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8月21日(木) 旧暦6月28日
京都・高麗美術舘の庭に咲いていた木槿。 新刊紹介をしたい。 俳人・津久井紀代(つくい・きよ)さんの精選句集である。既刊句集四冊『命綱』『赤い魚』『てのひら』 『神のいたづら』よりそれぞれ抄出して、精選400句を収録したものである。ほかにエッセイ「一徹な貌」(山口青邨論)『本当の声』(加藤楸邨論)『古舘曹人を語る』の3編、解説は、岸本尚毅、対馬康子のおふたり。巻末に季語索引がつく。 生きるとは月光掴むより難し 『命綱』 人の死が枯菊を焚くほどのこと 掌の苺月日の如く二つあり はるかなるものへ近づく春ショール 『赤い魚』 一枚の水の如くに薄衣 夫婦とは淋しき言葉祭見に 父よ父よ冷たき頬よ耳よ口よ 一葉の手紙うらがはまで涼し 『てのひら』 窓ひらくやうにふりくる春の雪 靴下の良く伸びてゐる小春かな あんみつを食べると決めて青き踏む 突き出して波のかたちに心太 働く手大きく見ゆるクリスマス 春は曙トーストが世に飛び出して 『神のいだづら』 父の日の父のやうなる独逸麺麭 ふゆざくら息がこんなにさみしいとは ジャコメティの足キリストの足飛蝗の足 どの道へ出るも水音あやめ草 400句のうちより数句紹介した。 解説においては、岸本尚毅さんは、『てのひら』の評をされている。すこし抜粋をしておきたい。タイトルは「写生と諧謔」 この句集の特色の一つはざっくりとした感じの写生句だ。ざっくりとした印象があるのは、省略・単純化が効いているからだろう。。まずはそのような句をあげる。 吊し柿ところどころがはづされて 「て」止めは連句でいう平句。しかもあっさりとした「場」の句だ。だが「ところどころがはづされて」とは吊し柿そのもの。当たり前の事柄だが、捨てがたい味があると思う。 ことごとく柳田国男書を曝す 曝す書がことごとく柳田国男の本だというのである。こういうことを見つけ、見つけたことをそのまま素直に五七五の言葉の形にする。それが写生の基本だ。 さきほどの「吊し柿」といい、この句の「書を曝す」といい、季語が一句の主題になっている。それがすなわち「季題」ということだ。季語はすべからく季題でありたい。そして季題そのものを掘り下げる写生が力強い。(略) この句集のもう一つの特長は諧謔だ。 身に沁みて目に効く飴とのどの飴 目に効く飴というものがあるのだろう。たいして効能があるわけでもあるまいが、たかが飴といっても、ちょっとでも身体に良さそうなものを口にしようというのである。「身に沁みて」という真面目な季題が妙におかしみを誘う。 この評の終わりにたくさんの句をあげて、「とても良い句集だった。」と結んでいる。 もう一人の評者対馬康子さんは、『神のいだづら」評である。タイトルは「沈黙の人」 紀代さんは寡黙である。前書きも一切ない。あとがきにもプライベートなことはほとんど書いていない。体裁はあえてドライにしつつ、しかし、声を漏らさぬように泣く慟哭が聞こえる。だがそれは単にさみしさや悲しさを詠んでいるのではない。前述したように、俳句に込めた詩の力により、「父」「母」という言葉に象徴された人生の刹那が自ずと浮かび上がってくる。 鉦叩百叩いても父還らず ふゆざくら息がこんなにさみしいとは 鉦叩の鳴き声は還らない父を永久に待っている。ふゆざくらの句は人間存在の本質的無常観を詠う点において伝統の流れにある。(略) 星月夜母ゐるやうに帰り来て 花びらの冷たし母の忌が近し 星のきれいな夜、何か母が好きだった手土産を買って帰宅した。まだ不在であることに慣れぬさみしさ。花びらも星も亡き母を思えば冷たい。 紀代俳句は沈黙の重さを量る。本句集でも独特な手法で切り取った飛躍があり印象深い。しかも楽々と飛躍しているように見えるのが紀代流である。 