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8月9日(土) 長崎原爆忌 旧暦6月16日
燃えているような雲。 昨日の仕事がえりに。 こんな雲、みたことがない。 気づくとみなカメラを向けていた。 みるみるうちに黒雲におおわれてしまい、ほんの一瞬のことだった。 今日は長崎原爆忌である。 黙祷のアナウンスが11時ごろだったろうか、流れた。 わたしは神代植物園のおおきな池の渕にたっていた。 その場で黙祷をささげたのだった。 今日は、田島健一著『平成の一句』より、今日の日付のもの。 原爆忌折鶴に足なかりけり 八田木枯 この折鶴は「原爆忌」に折られた千羽鶴だろうか。この句は、その「折鶴」を命あるものとして見立て、その欠落した「足」に焦点をあてる。それは不気味で、不安な「足」だ。「足なかりけり」は、原爆で失われた〈命〉たちを補助線とすることで、改めて明らかにされたものである。この「足」は永遠の〈不在〉として、いつまでも私たちにまとわりついてくる。(『鏡騒』二〇一〇年九月刊行)季語=原爆の日(夏) いかに戦ひいかに勝ちいかに敗れしか慄然としてはじめて知りぬ 土岐善麿 玉音放送を疎開先で聞き〈おほみこころ常に平和の上にあらせたまへり粛然として干かん戈かを収む〉と詠んだ時、「粛然」と静かに受け止めた善麿だが、続く一連に掲出歌がある。戦後まもなく善麿は敗戦の経緯を調べたのだ。〈満洲事変支那事変より大東亜戦争にいたる歴史をまづ正しく誌せ〉と今日に言う「十五年戦争」の流れを見つめている。やがて、〈国こぞり戦ひつぎしいくとせのわれの日夜は悔なかりしや〉と自らの戦時中の言動への疑問が押し寄せてくる。混乱の中愕然としつつ理性をもって敗戦の前後の思いを克明に描いた意義は大きい。『秋晴』(一九四五) 一匹の蜥蜴をみた。 逃げようともせずに動かない。 見ればきわめて尾の長い蜥蜴だった。
by fragie777
| 2025-08-09 18:28
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