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9月2日(火) 禾乃登(こくものすなわちみのる) 旧暦7月11日
丸池公園の一角にある田んぼ。 地元の小学生たちが育てているのだ。 稔りはじめた稲穂。 今日はあれこれとお客さまの多い日だった。 おもいもかけぬこともあったりして、 すこし疲れてしまった。。。 いやいや、 新刊紹介をしなくてはいけない。 ということで、新刊紹介をします。 四六判ソフトカバー装帯有り 210頁 2句組 木村内子(きむら・ちかこ)さんの第1句集である。木村内子さんは、1942年広島・尾道市生まれ。長い間眼科医として働いてこられた方である。俳歴は、2010年「姫沙羅」入会、2021年「天晴」入会。2024年「姫沙羅」四人選者の一人に就任。俳人協会会員。本句集に、「天晴」の津久井紀代主宰が序文を寄せ、「姫沙羅」の宮原榮子名誉選者が跋文を寄せている。 津久井紀代主宰の序文を抜粋で紹介したい。 初夢や俳句の神様舞ひ降りる 初夢が正夢になったのが木村内子さんの第一句集『金平糖』である。『金平糖』は眼科医から「詩」を究められた一人の女性の物語である。神様が舞 い降りるのだという空想的童話的発想は内子さんの屈託のないお人柄によるものである。 年新た愚かなること繰り返し 山荘の夜を一人や虫しぐれ 土手をゆく土踏まずより春は来る 内子さんの俳句歴はそう長いとは言えないが俳句の上達ぶりには感心するのである。その成果はこれらの格調高い作品を見れば明らかである。 宮原榮子名誉選者の跋文も抜粋して紹介したい。 職辞すと心に決めて大花野 医院閉づ刻ゆるやかに冬菫 虹立つやまだまだ夢の二つ三つ 全体に内子さんらしい、からっとした前向きな特徴が表れていて気持がよく、私自身励まされ元気をいただきました。今後がとても楽しみです。 本句集の担当は文己さん。 ばらの芽や小さき旅の切符買ひ 紫陽花やこぼれんほどに雨を抱き 風に触れ風にほつるる萩の花 ひたすらに医の道を来て冬支度 日だまりに虻遊ばせて花八つ手 春を呼ぶ金平糖とお薄かな 万葉の書をひもとけば梅雨の蝶 夏風邪や眠りの海に沈みけり ばらの芽や小さき旅の切符買ひ 句集の冒頭におかれた一句である。「ばらの芽」と「小さき旅」が旅への浮き立つような気持を引き立てている。大輪の花をゴージャスに咲かせる薔薇も芽は小さくて可愛らしい。しかし、これから花ひらいていく薔薇にわたしたちが寄せるこころはあかるく華やいでいる。小さき旅もそれに寄せる期待と夢が薔薇の芽のようにびっしり充実して詰まっている。「ばらの芽や」と上5をあかるくおいて、中七下五の「小さき旅の切符買ひ」におかれた「イ行」の音が俳句をひきしめつつ動きをあたえている。 万葉の書をひもとけば梅雨の蝶 「万葉の書」とは万葉集のこと。「万葉の書をひもとけば」という措辞が、万葉集への丁寧な改まった作者の気持が込められていて、なにか粛々とした空気感がみなぎる。そんなところに蝶がひらりとやってきた。この一句「梅雨の蝶」がいいと思った。ややしめりを帯びた重さのある蝶。梅雨の蝶のもつ陰翳が、万葉集という時代の重みのある一冊とよく響きあっている。「万葉」という言葉にある「葉」。それも蝶とは無縁ではない。とは考えすぎか。。。 初蝶のカーテンに黄を畳みけり これはわたしの好きな一句。宮原榮子さんも跋文で好きな句としてあげており、木村内子さんも自選句にあげおられる。まだ初々しい初蝶のさまがみえてくる一句だ。つまりは初蝶がカーテンに止まったことをこのように詠んだのだと思うが、「黄を畳みけり」という表現に初蝶を愛でる作者の気持ちがたっぷりとこめられているのと同時に、初蝶の動きをこのような丁寧な所作として描くことで初蝶そのものへのオマージュともなっている。カーテンをとおしてくる春光のなかに鮮やかな黄色の翅がふるえている。命のはじまりはすべてこのように厳粛ななにかがある。 ありつたけの老鶯のこゑ友逝けり これも好きな一句である。悼句である。「ありつたけの老鶯のこゑ」という措辞が大胆だ。下五の「友逝けり」でやや意表をつかれる。が、巧みな追悼句だと思う。老鶯の声は、聞き方によっては耳をつんざくように響きわたる。この夏かぎりと命のかぎり声をふりしぼって鳴いており、悲痛とも聞こえることがある。作者の木村さんは、大切な友人を亡くしたゆえにその声ははらわたに響くほどのものだったのではないだろうか。