エッセイでは、山口青邨の師系にあたる津久井紀代さんであるが、青邨論のみならず加藤楸邨論を収録している。「筆者は好きな俳人を挙げよ、と言われたら迷わず加藤楸邨を挙げるであろう。」という書きだしである。 「蟇誰かものいへ声かぎり」「鰯雲人に告ぐべきことならず」「落葉松はいつめざめても雪降りをり」「木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ」、楸邨の句は十や二十はたちまち口をついて出てくる。楸邨のこの腹の底から滲み出るような感覚を私は愛してやまない。 楸邨俳句の根底にあるものは「貧しさ」である。言い換えれば「心の叫び」なのだ。 津久井紀代さんの楸邨論は、力のこもったものとなっている。ほかに山口青邨論、古舘曹人論、ともに読み応えのあるものである。 二十代に入院中に主治医から一冊の「夏草」誌と歳時記をいただいた。それがきっかけで山口青邨先生の「夏草」に入会。初めて堀の内で行われていた「夏草」の例会に出席した。帰りに黒田杏子からお茶に誘われた。そこで古舘曹人、有馬朗人、斎藤荷風、染谷秀雄、鳥羽とおるなどそうそうたるメンバーとご一緒した。有馬朗人先生は世田谷の実家の近くで、以後いつもご一緒させていただいた。そのころ猛勉強をしたことが今に役立っている。(略) かつて余命三か月と言われたことがあるが、いまがあるのは俳句がとなってくれたのだと思う。 「あとがき」を紹介した。 東京は終の止まり木黒ビール 津久井紀代 表紙をかざった椅子の写真をひどく気に入ってくださった津久井紀代さんだった。 お客さまがおひとりいらっしゃった。 笠原小百合さん。 評論集と句集をいずれご上梓されたいということで、そのご相談にみえられたのだった。 今日まで俳誌に連載されたものがあり、それをもう少し書き足して一冊になさりたいということ。 俳誌「南風」に所属しておられる。 かつては小説を書いていたのだが、小説のお仲間から俳句へのお誘いがあって俳句をはじめられたということである。 「お仕事はしておられるのですか」と伺うと、子育ての合間に、 「競馬ライター」をなさるという。 「競馬ライター」って、どんなんだろう。 小さい頃に知った名馬オグリキャップがはじまりで、それより馬を愛するようになったということ。 それから夢中になってそれが縁でときどき「競馬ライター」を頼まれるという。(おもしろそうだな、、) 句集を編むときは、「馬を詠んだ句」を章立てでいれたいとも。 「馬はたしかに美しいですね」とわたしも過去の名馬を思い浮かべながら申し上げたのだった。 寺山修司は、歌人であるまえに競馬解説者として知ったというのだから、ハンパない。 「先日、名古屋の競馬場で鈴木総史さんとお会いして、吟行しました。鈴木総史さんも競馬が好きなんです」と笠原さん。 鈴木総史さんは、昨年ふらんす堂より句集『氷湖いま』を上梓された俳人である。 おふたりが楽しそうに競馬場で吟行をする姿が目にうかぶ。 笠原小百合さん。 今日はこれから、荻窪にある「鱗kokera」で若林哲哉さんの句集『漱口』の「読書会」があるという。 若林哲哉さんは、「南風」所属。ご本人はいらっしゃらないが、村上鞆彦主宰も来られるという。 そこに向かう笠原小百合さんに、 「村上さんによろしくお伝えください」って申し上げたのだった。
by fragie777
| 2025-08-21 18:38
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Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
シナモンさま
それはお疲れさまでした。ゆっくりお疲れをとってくださいませ。 (yamaoka)
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