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8月7日(木) 立秋 6月13日
溝萩(ミソハギ)の咲く神代水生植物園。 鮮やかな赤紫の花である。 立秋である。 天(あま)が下に 秋きて 神は みな徒跣(はだし) 高柳重信 友人の訃報をさきほど知った。 学生時代から気心のあう男友だちだった。 だからといって頻繁に会っていたわけではないが。 この気持をどう表したらいいのだろうが。 友よ我は片腕すでに鬼となりぬ 高柳重信 高柳の作句の文脈から、あるいは一般的な読みからはおおきくはずれているかもしれないが、いまの心境はまさにこのようなものかもしれない。 片腕が得体のしれないなにかに侵食されていくような悲しみといったらいいのだろうか。。 新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー装帯有り 208頁 二句組 佐藤順子(さとう・じゅんこ)さんは、昭和14年(1939)宮城県生まれ。平成4年(1992)「泉」入会、石田勝彦、綾部仁喜に師事。平成27年(2015)「泉」新人賞受賞。現在「泉」同人。俳人協会会員。本句集は、第1句集であり、「泉」の藤本美和子主宰が序文を寄せている。 抜粋して紹介をしたい。 岡本太郎の目玉見に行く大暑かな 小誌「泉」は石田波郷の唱導した「韻文精神」を掲げ、型、切れ、季語遣いなど俳句の固有性をもっとも大切にしている。 そのような傾向のなかにあって、自身の思いをストレートに述べ、字余りの手法に託した順子句は少々異色で他の作品を圧倒していた。当然ながら、岡本太郎の名前を上五に据えた大胆な一句が巻頭を飾ったことはいうまでもない。同時に私が佐藤順子という作家に注目するきっかけともなった作品である。 本句集の担当は、文己さん。 好きな句をあげてもらった。 本借りることも私の冬支度 どの声となく親しくて螢の夜 音読の脚揺れてゐる夏休 あめつちの声の竹皮脱ぎにけり 雨を来て雨を翔ちたる都鳥 魚跳んで浦賀水道秋夕焼 佐藤順子さんは、ご闘病ということもあって担当の文己さんはお会いすることはできなきず、メールもなさらないので主にお電話でのやりとりとなった。 本借りることも私の冬支度 読書家でいらっしゃるのだろう。パソコンなどとは無縁のところで生活をしておられる佐藤順子さんである。読書のための本も、図書館で借りて読まれるのだろう。冬をむかえる季節になるといっそう出かけることも多くはなく、家に閉じこもりがちになる。そんな時の喜びは、本を読むことなのである。この句からも想像できるように、戦後をいきてこられた佐藤さんは、とても質朴に生きておられるようだ。〈八十四歳じやがいも幾つ剝いたやら〉という句が終わりの方にある。藤本主宰が序文にもとりあげておられるが、佐藤順子さんは、「ご夫君を見送り、さらには同胞、師匠、句友との別れも多々あった。また順子さんご自身も近年、癌という告知を受けられた。」と書いている。そのご自身の人生を顧みるにあたって、「じゃがいも」を剥いた数とは、まことに質実な佐藤順子さんらしい。あくまで生活者としての自身を大切にしておられるのだ。 どの声となく親しくて螢の夜 この感じ、わかるわ。螢を見に行った経験のある人は、きっとわかると思う。蛍飛ぶさまをみているときって、大方の人が暗闇をみつめて、寡黙になる。螢をおどろかせたりしてはいけないでしょ。でも、暗闇の中でふっと螢が点滅したり、ぐいっと近づいてきたりすると、「アッ。光った!」とか「おお、こっちきたぞ」と誰かが声をはっすると、それはまさにわたしも同じっておもったり、一緒に声をあげて、笑いあったり。もちろん知らない人なんだけど、なんだか、螢を介してお友だちになったような気分。この一句、「どの声となく」の措辞が上手いとおもう。おおかた暗闇だから、顔よりも声が中心。誰の声なんてことはあんまり問題ではない。そこにいる人の誰でもいいのである。発せられた声。それを「どの声となく親しくて」と破調でよみくだし、「螢の夜」で、時と空間を呼び寄せている。 野外学習冬田へ伸びて行きにけり これはわたしが好きな一句である。野外学習にやって来た子どもたちのことを詠んでいるのだが、その子どもたちを「野外学習」ということばで一括りにして、それが「冬田」の方へ行列となって歩いていっている様子を一句にしたのだ。