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8月22日(金) 旧暦6月29日
一週間ほどまえは、雨に濡れながら京都の町をうろうろとしていたのだが、もうすでに遠い日々となりつつある。 昭和にもどったかのような感じ。 こりゃあ、なんだ。。 暮れてゆく京都の町。 京都ってまわりを低い山に囲まれているんだなって改めて思う。 感慨になぞひたっていないで、さっ、ブログを書いてしまおう。 今日は「長谷川かな女の百句」(山本鬼之介著)を校了にすべく、まずは、索引チェックをする。 スタッフに手伝って貰ってノンブルの照合のために読み合わせをするのだが、これは大切な作業なのである。 読み合わせをしていて、ひとつとんでもない季語が入っているのがわかった。 どうして、こういうことになったのだろうか。。。 しかし、見つかったよかった。 読み合わせを終えてより、本文の読みにはいる。 わたしはかな女の俳句をいったいどのくらい知っているのだろうか、と思いながら読んでいるのだが、こんな句をみつけた。 呪ふ人は好きな人なり紅芙蓉 おもしろい一句である。山本鬼之介氏による解説もまた興味ふかい。 「長谷川かな女の百句」の発行日は、9月22日、これはかな女の忌日となる。 刊行まであと少し。 頑張ろう。 夕方近くに、お客さまがお二人みえられた。 俳人の荒川英之さんと鈴木貝母さん。 荒川英之さんは、2011年にふらんす堂より『沢木欣一の百句』を上梓、 その後に上梓した『沢木欣一 十七文字の燃焼』(翰林書房刊)で、俳人協会評論新人賞を受賞されている。ど 今日は句集のご相談にみえられたのだった。 鈴木貝母さんは、荒川さんとおなじ結社「伊吹嶺」(河原地英武主宰)に所属、編集スタッフの一員であるということ。 いまは東京にお住まいで、今日は荒川さんと一緒に見学(?)いらっしゃったのだ。 「ぼくの「沢木欣一の百句」どうでした?売れてますか?」とご来社するやいなやおっしゃる。 「なかなか読まれない沢木欣一があのようにまとめられたのは良かったと思います。」とお応えしたのだが、 「いや、いま読み返しては、あそこの解釈はこうしたほうかよかったのでは、とか、ああ、あそこは書き直したいとなどと思ったりもしてしまうんです」と。 「社会性俳句ということで通したのですが、晩年は違ったのではないかと、そんな風におもったりして、しかし、ふたたび読み返しては、やはり社会性俳句だったのだ、沢木欣一は、」と一所懸命語られる荒川英之さんである。 その熱心さにわたしはすこし嬉しく驚く(←変な言い方)。 河東碧梧桐にも興味があるという。 碧梧桐の書いた「子規を語る」を読んで、感銘をうけられたのだそうである。 子規をかたる碧梧桐の気持ちの温かさがいいと。 いろいろと楽しい話しがつきない。 荒川英之さん(左)と鈴木貝母さん。 荒川さんの句集は、来年の夏までの刊行を目指して、句稿の整理にをされるという。 今日は造本をいろいろと見られて、決められたのだった。 わたしが思っていたのとちがう造本をご希望で、嬉しくおもった。 というのは、その造本はその製本がよっぽど好きでないと、選ばれないものなのである。 荒川さんはその製本を「本をつくるなら、それに」と思ってらしたのだそうである。 ヤッタネ! お原稿をワクワクしてお待ちしたいと思う。
by fragie777
| 2025-08-22 19:11
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