするどく挑むような光が切り込んでくる。天空を見上げてそんな冬の星のあらあらしい光を感じ、目を地上におとす。凍てついた冷気のなかで今日の一日を思い返している。夜の寒気のなかに身をおいてみるとその日のさまざまな局面が思い出される。雑事のなかであくせくしている我の姿も彷彿としてくる。それらにまとわりつくように生活のにおいも浮上してくる。この一句「世の匂ひ」が巧みである。視覚から、嗅覚へと「世のさまざまな雑事がもたらすもの」を総動員させた。深閑とした冷気のなかでこそ「世の匂ひ」は立ち上がってくる。

 居合はせし十人春の霧のなか

「春の霧」を詠んだものであるが、除法がおもしろい。「居合わせし十人」で切れ、「春の霧のなか」とつづく。つまりは多分自分もいれて十人が春の霧のなかにいることだとおもうのだけど、おもしろいのは「居合わせし」という措辞である。そこに物語性がある。なにゆえ居合わせたのか、たまたまそこにいた十人なのか、あるいは、ある目的をもってやってきた十人がちょうど春の霧に囲まれたのか、この「ふくみ」が面白い。作者は、そんな春の霧にかこまれたことを十人のひとりとしておもしろがっているようにもみえる。春の霧のなかでのたまたまの十人の連帯感。霧にまかれても、春なればこそ情景はどこか明るい。

 尾のやうに水菜をつかみ夕暮るる

これはわたしが面白いと思った句なのだけど、木津さんは自選にいれておられる。「尾のやうに水菜をつかみ」という措辞にすこし驚いた。今日までわたしは水菜を買ったことがあるけれど、「尾のやうに」つかんだことはない。水菜はどんなつかまれ方をしても文句はいわないだろうけど、尾のようにつかまれたことには水菜もおどろくだろう。水菜という野菜がこの措辞で動物へと変身していくかのよう。この『尾」が、どんな生き物の尾であるかは読者の想像にまかせているのだけど、多分作者にはあるイメージがあったのだろう。作者自身がつかんでいるか、そのようにつかんでいる人間をみかけたのかは、どちらでもいいが、なかなか大胆なつかみかたである。というか、これは尾とおもって水菜をつかんだというより、そのつかまれ方をみてその形がまるである生き物(狐とか狸とか猫とか)の尾のように見えたということか、微妙なのだけど、この措辞の大胆さが、いろんな理屈をはねとばして、鮮烈に立ってくる。そして「夕暮るる」の下五がいい。「水菜」という言葉のもつ重みが「夕暮るる」に響きあっている。

 みづいろの空見てしまふ雛の目

この句はわたしが好きな句である。新井大介さんの栞でも触れられている。「一言一句を蔑ろにすることなく、助詞のひとつひとつにまで心を配り、丹念に言葉を選び磨くひとなのだ。」と書かれている。そして「写実的というよりは感覚的で心象的な句が多い。」とも。この句なども、「見てしまふ」の言葉が尋常ではない。でも、それがいい。それほどの「みづいろの空」であったのだ。青い空のことだろうとおもうけど、「そらいろ」でなく、「みづいろ」としたところに、水気をふくんだ空の重量感があり、それを見てしまった雛の目も潤んでいるかのようだ。「見てしまふ」の措辞によって、雛の目に命がやどった、と思った。

 秋空に箪笥の位置を直しけり

この句も好きな一句である。木津さんの句としては、とても素直な一句におもえる。「箪笥」の位置を直すのは、やっぱり秋天下でなくてはね。高く澄み切った空の下、存在感のありそうな箪笥、漢字表記によってなかなか古めかしい箪笥でありそうだ。その箪笥の位置を直したのである。箪笥はある重さをもって、家のなかでその位置を獲得した。読み手の目線は最初は秋空へはこばれ、そして家の中の箪笥へとむかう。落ち着いた箪笥、その上にひろがる秋空。その空の下、重い箪笥をもって働くひとの姿がちいさく見えてくる、箪笥と秋空とのはるかな距離を感じさせる一句だ。すごく気持ちのよい一句である。

校正スタッフのみおさんは、〈月きつく照るなり人と会はぬ日に〉の句に惹かれました。作者は「月に咎められた」と感じたのでしょうか。
おなじく校正スタッフの幸香さんは、〈鰯雲ゆつくり動く夜の畑〉畑も雲のように動きだすのを想像し、そんなところに居合わせてみたいなと思いました。


「ににん」の在籍が長いにもかかわらず、俳句に身が入ったとは言えるかどうか疑わしい。それでも好きな俳人があり、好きな句があり、自分の句でも好きと思えるものが少しある。
体調の衰えとともに自分の句に向き合う姿勢がとりづらくなってきて、そろそろ句集を編んでおかないと全てが消えてしまう、という焦燥に駆られはじめた。ともかくもこうして本が出来あがる事を素直に喜びたい。
ここ十五年くらいの句作の中から選んでみた。巻末Ⅵ章の作品のみはそれ以前の二〇〇八年に「ににん」の特集のために書いたもので、今読むと納得しない点もあるが、当時のままを掲載した。

「あとがき」を抜粋して紹介した。



装丁は、山根佐保さん。


自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17442418.jpg
やや細身の仕上がりである。


自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17442660.jpg

金箔の文字を生かした。


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自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17444702.jpg
扉は帯とおなじ用紙をつかって透明感のあるもの。

自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17445064.jpg

自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17445206.jpg


自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17445556.jpg

自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17445794.jpg


 遠き山は心のかたちそぞろ寒


木津さんは、脇道に逸れ、遠回りを厭わず、存外に寄道を楽しんでしまうのではなかろうか。風が吹くまま、雲が浮くまま、時の流れに身を任せて寄道をつづけていらっしゃる、そんな印象を与えるお方なのだ。(新井大介/栞)


上梓後のお気持ちをいただいている。

1)本が出来あがって届いた時の感想をお聞かせください。
装丁にはあまり細かい注文はしてこなかったつもりですが、結果的に自分のイメージに近いものが出来て、とても満足です。
内容については、自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。

2) 初めての句集にこめたお気持ちは?
乱雑に書きとめていた句を、友人が季節別に分けてくれたのが、句集にしようと思ったきっかけでした。それから一年半かけて本に仕上がりました。
人が読むとどう思うのか、自信のない句もありますが、選句は楽しい作業でした。句集にするほどの価値はないと思える時があったり、そうではないと思えたり、いろいろでした。

3) 句集を上梓して、今後の句作への思いなどをお聞かせください。
今までなまけて来た俳句の勉強を少しでもして、いい句が残せればと思います。もっといろいろな風景を見て、もっといろいろな角度から人生を見てみたいです。



自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17445992.jpg

木津直人さん


すこし前に、高橋睦郎さんがお電話をくださった。
句集『遠い嶺』がとてもよかったと。
本人が意図していないようなところに自然な発見があっていいですね。
とのこと。

いかがでしょう?
木津直人さま。

第1句集のご上梓、おめでとうございます。
さらなるご健吟を!




自分では気づかなかったある種の寂しさが一貫して流れているのが意外でした。_f0071480_17450155.jpg
今日の出勤途上の足下。


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by fragie777 | 2025-09-25 21:04 | Comments(0)


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