散文でいえばそのようなことだろうが、俳句のすばらしさは、こんなまどろっこしいことをいわなくても、上記ように575で事足りてしまうことだ。しかも、よく景がみえてくる。俳句の骨法をふまえた巧みな一句であるとおもった。 柿剝くや過ぎてをりたる更年期 この一句には、笑ってしまった。ご本人は大まじめに詠まれているのかもしれないが、「更年期」が過ぎてしまったことを、こんな風に俳句に詠み止めるとは、しかも、さっぱりと決然と「過ぎてをりたる更年期」と詠みなしているのである。「柿剝くや」の上5がいい。柿をむきながら、いつのまにか更年期もすぎていたんだな、という思い。「柿」という果物の存在の渋さがいい。これが林檎剥くだったり、桃を剝くだったりすると、もう少し厄介な若さへの未練たらしい感情が見え隠れしそうだが、柿の実の赤さに照らされながら、作者の思いはすでに過去へではなく、未来へとむかっているようなそんな意志さえ感じてしまうのはわたしだけだろうか。好きな一句である。〈佐渡よりの夕焼色の柿二つ〉という句もあって、あるいは「柿の色」は「夕焼色」であって、晩年を感じさせるのかもしれないってふっと今おもった。 浅草の声でありたるラムネ売り おもしろい一句である。季語は「ラムネ売り」。なつかしい飲み物である。浅草という町にはよく似合う。この一句、初っぱなから「浅草の声でありたる」と浅草を読み手に印象づける。浅草に行っているわけだ。そして雑踏の中で声をきいた。「ラムネ売り」の声だ。おお、さすが浅草って思ったのだろうか。しかし、ラムネが売られているから浅草という一句ではなく、この句のおもしろさは、「浅草の声」なんだと思う。でも、浅草にだけある特殊な声ではない。作者の浅草にいるゆえの先入観をたくみに一句に仕立てたのだ。俳句という詩形では許されることであり、読み手を納得させるものであると思う。 校正スタッフの幸香さんは、〈ひるがへる秋蝶に貌なかりけり〉「どきっとしました。貌は無いけれども、深く心に残りそうな秋蝶です。」と、yamaokaもこの句、立ち止まりました。 おなじく校正スタッフのみおさんは、〈讃美歌の木立越しなる冷し馬〉「とても惹かれました。讃美歌を聴きながら水を浴びている馬がとても気持ちよさそうです。」 八十四歳にして大腸癌を除去致しました。何年か生き長らえたことを思い句集作りを思い立ちました。自選することは困難なことと思っておりましたが、思いの外楽しい作業でした。又東北の地から出て来て此処浦賀に住み着き、朝に夕に接してきた浦賀水道を句集名に出来たのも嬉しいことです。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 句集名の「浦賀水道」住み慣れた土地の名を読み込んだものなのである。 装釘は、山根佐保さん。 著者の佐藤順子さんは、藤本美和子さんが序で書かれているように「画業にも勤しんで」おられる方である。 ゆえに、装釘には、その作品を用いて、山根さんにデザインをして貰ったものである。 表紙にも。 そして、ご希望によって、作品二点を口絵として挿入した。 魚跳んで浦賀水道秋夕焼 半世紀以上住み慣れた土地への挨拶句を結びに掲げ、本書の刊行をともに喜びたい。(藤本美和子/序) ご上梓の後のお気持ちをうかがった。 装丁も大変気に入りまして、自分の句なのに繰り返し開いて見ております。私は(絵では)あまり白を使いませんでしたが、白もなかなか良いものと感心しております。生涯に只一つ自分のものといえるものを残すことが出来て満足しております。ありがとうございました。 そして、わたしと文己さんへ、丁寧なお手紙をくださったのだった。 先日、藤本美和子さんがご来社されたときに、 「佐藤順子さん、句集ができあがって思いのほか喜んでおられみたいで、わたしも良かったっておもってます。出来上がった句集を毎日毎日とりだして、何度も撫でているってうかがってます。本当にうれしかったみたい」とおっしゃっていた。 それを聞いて、文己さんもわたしも顔を見合わせてよろこんだのだった。 朴訥で言葉少ない方であったけれど、そんなに喜んでいただけるとは、、、、 版元冥利につきます。 金魚売道の遥かを来たりけり 佐藤順子 溝萩は秋の花である。
by fragie777
| 2025-08-07 19:44
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