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8月28日(木) 天地始粛(てんちはじめてさむし) 旧暦7月6日
今日の七十二侯ではないが、今朝はだいぶ涼しかった。 すこし、ホッとする。 白粉花。 仙川沿いに咲いていた。 今日のこと。 文己さんの育児休暇のあいだに助っ人としてきてくれたNさんは、そっせんしてかかってきた電話をとってくれる。 おもに本の注文が中心となるのだが、 「おんなの百句という本ですか?」 という声が聞こえてきた。 書店さんからの注文らしい。 「おんなの百句は、出してないので、ないと答えてください」とPさんがアドバイスをしている。 ところがそうは言ったものの、なかなか電話が切れない状態であるようだ。 書店さんが食い下がって質問をしているようなのだ。 Pさんを巻き込みながら、やりとりをしていたあげく、 大笑いをして問題は解決した。 書店さんからの注文は、『竹下しづの女の百句』であったということ。 「竹下しづ」の「おんなの百句」と書店さんは言い、Nさんも勝手がわからず困ったのだった。 この手の笑える話は結構ある。 俳句の世界はかなり特殊であり、男子であって名前に「子」がついていたりすると「し」と読めない書店員さんも結構おおい。 故に、最近注文で多いのは、「コード番号でいいですか」と聞いてくるケースである。 要するに、タイトルや名前が読めないので、コード番号で、ということなのである。 コード番号であると、こちらが調べなくてはならない手間暇が出て来るので、「タイトルでお願いします」というと、しどろもどろのタイトル名が告げられるということになる。 結構飛躍した書名となっていたりして、それはそれで笑ってしまう。 前にもこのブログに書いたことがあると思うが、ふらんす堂文庫の飯田龍太精選句集(廣瀬直人篇)『山のこゑ』の注文で、 「山のこざかな」と言われたことがあった。 最初ちんぷんかんぷんだったが、要するに「ゑ」が読めず、「魚」と類推したようだ。 理由がわかってわたしたちは大笑いをしてしまった。 しかし、こんな風に書店さん泣かせのタイトルが多いかもしれない。 今日は、すこし前に入稿していた、「原石鼎の百句」に目を通すことができた。 執筆者は原朝子さんである。 石鼎の俳句の格調に響き合うような質の高い鑑賞文である。 石鼎の有名句「秋風や模様のちがふ皿二つ」について、わたしは石鼎のなかでもとりわけ好きな句であり、多分最初に知ったのは、山本健吉の『現代俳句』だったと思うが、今日は原朝子さんの鑑賞によって、この句の背後にあるものを知り、この句の鑑賞を深めたのだった。この情報を知らなくても良い句であるが、知ることによって句にさらに陰翳が生まれた。 良き一冊になるのではないだろうか。 この「百句シリーズ」は、いま、「飯田蛇笏の百句」(井上康明著)、「中田みづほの百句」(中本真人著)、「水原秋櫻子の百句」(野中亮介著)が進んでおり、まもなく「長谷川かな女の百句」(山本鬼之介著)が出来上がってくる。虚子にかかわる俳人たちであり、ある意味時間のズレは多少あっても同時代を生きた俳人たちであるのでそれぞれ関係がある。おのおのの解説を読んでいると、その関わりあいが多かれ少なかれ出て来る。編集をしているとそれがたいへん面白い。秋櫻子の虚子との関係を、中田みづほの解説を通してしるということもあり、俳句史が複眼的な視座によって立体的に浮かび上がってくる。 今日の「原石鼎の百句」でいえば、 あるじよりかな女が見たし濃山吹 という石鼎の句について、かな女の夫である長谷川零余子が石鼎に対して「なんであんなものを発表したのか」息巻いたというのである。 その抗議に対して、石鼎は悠然とかまえ、前田普羅は必死でその場をとりつくろい、飯田蛇笏はただ笑うばかりであったと、いうエピソードがある。へえー、そうなんだ、、、なんて思いながら読み進むのも楽しい。 それぞれの刊行を楽しみにしていただきたい。 これは昨日の出勤途上の風景。 こんなに空が青かったか。。
by fragie777
| 2025-08-28 18:05
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