この句、「ありつたけの老鶯のこゑ」とい気取りのない措辞がかえって手放しの悲しみを起こさせる。作者のかなしみを老鶯がかわりに鳴いてくれてもいるような。。。悲しみを老鶯のありったけの声にたくしている。 ひたすらに医の道を来て冬支度 これは作者の自画像である。眼科医として仕事をしてこられた木村内子さんであるが、きっぱりと眼科医をやめられたのである。序文を書かれた津久井紀代さん、跋文を書かれた宮原榮子さん、おふたりとも患者さんでもあった。「職辞す」という項に〈職辞すと心に決めて大花野〉という句もあり、その退陣はまことに潔かったご様子である。掲句は「冬支度」という季題に、作者の新しい道への心構えがみえる。「俳句にかける時間が無く、上達しない冴えない時が続いた。クリニックを後輩に譲り、俳句に専念することにした。色々な勉強会に参加したり、季語の現場に足を運んだり、苦手だった吟行会にも積極的に参加して今日に至っている。」と「あとがき」に書かれているように、俳句への思いがそうさせたのである。 この正月、津久井紀代先生宅でお雑煮をご馳走になった。お宅でおずおず句集の話を切り出した。快く引き受けてくださり、この度句集を『金平糖』として出版することが出来た。(略) 京都に住む友人の女医が亭主をつとめる茶会で、京都緑寿庵清水の金平糖が良く出る。ここの金平糖はエアコンの無い工房で、人間より大きな窯で手仕事で朝から日暮れまで砂糖を溶かした窯に付きっきりでかき混ぜ、二十日間かけて出来上がるという。寺田寅彦が金平糖のツノを不思議に思い数々の実験をしたという話も面白い。〈春を呼ぶ金平糖とお薄かな〉から、句集名を「金平糖」とした。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 装釘は君嶋真理子さん。 著者の木村内子さんにはこだわりがいろいろとおありになり、それをできるだけ活かすかたちの装釘となった。 金平糖に囲まれて。 和紙風な用紙ということで。 春らしい一冊となった。 虹立つやまだまだ夢の二つ三つ 内子さんの俳句に傾ける情熱が「虹立つ」に描かれている。これからが楽しみな作家である。次の句集が待たれる。(津久井紀代/序) 上梓後の所感をうかがっている。 ① 本が手元に届いたときのお気持ちは。 長男が生まれた時の気持ちに似ています。夫が長男だったので義父が「でかした、でかした」と喜んでくれた言葉を思い出しました。晩学の私が句集を出せるなんて思ってもみませんでしたので、自分で「でかした、でかした」と心の中で叫ぶほど嬉しかったです。 決して上手な句とは思っていませんので、この句集を見て「私も出してみよう。」と思う方が出て下されば幸いです。 後押しして下さった紀代先生、榮子先生、ふらんす堂の皆様に心から感謝の気持ちで一杯です。 句集をだして本当に良かったと思う。自分の句を時の流れと共に俯瞰して見ることができた。15年の日記としても見られるし体調、心の浮き沈みまで見えて来る。 ② 初めての句集に籠めたお気持ちは。 去年の暮、義父の遺産分割で句集費用を賄うほどの思わぬ臨時収入があった。俳句を始めて15年、82歳になり同級生の訃報がしばしば入ってくる。私も乳がんサバイバーで先のことは分からない。 紀代先生にご相談したら「出しなさい、手伝ってあげるから」の一言で句集を出すことに。 出来上がるまでの過程で「なんて下手くそなんだろう」と何度もくじけそうになったが、「何とか形のある生きた証しを残すことができたら幸せ」と最後には思えるようになった。 ③ 今後の句作への思いを 初句集を手にしてみて「何とストレートで『素』な句が多いことよ!」これからはもっと深みのある句を詠んでもう一度句集を出してみたいと思った。 おめでたいと思われるかもしれないし、自分でもおめでたいと思う。残された日々を大切に生きて、死ぬ時が俳句の卒業としよう。 木村内子さん。 ことしの3月25日にご来社のとき。 木村内子さま。 是非に次の句集にむけてさらにさらにご健吟ください。 そして、第二句集も是非にふらんす堂にご縁をくださいませ。 出産をおえて戻ってきた文己さんが、きっと担当させていただきます。 土手をゆく土踏まずより春は来る 木村内子 わたしの大好きな句である。
by fragie777
| 2025-09-02 19:52
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